2021.08.28
第10回
腕時計のハイビートとロービート、何が違う? どっちがいい?
機械式ならではの「ハイビート」や「ロービート」という分類は、腕時計の楽しみ方にも大きく関係する大切なポイントなのですよ。
- CREDIT :
文/渋谷康人
今回はその続きとして「ハイビート(高振動)」「ロービート(低振動)」の意味や価値、どのようなモデルに搭載されているかについて解説します。
現在、標準的な振動数は2万8800振動/時
機械式時計が復活した1990年代前半まで、標準的な振動数は2万1600振動/時(6振動/秒)でした。そのため、2万8800振動/時はハイビートに分類されることもありましたが、今では標準的な振動数になっています。そして、2万1600振動/時は、いまやロービートのカテゴリーに入ります。
現在、ハイビートと呼ばれるのは、2万8800振動/時よりも高い振動数のムーブメント。そしてロービートと呼ばれるのは、これより低い振動数のムーブメント。一般的なハイビートは3万6000振動/時(10振動/秒)、ロービートは1万8000〜2万1600振動/時(5〜6振動/秒)です。また近年では、7万2000振動/時(20振動/秒)という超高振動ムーブメントまで登場しています。
クロノグラフにハイビートが採用されるワケ
なぜかというと、ムーブメントの振動数によって、クロノグラフで計測できる時間の単位が決まるからです。
2万8800振動/時のムーブメントでは、ガンギ車は1/8秒ごとにひと歯動きます。つまり1/8秒刻みで秒針が動くので、クロノグラフでは1/8秒単位で経過時間の計測ができます。3万6000振動/時のムーブメントなら、1/10秒単位で計測ができるのです。
つまり、機械式ムーブメントではテンプの振動数を高くすることで、より細かく計測できるクロノグラフとなります。ですが、あまり振動数を高くすると、前にも説明したようにエネルギー消費が増えてしまいパワーリザーブが短くなる、つまり時計が動き続ける時間そのものが短くなってしまう。
時計通が好むロービートの魅力とは?
例えば、世界で最もハイエンドな時計ブランドのひとつ「A.ランゲ&ゾーネ」の自社製ムーブメントは、1万8000振動/時や2万1600振動/時のロービートです。また独立系の時計師ブランドのムーブメントも、ほとんどがロービート。そして、時計通と呼ばれる人々も、ロービートのムーブメントを好みます。
これはなぜでしょうか? それはロービートのムーブメントには、とある特別な魅力があるからです。
▲ アウトサイズデイトと永久カレンダーを組み合わせた複雑モデルの20周年を記念した、ブルーダイヤルの「ランゲマティック・パーペチュアル」。端正にレイアウトされた文字盤の美しさもさることながら、自動巻きムーブメントCal.L922.1も芸術的。「ランゲマティック・パーペチュアル」自動巻き、18KWGケース(38.5mm)、レザーストラップ。世界50本限定。1098万9000円/A. ランゲ&ゾーネ
▲ アウトサイズデイトと永久カレンダーを組み合わせた複雑モデルの20周年を記念した、ブルーダイヤルの「ランゲマティック・パーペチュアル」。端正にレイアウトされた文字盤の美しさもさることながら、自動巻きムーブメントCal.L922.1も芸術的。「ランゲマティック・パーペチュアル」自動巻き、18KWGケース(38.5mm)、レザーストラップ。世界50本限定。1098万9000円/A. ランゲ&ゾーネ
▲ アウトサイズデイトと永久カレンダーを組み合わせた複雑モデルの20周年を記念した、ブルーダイヤルの「ランゲマティック・パーペチュアル」。端正にレイアウトされた文字盤の美しさもさることながら、自動巻きムーブメントCal.L922.1も芸術的。「ランゲマティック・パーペチュアル」自動巻き、18KWGケース(38.5mm)、レザーストラップ。世界50本限定。1098万9000円/A. ランゲ&ゾーネ
▲ アウトサイズデイトと永久カレンダーを組み合わせた複雑モデルの20周年を記念した、ブルーダイヤルの「ランゲマティック・パーペチュアル」。端正にレイアウトされた文字盤の美しさもさることながら、自動巻きムーブメントCal.L922.1も芸術的。「ランゲマティック・パーペチュアル」自動巻き、18KWGケース(38.5mm)、レザーストラップ。世界50本限定。1098万9000円/A. ランゲ&ゾーネ
しかし、ハイビートのムーブメントではアンクルとガンギ車が高速で噛み合うため、この音のリズムが速くなり、昔ながらの趣きのある響きになりません。振動数が超高速のムーブメントでは、ドドドドド……という連続音になってしまいますから、時計通はロービートを好むのです。
そしてもうひとつロービートの優れた点は、テンプを動かすためのエネルギー消費が少なく、パワーリザーブが長いこと。ハイビートのものよりエコなシステムになっているのです。ただ、テンプの振動数を低くすると、時計としての精度は大きく低下します。これはテンワの運動エネルギー(慣性モーメント)が小さくなって、振動など外からの力の影響を受けやすくなるからです。
そこで最新のロービートのムーブメントでは、テンワの直径や構造などに特別な工夫がしてあります。テンワの直径が大きいほど運動エネルギー(慣性モーメント)は大きくなるので、振動数を低くする代わりにテンワの直径を大きくする。同じ重さでもテンワの外周部を厚く重くして、慣性モーメントを高める。テンワの重量バランスをより精密に調整して、テンワがよりスムーズに回転できるようにする。こうした工夫によって、ロービートでもハイビートに比類する運動エネルギーを確保しています。
また、テンワを支える軸である天真と軸受けの穴石の摩擦がハイビートよりも少ないので、長期間使ってもダメージが少ないので耐久性に優れ、長期間メンテナンスせずに使い続けられるのもいいところです。
振動数の背景にある“物語”を楽しむ
でもこの半世紀の間に、技術は大きく進化しました。今ではロービートの時計とハイビートの時計には、精度や耐久性に関して大きな差はありません。どちらがイイかという問題ではなく、個人の趣味やこだわりの話です。ムーブメントの振動数は、時計の背景にある物語のひとつとして楽しんで、選ぶ時の参考にしてみてはいかがでしょう。
■ お問い合わせ
A. ランゲ&ゾーネ 0120-23-1845