2021.07.23
■高橋祥子(実業家・研究者)後編
ジーンクエスト代表 高橋祥子「課題を設定できる人だけが新しい世界を作れる」
2013年、東京大学大学院在籍中に個人向けの遺伝子解析サービスを行う会社「ジーンクエスト」を立ち上げた高橋祥子さん。研究者と経営者の2足のわらじで日本初の事業を成功に導いてきた支えとなったのは生命の原理原則に則った「生命科学的思考」でした。その後編をお送りします。
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文/牛丸由紀子 写真/トヨダリョウ
前編に続き、経営者として数々の批判や経営の難しさに立ち向かいながらも、自分の意志を貫いて社会に貢献できるビジネスを突き進めて来ることができた秘密に迫ります。そのベースには生命の原理原則に則った「生命科学的思考」があったと言います。
100%じゃない自分を認めることが突破口に
高橋 もういろいろありすぎて(笑)。でもさまざまな批判やギャップなど、起業したての時が一番大変だったと思います。そんな時に、経営者の先輩から「100%できなくても、80%できることを認めて次に進むべき」と言われたことで、考えが変わったんです。
── それまでは、ある意味100%できてこそ自分なんだという思いだったのでしょうか?
高橋 本当にそうですね(笑)。それまで勉強でも大きな挫折をすることがなかったので、100%じゃない自分を受け入れることは、自分にとって“逃げ”だと正直怖かったんです。それを受け入れると、できなくてもいいとどんどん流されていくんじゃないかと。
でも経営ってできないことの連続ですよね。それをずっと粘り強く続けていくことで、やっと初めて何かを達成できる。自分が100%ではないことを認めない、その方が“逃げ”じゃないか、80%でもとにかく打ち続ける継続性の方が大事だと気づいたんです。そこからは失敗しても、何回でもどんどんやっていこうと考えが大きく変わりました。
高橋 自分に対して考えが変わったことで、他人に対しても考えが変わりました。以前は、会社のメンバーに対しても、出来ていないのになぜ途中でやめるのかと責めたり、本当にひどかったんです(苦笑)。お恥ずかしい限りですけど。周りからもすごく怖いって言われていて。だから、せめてメールには音符とか使った方がいいよって言われたことも(笑)。
── やっぱり100%の自分を他の人にも求めていたんでしょうか?
高橋 そうですね。でもそれはマネジメントする人としては完全にNG。自分ひとりが頑張るより、中にいる人それぞれが1.1倍になった方が、明らかにその組織としては力が強くなる。なぜ1.5倍にならないのかなんて言っている場合じゃないんです。80%でもずっと続けていくことの方が大事なんだと、自分も組織に対しても視野が変わりました。
変化を求めないオトナは生物学的にも弱くなる?!
高橋 生命というのは本当に変化に強い仕組みを持っているんです。生物って、どんどんいろんな種ができて、また絶滅して、結果的に生き残ったのが人間を含めた今の生物。
では生物が企業のKPI(重要業績評価指標)のように、生き残るために何を重要視しているのか。それは累積の探索数なんです。いかにたくさんの種を作ったかとか、成功だけではなく数々の失敗も重ねて探索数を多くすることで生き残っていく。絶滅したり種が入れ変わることを前提としているので。別に失敗してもいいんです。
コロナで環境がガラッと変わり、ずっと同じことだけやっていては危ないということを皆が気づいたわけですよね。これだけ変化が早くて不確実な時代にこそ、多様性も大事だし、数々の失敗を許容して、累積の探索数を重要視する方がいい。変化に対していかにいろんな手を打つかにかかっている、まさに生命の仕組みに学ぶことがあると思います。
高橋 そうです。遺伝子は変化を拒絶するのではなく許容して、それを力に自分をもっと強くしていく力があるんです。
── となると、挑戦し続けない守りに入ったオトナは、生物的にも弱くなってしまいますね(笑)。そんな挑戦をためらうオトナに、必要な事とはなんでしょうか?
高橋 環境を変えるのはとても大事だと思います。また挑戦を“根性”の話にしないこと。根性があるから挑戦するし、根性がなくなったら挑戦できないのではなく、常に挑戦しなきゃいけない環境や仕組みを作っておけば、どんどん挑戦へと向かうはずです。
自分も変化していくことで、変化に強くなる。外界の環境は絶対変わるので、それに対してこっちも変化し続ける、それが生物の生き残り方なんです。
生き残るのは課題を解くのではなく、課題を作れる人
高橋 課題を自分が認知していない可能性もあります。コロナのように予測可能性が低い環境や、何か思い通りにいかない時、初めて理想の世界と現実の世界の差を、自分でも認識するはず。それが“課題”なんです。例えば、現在肥満の人は世界で10億人以上いますが、それはただの数字。けれど、肥満で病気になる人を減らすとか、現在とは違う世界を描きたいと思うことで初めてそれが課題になります。
── 課題を発見できるっていうのは、ある種の能力とも言えるのでしょうか?
高橋 そうだと思います。勉強ができる人と仕事ができる人の違いって、“問を解ける”人と“問いを作れる”人の違いだと思うんです。勉強は与えられた問いを解いていくことがほとんど。でも社会に出た瞬間、一気にゲームが変わって、いかにいい問いを作れるかが重要になる。問いを解く方法はテクノロジーによってどんどん出てきているので、問いを解くだけの人は代替されていくと思います。
高橋 起業後は課題だらけだったので、それを私の母親に相談したら「別に今のままでいいじゃない」って簡単に言われて(笑)。そうか、これは私が作り出しているだけで、他の人にとっては課題でもなんでもないと(笑)。
自分が作りたい世界があって、そこから現状を引き算した差の部分が課題。その差は悪いことではなく、課題をちゃんと設定できるのはそこに行ける可能性があるということですからね。
高橋 もっと経営力をつけて、今より大きなことをできているようになりたいと思います。ただ10年前に今の自分を想像できたかというと、想像できてないんです。なにしろ10年前は起業も一切考えてなく、ただひたすら研究に没頭する学生でしたから。それを考えれば、10年後は今想像できないような自分、“想像を超えた自分”になっていたいと思いますね。
高橋祥子(たかはし・しょうこ)
1988年生まれ、大阪府出身。2010年京都大学農学部を卒業し、2013年6月東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に、遺伝子解析の研究を推進し、正しい活用を広めることを目指す株式会社ジーンクエストを起業。2015年3月、博士課程修了。2018年4月株式会社ユーグレナ 執行役員バイオインフォマテクス事業担当に就任。著書に「ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考」(NewsPicks パブリッシング)他。
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