2024.03.16
第29回
最高峰の高級時計の文字盤はなぜ「エナメル」なのか?【ハンドクラフト文字盤編】
腕時計選びでこだわるべきは、最も目につく「文字盤」。まさしく“時計の顔”だけあって、時計の印象を左右します。今回は、最高峰の高級時計に使われる「エナメル」をはじめとした、ハンドクラフト(職人の手仕事)によって作られる文字盤をまとめて紹介します。
- CREDIT :
文/渋谷康人
「エナメル」ほか、芸術的な職人技が光る「ハンドクラフト文字盤」を解説
第4回では、特に最高峰の高級時計に使われる「ハンドクラフト文字盤」を解説します。
今回は、時計愛好家が「スゴイ!」「素晴らしい」と納得、感心する代表的なハンドクラフト文字盤の種類とその魅力についてお届けします。
釉薬を焼き付けて生み出される「エナメル文字盤」
▲ 極細の筆を使ってさまざまな色の釉薬を使い分けて何度も焼成する「エナメル細密画」と、黒や紺の暗いエナメル地に白などの明るい色を重ねて描く「グリザイユ・エナメル」の技法を組み合わせた、ヴァシュロン・コンスタンタン「“レ・ロワヨーム・アクアティック(水の王国)”」シリーズより「レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン -フライング・ダッチマン(さまよえるオランダ人)-」の製作風景。ユニークピース。
▲ ヴァシュロン・コンスタンタン「レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン -フライング・ダッチマン(さまよえるオランダ人)-」手巻き、18KWGケース(45mm)、アリゲーターストラップ。ユニークピース/ヴァシュロン・コンスタンタン
▲ 極細の筆を使ってさまざまな色の釉薬を使い分けて何度も焼成する「エナメル細密画」と、黒や紺の暗いエナメル地に白などの明るい色を重ねて描く「グリザイユ・エナメル」の技法を組み合わせた、ヴァシュロン・コンスタンタン「“レ・ロワヨーム・アクアティック(水の王国)”」シリーズより「レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン -フライング・ダッチマン(さまよえるオランダ人)-」の製作風景。ユニークピース。
▲ ヴァシュロン・コンスタンタン「レ・キャビノティエ・ミニットリピーター・トゥールビヨン -フライング・ダッチマン(さまよえるオランダ人)-」手巻き、18KWGケース(45mm)、アリゲーターストラップ。ユニークピース/ヴァシュロン・コンスタンタン
ただ、エナメルという言葉は、皮革の着色に使われるエナメル塗料や、ステンドグラスやガラス工芸での絵付けに使われる低温エナメル(600℃前後で焼成)にも使われるため、時計の文字盤に使われるエナメルは800℃前後で焼き付けを行うことから「高温エナメル」「グラン・フーエナメル」(フランス語で“偉大な火”という意味)とも呼ばれます。
この技術はスイスには16世紀頃にフランスから持ち込まれ、ジュネーブで発展しました。しかし20世紀になって一度は失われかけた貴重な技術でもあり、スイスでも現在、最高峰の職人はごくわずかしかいません。
また、グラン・フー・エナメル文字盤は製作に手間がかかるだけでなく、釉薬の焼き付け工程にも注意が必要です。釉薬の焼成温度は色によって違うため、色の違う釉薬を何種類も使い分ける文字盤では、釉薬ごとに何度も高温のオーブンで焼かなくてはなりません。その際に割れや欠けが起きることは珍しくなく、だからグラン・フー・エナメル文字盤の時計は高価で希少なのです。
さらには「ブラックエナメル文字盤」のように、単色でも製造が非常に難しいものも少なくありません。そういった理由から、現在でも各社がエナメル文字盤の技術開発に取り組んでいます。
手作業で彫られる「ハンドエングレービング文字盤」
職人の手作りなので製作に長い時間がかかり、大量生産もできないため、この文字盤を使った時計は一品もの(ユニークピース)、あるいは数量限定生産や受注生産されるものがほとんどで、価格もそれだけに高価です。また、受注生産の場合は注文主の希望に応じてカスタマイズ可能なのが一般的です。世界で「本当にひとつだけ」の時計が欲しい人にとって、これは究極の文字盤といえるでしょう。
木を組み合わせて模様や絵を描く「マルケトリー文字盤」
天然石や鳥の羽根、花びらなど木以外の素材を使い、寄木細工の技法で作る場合も、時計の世界ではひとまとめに「マルケトリー」と呼んでいます。熟練した職人が時間をかけて手作りするため、この文字盤を使った時計は価格も高価で生産数もごくわずかです。
日本の伝統技術の結晶「蒔絵文字盤」「螺鈿文字盤」
まず蒔絵は、表面に漆で絵や模様を描き、その上から金粉や銀粉などの金属粉や色の付いた粉を蒔き付けて定着させる日本の伝統的な装飾技法のこと。
もうひとつの「螺鈿(螺鈿蒔絵)」も漆を使った日本伝統の装飾技法ですが、これは真珠母貝やその仲間の貝片(=螺鈿)を漆を塗った地の上に埋め込んだものです。貝片のひとつひとつが漆の中から浮かび上がるように見え、光の当たる角度が変わる度にさまざまな色に煌めきます。
どちらの文字盤も、控え目であると同時に華麗でもある、日本の美意識から生まれた特別なもの。まだ実物を見たことがない方は、ぜひ一度ご覧になることをオススメします。
■ お問い合わせ
ヴァシュロン・コンスタンタン 0120-63-1755
パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター 03-3255-8109