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2021.04.02

建築家・谷尻 誠さんの‟いい時間”とは?「不便なものほど熱中しちゃいます」

固定概念を打ち破り、想像を裏切った仕掛けを続ける建築家の谷尻 誠さん。起業家としても幅広く活動する多忙な日々の中、どんなふうにリセットしているのでしょうか? その答えは、谷尻さんの家時間にありました。

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写真/トヨダリョウ 文/宮原友紀 

▲ 必要最小限の光のご自宅。「日本は家の中を明るく照らすことを良しとしますが、僕は暗い所から明るい景色を眺めるほうが落ち着くんです」。
▲ シックな内装にさりげなく個性を光らせるのは、谷尻さん設計のアート作品。4つの球体が支え合い、浮かんでいるかのように見えるデザインに遊びゴコロが見え隠れ。
住宅、商業空間、複合施設などの設計からアートのインスタレーションまで、柔軟な思考でさまざまな空間をつくり出す谷尻 誠さん。昨年建てたばかりのご自宅でお話を伺ったところ、建築界の最先端で活躍する彼ですが、意外にも“不便なものを嗜む時間”にこそ、仕事の原動力があると言います。

「僕が本当に豊かに感じるものって、不便なものばかりなんです。たとえば『暖炉』。薪の調達や煤の掃除も必要ですし、薪をくべたり吹いて火を保つことも必要。手間もかかるし、割と考えながらやらなくてはいけないんですよね。でも、その不便さが好き。工夫して楽しみ方を探究するから、確実に自分のものになっていくんです」
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「暖炉」の火を保つ手間に豊かさを感じる

▲ 炎のゆらめきやパチパチという心地良い音、炭の薫りなど、自宅にいながらにして五感を刺激してくれるのも暖炉の良さ。
自宅に暖炉を迎え入れてからは、そこで過ごすことも多くなったとか。「まずは暖炉に合うベタな遊びをやってみようと思って、火を眺めながらウイスキーを飲んだり、葉巻を味わったりしています」。自宅で“火遊び”をすることで、ちょっとした楽しみも広がっているのだそう。

自然体験を生活の一部にできる「外風呂」

▲ 住居のメインルームとひと続きにつながるテラスに外風呂を配置。「間接照明の少しの光だけで、薄暗い中で入る外風呂は最高ですよ」と谷尻さん。
谷尻さんが好きな家での過ごし方には、テラスに備えた外風呂で過ごすひとときも。

「自宅に外風呂をつくったのは、自然体験が生活の一部になってほしいなという思いがあったから。外気を感じながらの入浴もそうだけど、季節によっては、毎日バスタブに散った落ち葉を掃除しないと入れない。それも一つの自然体験になるんです」

肌を撫でる空気の温度や移り変わる植栽の色で、季節も感じとれる至福の空間。都会の喧騒を忘れる“いい時間”がここにもありました。
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「便利」って、“考えないこと”だと思う

建築家としてトップを走り続ける谷尻さんは、最新のデジタルツールやハイテクノロジーなライフラインを知り尽くしています。彼自身はそれを取り入れつつ、一方で、不便さも楽しんでいるそう。

「便利で価値のあるものと、不便で価値のあるもの。その両方わかっておく必要があるんじゃないかな。今は簡単に便利なものが手に入る時代だけど、“考えなくてよくなること”を便利っていうと思うんです。

だから不便さを知らないで便利さばかりを追い求めると、考えることが失われていくんですよ。僕はiPhone12を使っていますが、写真を撮るのはマニュアル仕様のライカのカメラ。わざわざ自分でピントを合わせるという、その不便さが楽しいし、便利なものとのバランスで見つける不便さを大切にしたいんです。

ピントを合わせるという不便さが楽しい「ライカのカメラ」

▲ 愛用するライカのカメラは、どこへ行くにも一緒。いちいちピントを合わせるという所作が必要になるので、カメラを構えた時が本当に心が動いた時なんだと実感することができると言う。
スマホで撮る時って、みんな真剣に撮ってないですよね、何枚でも撮れるから、どれかいいの撮れてるだろうと思っているし、結果似たような写真になるわけじゃないですか。でもちゃんとした“いい物”で撮ると、ちゃんと撮るのが癖になってきて。そうするとカメラに限らず、物事をちゃんと一回考えてからやろうとか、考えてから行動しようと、自分の所作も変わってきたんです。
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不便なものから生まれる利益=不便益を大切に

▲ 「結局僕は、幼少期の体験に戻っている」と谷尻さん。「育った家は、五右衛門風呂に薪をくべたり、エアコンがなかったりという昔の町屋。幼い頃はすごく嫌だったけど、今はそんな不便さが僕にとって豊かな時間になりました」。
家づくりにおいてよく、『3軒建てないと理想の家にはならない』と言われるじゃないですか。でもそれって、便利さを追い求めて完璧に建てようとするから、『もっとこうすればよかった』となった時、『じゃあ次の家は……』という消費の思考になってしまう。

完璧な便利さより、不便でも愛せるものを取り入れた家をつくれば、もっと考えながら大事に使うはずなので、1軒で済みますよね。そんな不便なものから生まれる利益=不便益こそ、生活の中で“いい時間”になっていくんだと思います」

自然の中で見つけた不便さから、仕事のアイデアが広がっていく

▲ 谷尻さんに書いてもらった一日の時間割。「日中は分刻みでミーティングをこなして、帰宅後の午後6時から午前1時くらいまでは仕事と遊びや家族と過ごすなど、公私混同な時間ですね」。週に3回ほど仕事仲間や友人が家に来るそうで、彼らとの会話からアイデアが生まれたりも。
不便なものに谷尻さんが惹かれる背景には、彼が週末になると向かうというアウトドアでの遊びがあるよう。「妻や息子と一緒に雪山やキャンプに出かけるんですが、自然のある所に身を放り出すと、どう楽しもうかと自発的に考えるんですよね。子供だって同じ。勉強はできなくていいけど、考える力は付けてほしい。だから、考える時間をつくるために、積極的に自然に連れ出すようにしているんです」。

自然の中で見つけた不便さを、谷尻さんは、建築においても突き詰めようとしています。「キャンプって本当に不便で楽しいけど、フィールドがすごく混んでるんですよね。ずっと前から予約も入れなくちゃいけないし、プライベート感がありながら2、3家族がいっぺんに泊まれる場所は……って考えた時、『あ、これ事業になるんじゃないかな』と思ったんです。それで今、“キャンプ以上別荘未満”の宿泊施設をつくろうとしています。

自然の中で実体験していると、仕事のアイデアは無限に広がっていくんです。遊びながら働いて稼ぐ。ビジネスと“いい時間”の切り分けは、あってないようなもの。自分が好きなことをやってこそ、突き抜けられるじゃないかというのが僕の考えです」。
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▲ テラスから差し込む自然光が部屋に陰影をつくり、落ち着いた空間を実現。高い天井を生かすように、家具は低めのデザインをチョイス。
▲ 白いスクリーンは、なんとスピーカーも兼ねている。テレビはあえてなく、映画を鑑賞したり、時にはYouTubeを観たり。
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“不便ないい時間”が、体験の設計&思考のデザインに繋がる

谷尻さんは、「見た目がかっこいいのはいくらでもつくれるけど、不便さから生まれる体験こそが価値あるもの」と繰り返します。

「足りていないという環境がフラストレーションになることもあるかもしれないけれど、やっぱりそれはすごくいいことだと思うんです。どう変えていこう、何が必要だろうと、考えることが増えるわけじゃないですか。負荷のない成長はないというのが僕の持論。“不便ないい時間”を過ごすことが、体験を設計する、思考をデザインするということに繋がっています」

ちなみに、コロナ禍でライフスタイルが変わりましたか? と聞くと、こんなふうに答えてくれました。

「飲み歩かなくなりましたね、あんまり。前は、よく深酒とかしていましたけど(笑)、早く家に帰るようになりました! ‟いい時間”を過ごす最高の場所ができたことも大きいと思います」

● 谷尻 誠(たにじり まこと)

1974年 広島生まれ。2000年 建築設計事務所・SUPPOSE DESIGN OFFICEを設立。住宅・商業空間設計、会場構成、ランドスケープ・プロダクト・アートのインスタレーションなど国内外で多数のプロジェクトが進行中。そのほか、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授を務める。新しい考え方や関係性の発見をテーマに、建築の可能性を提案し続けている。

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