2021.08.04
ビームス社長・設楽 洋「若手に仕事を任せることも、僕の仕事」
「ビームス」のカリスマ社長・設楽 洋さんへのインタビューの後編では、人間関係を好転させるマインドの切り替え方や、70歳を迎えてもなお衰えないアイデアを聞かせていただきました。
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写真/トヨダリョウ 文/吉田 巌(十万馬力)
心をいつもニュートラルな状態にしておく
設楽 ふたつ方法があるんですよ。ひとつ目は瞑想法。僕は海辺でゴールデンサンセットをボーッと眺めるチルタイムが大好きなんです。でも、そんなにしょっちゅう海には行けないし、コロナ禍ではなおさら。だけど、僕はどこにいてもハワイやバリのお気に入りのビーチに瞑想で行けるんです。
ものすごくむしゃくしゃした時も、目をつぶって呼吸を整え、眉間の間にサンセットを思い浮かべると、「まいっか」という気持ちになる。僕はもう慣れているから1分間ぐらいの瞑想で気分を切り替えることができます。
── 心の中で南の島に……すごく素敵な気持ちの切り替え方ですね。
もうひとつは……実は昔から自分が勝手に作った“おまじない”の言葉があって、それをクルマの中とかひとりきりの時に大声で叫ぶんです。するとスッキリする。その言葉ですか? 恥ずかしいから言えません(笑)。
── なるほど参考になります(笑)。
設楽 梅干しを見ると勝手に唾が湧いてくるのと同じように、“コレ”をすると脳と肉体が反応する癖をつけているんです。だからいつでもニュートラルになれるし、いつでも人と元気に接することができる。僕が元気だとお会いする人にも好影響を与えられる。「タラちゃんといると元気になる」とか「運が良くなりそう」なんてよく言われますよ。僕自身、自分のことをめちゃめちゃ強運だと信じています。
── 元気になる、ってよく分かります。この社長室もとっても気持ちいい空間で、なんというか“いい気”が満ちている気がします。
設楽 そうでしょう? この部屋には僕が徹底的にこだわったものと、時代の徒花的なお茶目なもののどっちかしか置いていないんです。中間はない。この部屋自体が「ビームス」を体現していると思っています。
「ビームス」のセレクトは、雑誌のエディトリアル(編集)と一緒です
設楽 そうかもしれませんね。雑誌の連載ページは、「ビームス」でいうとリーバイス、ナイキ、コンバースなど創業時からずっと展開している定番商品。そして、雑誌の特集記事やグラビアは、ウチのシーズントレンドの商品に当たる。ずっと続くものと今の流行りをエディトリアルしているという意味では、雑誌の作りそのものです。
── 「ビームス」にはいろんなレーベルがありますし、個性の強いスタッフもいっぱいいるようにお見受けします。それぞれ違う分野でとんがった人たちで、本来なら絶対交わらないように思えるのに、それがひとつに集まって「ビームス」のカラーを作り上げているのが面白いですね。
まだ商売が小さい頃は、オーナーの趣味で集めたものを、「この指止まれ」「好きじゃない人は来なくていいですよ」という感じの商売でした。でも今の「ビームス」は大きくなって、百人が百本の指を上げている感じ。実際ウチのスタッフにはビシビシにスーツを決めている人と、短パンにゴム草履みたいな人が同居している。でもそれでいいんです。
最初にそう思ったのは、「インターナショナルギャラリー ビームス」を原宿店の2階で始めた時。アルマーニのスーツを綺麗に着こなしたお客様が来店されたかと思うと、向こうではロンドンパンクのお客様が商品を選んでいた。「こういう店ってウチしかないよな。でもそれぞれにカッコいいからアリかも」なんて感じたんです。
我々はミーハーの頂点。だから強いんです
浪人時代にはウッドストックがあり、僕も影響されて髪を伸ばした。ベルボトムにロンドンブーツ、そして親指以外に全部指輪はめて(笑)。「お前、この間までのアイビーはどこいったんだ」なんてからかわれたなぁ。
それで大学に入ったらいきなりサーファーになり、ヒゲを生やし初めて……。本当にミーハーの鏡のような若者でした。でも、こんな性格だからこそ「ビームス」もどんどん新しい展開ができたんじゃないかな。でなければ、同じ原宿の明治通り沿いに、「ビームス」の色んなカテゴリーの店舗を9つも出すなんてできないですよ。
普通は、一粒で何度も美味しいというのがチャネルストアの理論。ある場所で成功したら、次は離れたところで別のお客様を開拓するというのが常道です。でも僕のようにいろんなものに興味を感じるお客様もいる。そんな人たちに「そっちもいいけど、こっちも面白いよ」とやっていたら、あの狭いエリアに9つも店を構えることになってしまった。
設楽 そうです。ウチはミーハーの頂点(笑)。さまざまな異業種からコラボの話が来るのも、結局はそういうことだと思っています。自動車、食品、PCと多岐にわたる業界のプロから声がかかるのは、ウチに特別なノウハウがあるからじゃなく、彼らが気づかないことをミーハーの頂点として僕らがアドバイスできるからだと考えています。何事も研ぎ澄まされてプロしかいない環境になると、気づけなくなることがあるから。
もちろん、感度の高いお客様と日々接しているのも僕らの強みです。ウチはPOS(販売時点情報管理)のデータも活用しますが、それよりもスタッフそれぞれが店頭でお客様の動向をどう見ているのかを大事にしています。特に、早い人たちが今何を求めているかを知りたい。
そのためにはスタッフの意見をちゃんと聞くことが大事で、聞く耳をもつこと。僕は人と話している時、なるべく相手の話を遮らないようにしています。自分に知識や経験があると、どうしてもこっちばかりが話してしまいがちですが、それをやってしまうと大事なことを聞き逃す。相手が女性の場合はなおさら、僕は聞く一方に徹します。
若手に任せた方がいいこともある。だから僕は人にベットする
設楽 完全にわからないですよ(笑)。だから、若手の方がわかるものは、完全に任せます。昔からずっと続いている良品や定番については若干口出しをしますけれども、それ以外は若い連中に10億円以上の仕入れ予算を預けています。判子も押さずに勝手にやっていいよと。
── そんなに! 本当にスタッフを信頼されているんですね。任される側はドキドキするでしょうが、それだけ仕事にも張り合いがあるでしょうね。
設楽 時代の空気を肌で感じている人に任せた方がいいんです。僕がそう思うようになったのは、若い連中を連れて流行りのスポットに行った時。一緒に行った子たちは心から楽しんでいるのに、自分は途中から観察しているんですね。なるほどこの内装でこの音楽でこのメニューなら、流行るわけだよね……なんて。
そういうふうに頭で考えてしまうのは時代から一歩遅れている証拠で、その世界観を好む人たちの心情からは遠のいてしまっている。でも普通のオーナーはそこに気づかない。自分が一番じゃないといけないという考えですから。
だから、今の僕は人にベットしていると言えるかもしれませんね。ベットできるスタッフもいる。ただ、誰に任せるかの判断を誤ってはいけないとは思っています。
ビームスのセンスをいろんなところに利用できないかなと考えています
設楽 日本のいいモノ・コトを海外に広げていきたいと考えています。もちろん、海外のいいモノ・コトの紹介は変わらず続けますけれども。やがてそれがクロスオーバーして、日本の新しい文化がまた芽生えるといいなと思っています。日本と海外のいいモノ・コトが混じって、次の時代のスタンダードになったらいいなと。
それから、今の「ビームス」は、カップ麺から宇宙まで守備範囲を広げていますが、次の時代はさらに進化した姿にならなくてはいけないとも考えています。今後は単純な店待ち小売りだけではダメになる。ECサイトに力を入れるのはもちろん、VRなど新しいデジタル技術を使ったエンタテインメント的なこと、例えばNFT(※)みたいなことに「ビームス」のセンスが利用できないかなと思っています。
今ね、ちょっと実験を始めているんです。それが「Rakuten meets BEAMS JAPAN」。ウチのスタッフたちが楽天の在庫の中からいいものをセレクトして紹介するというもの。こういうことはブランドにもファストファッションにもできない。できるのはセレクトショップか、カリスマか、有名人だけ。これが次のビジネスモデルになるんじゃないかと考えています。
── 最後に設楽さんご自身の今後の抱負を教えてください。
設楽 僕は「ビームス」の社長をそう遠くない未来にやめるでしょうね。会長になるのか、まったく違う会社を立ち上げるのかわかりませんが、いずれにしろその時の名刺には「ヒンター」という肩書きをつけようかと思っています。ヒントを与える者、という意味です。
そして「ビームス」にとどまらず、いろんな企業に気づきを教えるような仕事ができたらいいですね。僕、いまだにバキバギにアイデアが湧いてきますから(笑)。
● 設楽 洋(したら・よう)
ビームス 代表取締役。1951年 東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、1975年 株式会社電通入社。プロモーションディレクター・イベントプロデューサーとして数々のヒットを飛ばす。1976年 「ビームス」設立に参加。1983年 電通退社。自らをプロデューサーと位置付け、その独自のコンセプト作りによりファッションだけでなく、あらゆるジャンルのムーブメントを起こす仕掛人。セレクトショップ、コラボレーションの先鞭をつけた。個性の強いビームス軍団の舵取り役。
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