2024.02.25
ロールスロイス初のEV、「スペクター」は“呆気に取られる”静かさだった!!
エレガントでありながら、同時にスポーティな装いと強力な心臓を持つロールスロイス初のEV、「スペクター」。筆者がどうしても乗りたかったそのクルマは、執念とも言うべき静かさを備え、あらゆる面でマジックを感じさせる一台でした。
- CREDIT :
文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽
岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第227回
ロールスロイス初のEV、スペクターは「未体験ゾーンの塊!」だった
ロールスロイスが最重視する「静粛性」を、EVでどう躾けてくるのか。それを、自らの身体と感覚でしっかり実感したかったからだ。
そして実感したのは、まさに「驚きの!」「未体験ゾーンの!」静粛性だった。
「運転に必要な情報」、あるいは「走っている実感」をドライバーに持たせるための、極めて抑制された音(僕にはノイズではなくシグナルと感じられた)が伝えられるだけ。
すでに、少なからぬEVに乗ってきた。EVなら当然だが、ほとんどは「静かだなぁ!」と思う。でも、「呆気に取られる静かさ‼」に出会ったのはスペクターが初めてだ。
そう、スペクターの静粛性は、「EVだから静か」といった領域を大きく超えている。
高い剛性をもつアルミ製スペースフレームと、そこに敷き詰めた700kgのバッテリーの寄与もあるだろう。多くの遮音材も使われているだろう。
しかし、それよりなにより、、スペクターにかつて例のないレベルの静謐なキャビンをもたらしたのは、静粛性に対するロールスロイスの執念だろうと僕は思っている。
ボディと電子制御式サスペンションとの調和も徹底的に追い詰めたに違いない。スペクターの乗り心地もまた「未体験ゾーン」のものだった。
路面の凹凸が不整が、まるで厚い真綿にでも包まれたかのような「優しく丸い」感触で伝わってくる。「不思議な!」とでもいえばいいのか、あるいは「浮遊感覚!」とでもいえばいいのか、、、とにかく、そんな乗り心地なのだ。
試乗の間に感じた「ショックらしきもの」は1度だけ。あまり遭遇することのないレベルの、強い段差を通過した時だけだった。
ロールスロイスの資料では、この乗り心地を「マジックカーペットライド」と呼んでいるが、まさしく的を射た表現だと思う。
乗り味だけではない。走り味にもまた、「マジック」という表現を使いたくなる。
スペクターは430kWの最高出力と、900Nmの最大トルクを持ちあわせているが、「素晴らしく滑らかに優しく」走る。
アクセルを深く踏み込めば、3トンに近い巨体は、周囲の流れを一瞬にして置き去りにする。だが、その時驚くのは、置き去りにされた相手だけではない。
スペクターの同乗者もしかり。加速への驚きはもちろん、その中に織り込まれた上質な滑らかさにも「感嘆!」の声を上げるだろう。
強力な性能を持つスペクターだが、「ドライバーがその気にならない限り」、滑らかに優しく、ジェントルに走る。ここも見逃せないポイントだ。
アクセルはストロークがたっぷりあり、とても滑らかに作動する。しかし、「ドライバーの無意識下の意識をいつの間にか超えてしまう」といったようなメリハリのなさはない。
60km/hで走ろうという意識があれば、始終スピードメーターを見てコントロールしていなくても、60km/h前後で淡々と走れる。
遅いクルマの後ろに追い付いても、イライラさせられない。うっかりして速度超過の切符を切られる、、そんなことも少ないはずだ。だから、街でも高速道路でもリラックスできる。これは大切な性能である。
電子制御式サスペンションと4輪操舵システム、そして、滑らかなステアリングによる身のこなしは、軽快にしてエレガント。
3トン、900Nm、そしてビッグサイズのラグジュアリーカーを操っているという感覚を、時として忘れてしまう軽快さだ。
今回、スポーツライクなゾーンの走行はしていないが、それをトライしたら、きっと存分に応えてくれもするだろう。
かつて、単身でロールスロイスの工場を訪ねたことがある。工場見学後の試乗では、一般路に加えサーキットにも連れて行かれた。そして、同行したスタッフは、控えめな運転をする僕に「もっと踏んでいいですよ」と繰り返した。
サーキットでロールスロイスを追い込む、、ちょっと考え難い話だが、僕はそれを体験した。そして、「ロールスロイスはサーキットでもかなり走る!」ことを知ったのだ。
いかにもタフな23インチ ホイールを見てもそう思う。機会があったら、限界領域の走りっぷりを試してみたい衝動に駆られる。
滑らかさといえばブレーキにも当てはまる。踏み始めの応答はもちろん滑らか。停止時も、ほんのちょっと意識しさえすれば「停止のリアクション」をゼロにできる。
「タイヤが転がりながら停止する」、、そんな表現が相応しいかもしれない。もちろん、止めようと思った停止ポイントをほとんど外さずに、だ。
スペクターを運転する人は、こうした「素晴らしい躾と特性」を理解し、ジェントリーでエレガントな運転をしたい。そして、隣に座る大切な人に、「スペクターも素敵だけど、貴方の運転も素敵ね!」と言わせたい。
スペクターの姿は美しい。パルテノンはかなりワイドだが、ロールスロイスの権威と存在感に水を差すことはない。
加えて、パルテノンは、高い空力性能とモダンな佇まいを目指したフロントのデザインに、見事に溶け込んでもいる。
なだらかにリアエンドに向かう低いルーフラインも美しい。そして、ゴーストとイメージを同じくするサイドウィンドウ周りのモールのデザインが、ロールスロイスならではの格式感と重厚さを生み出している。
キャビンは快適。フロントはもちろん、クーペながらリアも快適そのもの。2ドアながら大きく開くので、乗降性にも難はない。
ドア、ルーフ、助手席側ダッシュボードには無数のLEDが埋め込まれ、キラキラと輝く。「スターライトドア」、「スターライトルーフ」と呼ぶが、僕はこれはほしくない。
僕なら、ビスポークで、控えめな内装をオーダーする。例えば、濃紺系のボディに明るめのチョコレート系内装とか、、。
ロールスロイス オーナーの現在の平均年齢は43歳と聞く。いわば「やる気と成熟度のバランスがもっともとれた年代」だろう。そんな年代にスペクターもピッタリ合っている。
ロールスロイスといえば、ロンドンのメイフェア エリア、LA のビバリーヒルズ エリア、モナコのカジノ広場エリア、、といった辺りのイメージがすぐ浮かんでくる。
ロールスロイスを着こなすのは難しい。僕は24歳の時(1964年)、英国のクルーにあった本社を初めて訪ねた。その時、正装のショーファーにファントムで迎えられ、固まってしまった。以後、「僕には着こなすのは無理」という思いから抜け出せないでいる。
でも、どうしてもということにでもなったら、ドーンか、このスペクターを選ぶ。そして、控えめな色合いの内外装で乗る。
ロンドン、LA、モナコ辺りをスペクターで走ってみたいとも思う。でも、ホテルやレストランのバレーサービスに預けるような時、気軽に自然体でいられるか、、自信はない。
まぁ、そんな機会はないだろうから、心配する必要もないのだが、、とにかく、スペクターの「静粛性、走り味、乗り味」に触れられたのは貴重な経験だった。
大きく、重く、高価という点はさておき、今まで僕の中にはなかった新たな次元の基準/イメージを得ることができたのだから、、。
● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト
1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。