「僕が本当に豊かに感じるものって、不便なものばかりなんです。たとえば『暖炉』。薪の調達や煤の掃除も必要ですし、薪をくべたり吹いて火を保つことも必要。手間もかかるし、割と考えながらやらなくてはいけないんですよね。でも、その不便さが好き。工夫して楽しみ方を探究するから、確実に自分のものになっていくんです」
「暖炉」の火を保つ手間に豊かさを感じる
自然体験を生活の一部にできる「外風呂」
「自宅に外風呂をつくったのは、自然体験が生活の一部になってほしいなという思いがあったから。外気を感じながらの入浴もそうだけど、季節によっては、毎日バスタブに散った落ち葉を掃除しないと入れない。それも一つの自然体験になるんです」
肌を撫でる空気の温度や移り変わる植栽の色で、季節も感じとれる至福の空間。都会の喧騒を忘れる“いい時間”がここにもありました。
「便利」って、“考えないこと”だと思う
「便利で価値のあるものと、不便で価値のあるもの。その両方わかっておく必要があるんじゃないかな。今は簡単に便利なものが手に入る時代だけど、“考えなくてよくなること”を便利っていうと思うんです。
だから不便さを知らないで便利さばかりを追い求めると、考えることが失われていくんですよ。僕はiPhone12を使っていますが、写真を撮るのはマニュアル仕様のライカのカメラ。わざわざ自分でピントを合わせるという、その不便さが楽しいし、便利なものとのバランスで見つける不便さを大切にしたいんです。
ピントを合わせるという不便さが楽しい「ライカのカメラ」
不便なものから生まれる利益=不便益を大切に
完璧な便利さより、不便でも愛せるものを取り入れた家をつくれば、もっと考えながら大事に使うはずなので、1軒で済みますよね。そんな不便なものから生まれる利益=不便益こそ、生活の中で“いい時間”になっていくんだと思います」
自然の中で見つけた不便さから、仕事のアイデアが広がっていく
自然の中で見つけた不便さを、谷尻さんは、建築においても突き詰めようとしています。「キャンプって本当に不便で楽しいけど、フィールドがすごく混んでるんですよね。ずっと前から予約も入れなくちゃいけないし、プライベート感がありながら2、3家族がいっぺんに泊まれる場所は……って考えた時、『あ、これ事業になるんじゃないかな』と思ったんです。それで今、“キャンプ以上別荘未満”の宿泊施設をつくろうとしています。
自然の中で実体験していると、仕事のアイデアは無限に広がっていくんです。遊びながら働いて稼ぐ。ビジネスと“いい時間”の切り分けは、あってないようなもの。自分が好きなことをやってこそ、突き抜けられるじゃないかというのが僕の考えです」。
“不便ないい時間”が、体験の設計&思考のデザインに繋がる
「足りていないという環境がフラストレーションになることもあるかもしれないけれど、やっぱりそれはすごくいいことだと思うんです。どう変えていこう、何が必要だろうと、考えることが増えるわけじゃないですか。負荷のない成長はないというのが僕の持論。“不便ないい時間”を過ごすことが、体験を設計する、思考をデザインするということに繋がっています」
ちなみに、コロナ禍でライフスタイルが変わりましたか? と聞くと、こんなふうに答えてくれました。
「飲み歩かなくなりましたね、あんまり。前は、よく深酒とかしていましたけど(笑)、早く家に帰るようになりました! ‟いい時間”を過ごす最高の場所ができたことも大きいと思います」
● 谷尻 誠(たにじり まこと)
1974年 広島生まれ。2000年 建築設計事務所・SUPPOSE DESIGN OFFICEを設立。住宅・商業空間設計、会場構成、ランドスケープ・プロダクト・アートのインスタレーションなど国内外で多数のプロジェクトが進行中。そのほか、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授を務める。新しい考え方や関係性の発見をテーマに、建築の可能性を提案し続けている。