2024.08.05
井之脇 海×上川周作。二人を脅かす日常に潜む「穴」ってなんだ?
松尾スズキさん翻訳の絵本を舞台化した二人芝居『ボクの穴、彼の穴。W』で、兵士役を演じる井之脇 海さんと上川周作さん。お二人が考える、日常に潜む「穴」とは? そこから抜け出す方法や、「穴」から連想するSNSとの付き合い方など、「穴」について幅広く伺いました。
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文/浜野雪江 写真/内田裕介 スタイリング/坂上真一(白山事務所・井之脇分)、チヨ(上川分) ヘアメイク/大和田一美(APREA)
松尾スズキさん翻訳の絵本を舞台化した二人芝居『ボクの穴、彼の穴。W』(翻案・脚本・演出:ノゾエ征爾さん)が9月17日(火)より東京・スパイラルホール、10月4日(金)より大阪・近鉄アート館にて、Wキャストで上演されます。
兵士役を演じるのは、不器用で実直な役柄を演じることが多い井之脇 海さんと、朝ドラ「虎に翼」で主人公の素朴な兄役を好演した上川周作さん。ともに好感度の高いお二人が考える、日常に潜む「穴」とは? そこから抜け出す方法や、「穴」から連想するSNSとの付き合い方など、「穴」について幅広く伺いました。
自分を守るための穴が自分を閉じ込める穴になっている
上川周作さん(以下、上川) 戦争を体験していない僕の身近にある穴……自分にとっての穴ってなんだろう? ということをすごく考えました。いろいろ思う中で辿り着いたのは、安心できたり、居心地のいい場所でもあるということです。けれど同時に、その穴にハマりすぎてしまうと、大切な何かが見えなくなってしまう場合があるなと。
僕らが演じる兵士は“戦争のマニュアル”を渡され、そこには「相手を見たら銃を向けなさい。でないと自分が殺される」というようなことが書いてあります。戦時下ゆえの洗脳に近いと思いますが、思考を奪われ、盲目的に行動するのはとても危険なことだと感じました。
上川 だからこそ、この役は、自分が今大切にしているものや、自分が本来持っている感覚をきちんと見つめながら演じたいと思いました。
井之脇 僕は、この物語は遠い世界の話のようでいて、実は他人ごとじゃない話だなと感じました。というのも、僕は今マンションに住んでいて、最近、お隣の人が引っ越して新しい人が入ってきたんですけど、未だにどんな人が住んでいるのかわからないんです。
家だけでなく、たとえば1回しか会ったことのない人との通信手段がスマホの中にいくつも存在している中で、人を信じられるかどうかとか、その人の本質を見るということを、最近つい忘れがちになっている気がしたんです。だからこのホンを読んだ時に、見てくれる人にも、決して遠い世界の話ではないものとして感じてもらえるんじゃないかと思いました。
井之脇 それと、穴というのが物理的な穴なのか、実は心の中にあいている穴なのか? というのも興味深いところで。いろんな面を見せていける、とても面白い作品だなと感じます。
SNSなど見えない人が発する情報で不安になった時には
井之脇 昔も今も、僕個人のエゴサはほぼしませんが、作品についてや、役がどう見られているかなどは、ネット上の意見もここ1年ぐらいは読んでいます。ありがたいことに、そんなに悪い意見はないのですが、いい意見こそ鵜呑みにしてはいけないなとも思います。僕個人への意見も、いいことだけを拾っていると天狗になっちゃうので。
もちろん、顔の見えない人が発信する情報は信用しすぎてはいけないなと思っていますけど、ただ、ネットでしか手に入らない情報もあると思うので。それを鵜呑みにしないで、必ず何か別の資料を読んだり調べたりして、自分で整合性をつけて情報を選択していくというのは大事ですよね。
信頼できる相手に「こういうことが不安なんだ」と話すと、「ああ、大丈夫やで」と言ってくれたり、気を付けるべきことを教えてくれたりする。見えない人が発する情報で不安になったら、見える人とコミュニケーションをとって、すり合わせができると安心できるんだなと感じました。
井之脇 この(俳優という)仕事はみんなで作品を作るものですし、コミュニケーションはとても大切だと思うんです。特に、舞台を作るとなると、全部署の方全員にきちんと心を開けないと助けてもらえないですし、自分も助けてあげることができなくなってしまう。なので、僕はいつも、挨拶をはじめ言葉でも、言葉以外でも、コミュニケーションをとれる時間を意図的に作って作品作りをしています。
自分に「ノー」を言ってくれる人は大切にしている
井之脇 ただ僕の場合、仕事以外の普段の生活では逆なんです。僕は割と誰とでも話せるタイプですけど、ものすごく人を見ます。選ぶと言ったら失礼ですが、自分が心を開ける相手はやはり限られていて、プライベートな普段の生活では、本当に信頼できる人とだけ過ごしていますね。
でも上川さんは、個人的に連絡を取りあった時に、「あ、信頼できる人だ」とすぐに思いました。
上川 ありがとうございます!(笑)
井之脇 言葉にするのは難しいですけど、直観的なもの以外でいえば、自分に「ノー」を言ってくれる人は大切にしています。やはり関係が浅い人だと、それももちろん本心であるとは思うのですが、「いいじゃん、いいじゃん」と言ってくれることが多いですよね。
そんな中、「いや、俺はこう思うよ」と、頭ごなしではなく、僕のことを本当に思って言ってくれる人というのはすごく頼れるなと思います。
上川 それを聞いて思ったんですけど、僕は結構、しょうもないボケを入れたりするタイプで、そこに気づいて絶妙にツッコミを入れてくれる人とは信頼関係が構築されているかもしれないです。ボケって気づかれないとそれまでですし、相手のことがわかっていなかったり、関係に緊張感があるとツッコめない。それができる間柄というのは近しいと感じますし、通じ合う瞬間は気持ちいいです。
井之脇 僕の場合、それは山にいる時ですかね。ときとして、自分は仕事や情報や、いろんなしがらみに包まれてしまっているなと思うことがあります。けれど自然の中にいると、そういうものをいったん忘れて、ある種、無になれる。それが僕にとっては山であり、森であり、岩なんです。何万年も前からそこにあるだろうものに触れた時に、本来の自分が現れるような、そういう感覚があります。
上川 僕は、いろいろ考えてしまって眠れない夜は、自分が今、孤独じゃないことや、美味しいごはんを食べられること、こうして眠れることの幸せを、ひとつひとつたぐり寄せて感じています。1日の終わりに大事なものに改めて感謝して、スッキリして寝て、また次の良い1日を迎えられる準備をしようと心がけています。
※後編に続きます。
●井之脇 海(いのわき・かい)
1995年、神奈川県生まれ。2007年、映画『夕凪の街桜の国』でデビュー。翌年公開の映画『トウキョウソナタ』で第82回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞、第23回高崎映画祭最優秀新人男優賞を受賞。近年の出演作に、ドラマ「おんな城主 直虎」「いだてん」「義母と娘のブルース」「ちむどんどん」「9ボーダー」「ブラックジャック」、映画『ミュジコフィリア』『猫は逃げた』『犬も食わねどチャーリーは笑う』『almost people』『バジーノイズ』など。
●上川周作(かみかわ・しゅうさく)
1993年、大分県生まれ。連続テレビ小説「まんぷく」では泣き虫な“ナギくん”役で、放送中の「虎に翼」では主人公の兄・直道を演じて話題に。主な出演作に、舞台『ドクター皆川~手術成功5秒前~』、ドラマ「西郷どん」「いちげき」、「ダブルチート 偽りの警官 Season1」、映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』『女優は泣かない』ほか。待機作に映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』など。松尾スズキ演出の朗読劇「蒲田行進曲」は京都・春秋座にて10/19、20に上演。
モチロンプロデュース『ボクの穴、彼の穴。W』
松尾スズキが初めて翻訳したフランスの童話作家デビッド・カリ著、セルジュ・ブロック絵『ボクの穴、彼の穴』(千倉書房)の絵本をノゾエ征爾が舞台化した二人芝居。戦場に残された敵対する二人の若い兵士。今日も向こうの穴では、彼がボクに銃を向けている。孤独に苛まれ、星空に癒され、空腹に耐えきれず食べるのかミミズを? トカゲを?? 幾度も限界を迎えながら、やがて「彼」を知ることで、勇気をもって新たな未来へと踏み出す希望の物語。僕チーム(井之脇 海×上川周作)と彼チーム(窪塚愛流×篠原悠伸)のダブルキャストで上演。
東京公演 2024年9月17日(火)~29日(日) スパイラルホール
大阪公演 2024年10月4日(金)~6日(日) 近鉄アート館
HP/ボクの穴、彼の穴。W - 大人計画 OFFICIAL WEBSITE
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