しっとりと落ち着いた京町家の座敷で次々と繰り出される和食に舌鼓を打つ。主役は京野菜と海や川の幸。
夏から秋に掛けてのメインディッシュは、当然のように鱧と鮎。ここに賀茂茄子や万願寺唐辛子など、京都ならではの夏野菜が加われば、誰もが憧れる京料理に仕上がる。
それはしかし、ほんの一面であって、京都には京料理以外にも食べるべきものがたくさんある。
その代表とも言えるのが肉だ。
肉とひと口に言っても、豚から鶏からジビエに至るまで様々だが、京都で肉といえば、誰がなんと言っても牛肉だ。
それほどに京都では牛肉が普及しているのだから、当然美味しい。ステーキも焼肉も京都で食べると美味しい。誰もがそう口を揃える。
しかしながら京都が取りたてて名牛の産地というわけではない。京都牛というブランドはあるものの、牛を飼っているところを見かけたことは一度もない。
ではなぜ京都では当たり前のように牛肉を食べ、かつ美味しいのか。それには大きく分けて三つの理由がある。
ひとつは、新しもの好きだという京都人の性格。
伝統と歴史を重んじながらも、常に変革を求める京都人は、食にも貪欲で、肉食が解禁されると、いち早く牛肉料理を取り入れ、『三嶋亭』をはじめとする牛肉料理専門店ができた。
ハイカラ好みの都人は、港町に後れをとってはいけないとばかりに、洋食店も次々とオープンさせ、花街で遊ぶ旦那衆の人気を集めた。
京都で牛肉が美味しい理由。ふたつ目は花街の存在である。
花街で遊ぶ旦那衆は、ふつうの和食は食べ飽きている。
「なんぞ旨いもんないかいな」と常にアンテナを張り巡らせ、噂を聞きつけるとすぐに、芸妓舞妓を引き連れて、ご飯食べに出向く。
旦那衆たちは、当然ながら舌も肥えている上に、金に糸目はつけないから、料理を見る目は厳しい。
肉料理に限ったことではないが、京都の店が美味しいのは、旦那衆をはじめとする、厳しい客に鍛えられたからである。今の客のように、なんでもかんでも美味しいなどとは、決して言わない。気に入らない料理が出てくれば、二度と来ないぞ、くらいの勢いだから、料理人たちも常に真剣勝負。牛肉料理もそうして育てられた。
そして京都の牛肉料理が美味しい理由の三つめは地理的優位性。
牛肉が西高東低であることは誰しもが認めるところ。中でも但馬、近江、松坂は三銘牛として知られるが、地図を広げると、この三銘牛の産地のちょうど中心にあるのが京都だと分かる。
僕はこれを銘牛トライアングルと名付け、京都で美味しい牛肉が食べられる最大の理由だとした。
かくして京都牛肉を食べずして、京都の食を語るなかれ、とまで言われるようになった。
さて、その京都の牛肉。どこでどんな料理を食べればいいかと訊かれれば、僕は極力シンプルな料理をお奨めしている。
あるいはステーキ。京都ではビフテキと呼び、金閣寺近くの、その名も『ビフテキのスケロク』が一番のお奨めだ。
なぜ京都で食べる牛肉は美味しいのか。これらの店で食べれば、きっとその答えが見つかる。
柏井 壽さんおすすめの京都肉アドレスはこちら!
◆ 焼肉の名門 天壇 祗園本店
住所/京都市東山区宮川筋1丁目225
お問い合わせ/☎075-551-4129
営業時間/17:00~24:00、11:30~24:00(土日祝)
定休日/年中無休
◆ 京やきにく 弘 八坂邸
住所/ 京都市東山区東大路通八坂西入ル
お問い合わせ/☎075-525-4129
営業時間 /17:00〜24:00(ラストオーダー 22:00)
定休日/12/31、1/1
◆ ビフテキ スケロク
住所/京都市北区衣笠高橋町1-26
お問い合わせ/☎075-461-6789
営業時間/11:30〜14:00、17:30〜20:00
定休日/毎週木曜日
◆ ぎおん十二段家
住所/京都市東山区祇園町南側570-128
お問い合わせ/☎075-561-0213
営業時間/11:30~13:30(ラストオーダー) 、17:00~20:00(ラストオーダー)
定休日/木曜日、第三水曜日
●柏井 壽/Hisashi Kashiwai
作家・エッセイスト。京都に生まれ育ち、歯科医を開業するかたわら、多くの小説、エッセイを執筆。代表作に柏木圭一郎の名で発表した「名探偵・星井裕の事件簿」シリーズ、「おひとり京都の楽しみ」、TVドラマにもなった「鴨川食堂」など。最新刊に9月7日発売「京都二十四節気」(PHP研究所)。