2021.10.02
これからの医療は、病気になる前に救う。現役の医師による新サービスに迫る
医療は治療から予防の時代へ。パーソナルドクターによるサービスを提供する「Wellness(ウェルネス)」の代表取締役社長/医師の中田航太郎さんは、従来の医療に疑問をもって起業を決めたのでした。
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写真/トヨダリョウ スタイリング/稲田一生 文/木村千鶴 取材協力/漆畑慶将
今回は、救急総合診療を専門とした医師として医療現場で活躍しながら、予防医療サービスを提供する「Wellness(ウェルネス)」代表取締役社長の中田航太郎さんにお話を伺いました。
日本にパーソナルドクターを定着させたいと思った
中田航太郎さん(以下、中田) 僕は4歳の頃、小児喘息で入院した時に出会った医師に憧れて医師を志したのですが、大学5年生の臨床実習での経験が起業へのきっかけになりました。
50歳代の患者さんが不安定狭心症(心筋梗塞の前兆)で運ばれてきて、緊急手術になったんです。医師を含めた10人以上の医療スタッフが関わり、夕方から夜中までオペをして。幸い、その患者さんは助かりましたが、後々話を聞いてみると幼少期にリスクの高い心臓病にかかっていた方で、本当なら定期的な受診をすべきでした。健康診断でも毎年DやE判定が出ていたのに、忙しさを理由に受診しなかったそうです。
── 良くないと思いつつ、悪くなるまで受診を先延ばしにする覚えは自分にもあります……。
中田 そういう方ってたくさんいるんですけど、治療をしないでいると、症状が出る頃には大変悪化しているケースが多くて。倒れてから運ばれる方もいます。そうなると、手術の難度が高まり、患者さんも当然辛いですし、家族にも、そして役職のある方なら社員にもすごく心配をかけることになる。結果的に誰も幸せじゃないなって、シンプルに思ったんです。
ドクターが身近な存在になって、もっと早い段階で健康に関心を持ってもらうために努力した方が救える命は多いはずだと思い、それから予防医学に興味をもちました。まずはひたすら自分で本を買いあさって読み、その後、ビヘイビアヘルスなど海外での予防医学の取り組みも学びました。海外では日々の生活習慣で病気を予防する考えが日本よりも進んでいるんです。
中田 日本の医療には、構造上の課題があると感じています。欧米ではホームドクターが保険とセットになっていて、どのような症状であっても自分を理解している先生にまず相談ができるんです。一方、日本にはかかりつけ医という呼称はあるものの、具合の悪い時に行く近所の病院を指していることが多いですよね。
もっと身近に、「〇〇歳になったからこの検査を受けましょう」とか、「日頃こんなことに気をつけましょう」とアドバイスをしてくれるような先生をみんなが持てるようになると、健康への関心も湧くし、正しい知識も身について予防できる。それをするべきだなって思ったんです。
── それがWellnessで提供しているパーソナルドクターですね。サービス内容を教えてもらえますか。
中田 コンセプトは、生涯寄り添っていくドクターです。現在はメンバーシップ制で、定期的に人間ドックや歯科検診を受けて、担当の医師が健康状態を確認しながら適切なアドバイスをお伝えします。また、日々起こる様々な症状や健康に関わる疑問について、365日いつでも気軽に相談をすることもできます。
── もし人間ドックで悪いところが見つかったら、定期的なアドバイスをしてもらえるのでしょうか?
中田 もちろんです。我々のサービスの一番の特徴は、現在のデータから異常を見つけるだけでなく、将来の異常を予防すること。これまで、人間ドックの主な目的は病気の発見だったので、出た結果について医師から2〜3分説明されて終了でしたが、Wellnessでは病気を予防するために、そのデータを最大限活用するんです。
── それはとても有意義ですね。近年、歯科では虫歯がなくても定期的に歯科でメンテナンスすることが浸透してきていますが、身体全体で予防していこうというのですね。
中田 歯科の定期検診に通う理由として、目に見える部分だということが大きいようです。なので、自分の身体の状況を可視化できると、意識も変わるのではないかと思っています。現在は、自分のデータが臓器ごとにわかるようなシステムの開発をしています。クラウド上に情報を整理しておくことで常に自分の健康データにアクセスでき、病気の予防に活かせるのはもちろん、いざ病気になってしまった時もスムーズに治療に活かすこともできるようになります。
── 確かに、状況が目に見えることで予防や治療に取り組むやる気が出てくる気がします。良くなっていくのが見えると単純にうれしいですし。
死ぬ時にいい人生だったと言ってもらえる世界を作りたい
中田 うーん……自分が目立ちたいという感情はまったくないです(笑)。でも、不合理を感じながら医療の現場にいることが耐えられなかった。そして、誰もが病気になる前に自分の身体に関心をもつこと、「何かあった時にはこの先生に聞けばいい」と安心できることが絶対に必要だと思っていました。それを実現するために何をしたらいいかと考えた答えが、起業だと思ったんです。
── 真っ直ぐですね。きっとこの仕事が好きなんですね。
中田 はい、医療自体は大好きです。
── ここまでに挫折を感じることはありませんでしたか。
── 今後、実現したいことはありますか。
中田 死ぬ時にみんなが「いい人生だった」と言える世界を作りたいですね。自分自身、身体にも心にも気を遣うし、毎日楽しんでいるか意識しています。今を犠牲にして未来を取ろうとせず、常に毎日を噛みしめていきたい。
大病してしまった時に「やっぱりあの検査を受けておけば良かった」「もっと早く知っていれば」と、特に頑張っている経営者の人たちはよく言うんですよ。それってやっぱり良くない。少なくとも健康に関しては、「〇〇しておけば良かった」と後悔する最期を迎えないようにしてあげたい。
── 忙しさを理由に、我慢してやり過ごしてしまう気持ちはわかります。でも一度きりの人生なんだから、それって良くないですね。ビジネスの展望はいかがですか。
中田 将来的には、ひとりひとりにパーソナルドクターがいる時代を作っていければいいなと思っています。ただ、個人の医師が行なったのでは、その人のスキルや人脈に依存してしまいます。なので、我々でシステムと医師のリソースを整えておいて、どんな医師でも再現性をもって同じサービスをクライアントに提供できるようにしたいです。
西洋医学以外を排除するのはちょっと違うなって思っています
中田 “常識を疑う”ということは常に心がけています。そういうもんでしょと思わずに、「本当にそうなのかな」「それが世の中のためなのかな」「これは自分にとってベストなのかな」と考える。だからこそ起業したんだと思います。
── 子どもの頃からそうやって考えていたのでしょうか?
中田 意識的にやるようになったのは、大学4年のあたりから。ピーター・ティール(アメリカの起業家、投資家)の本を読んで影響を受けてからです。「ゼロベースで物事を考える」という言葉に感銘を受けたというか、自分もそうしてきたなと気づいてからですね。そこから何かに悩んだり考えたりする時に、意識的に常識を疑うようにしています。
中田 そうなんですよ。それもあって僕、もう10年くらいマインドフルネスをしています。心を今この瞬間に集中させることを指しますが、その間に自分の状態や思考に気づき内省するんです。学生の頃には、マインドフルネスを実行している人の脳の研究もしました。
── マインドフルネスはアメリカで大変普及していますが、脳の働きにまでアプローチするのはすごいですね。
中田 マインドフルネスによって脳のどういう領域が活性化されるのか、抑制されるのかなどが気になり、調べていました。10年前に始めた時には、周囲の人に「中田がなんだか怪しいこと始めたぞ」みたいに言われましたけど(笑)。効果をバイオロジカルに、ちゃんと説明できるようになれば、たとえ医師であってもみんな納得するだろうと思って、研究してみようと思ったんです。
── 本当にいろんなことをつなげていますね。西洋医学と東洋医学両方を取り入れている医師はいますが、もっと広い分野からの情報を活用できる人ってカッコいいなと感じます。
中田 現在の日本の医療は西洋医学を学んでいますし、それはすごく大事なことなんですが、でもそれ以外を排除するというのは違うなと思います。人体をはじめ、世の中わかっていないことだらけなんですよ。わからないことをちゃんとわからないって言うのは大切だし、限られた情報だけで言い切るのもどこか違う。
あくまで我々は西洋医学ベースで、「これは正しいとわかっています、正しくないとわかっています」ということをクライアントにちゃんとお伝えする。そのうえで、自由な意思決定をしてもらえるようにしたいと思っています。
● 中田航太郎(なかだ・こうたろう)
1991年、千葉県生まれ。幼少期をピッツバーグで過ごし、4歳から医師を目指す。東京医科歯科大学医学部卒業後、初期研修を経て救急総合診療科医。予防医学の普及と医療アクセシビリティ向上を目指し、2018年6月に株式会社Wellnessを創業。
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