デザイナーのクリエイティビティの最良のサンプル
その答えは自動車好きにとって究極の難題であり、永遠の議題だ。
だから最高に楽しいし、本当に難しい。
その難題であることを前提に、僕が最も好きなデザインを挙げるとしたら、ランチア「ストラトス」(1974)だ。理由はいたってシンプル。
ずっと見ていたいから。
全長はわずか3710mmで、全幅は1750mm。俯瞰でみるとクルマのプロポーションとしては例外的に真四角に近く見える。
なんでこんなカタチが思いついたのだろう。あらゆるディテールに見るたびに発見のようなものがある。デザイナーのクリエイティビティの最良のサンプルではないだろうか。
宇宙船を思わせる低い車体
最初は1970年のトリノ自動車ショーむけに「ストラトリミテ」の名で開発されたデザインプロポーザルだった。
今までにないスポーツカーの提案として、ランチア「フルビアクーペ」のシャシーを使い、そこに画期的なデザインのボディを載せた。
低い車体は宇宙船を思わせ、ウィンドシールドとドアが兼用という航空機のようなアイデアが盛り込まれていた。
ディーノ用の2.4リッターV6を搭載
キャビンをシェル構造にして、前後に堅牢なフレーム。そこにエンジンやサスペンションを取り付けることで剛性を確保し、軽量化を図れる。
カロッツェリアが長いあいだ、世界中の自動車メーカーと仕事ができたのは、たんに外皮を美しくするだけでなく、このように技術的な提案性もあったからだ。
ベルトーネはそれに加えて生産設備も持っていた。ストラトスのような少量生産車は、メーカーの工場を使うのに向いていない。ベルトーネに次期ラリーマシンを任せる理由はすべて整っていたわけだ。
それでもエンジンの供給元を探さねばならなかった。ゴバートは苦心惨憺のあげくエンツォ・フェラーリからディーノ用の2.4リッターV6供給の契約をとりつけるのに成功する。
こうして「ストラトス」は世界ラリー選手権の参戦計画が完了したのち、ベルトーネで生産に移されたのだった。
奇妙きてれつなスタイルはレースで勝つことへのソリューション
自転車に乗っていた中学生だった僕は、視覚的な衝撃でひっくり返りそうになったのを覚えている。
近くには俳優や音楽家の自邸もあったので、そういう人の友人が乗ってきたのだろうか。ブルーのボディで、全高1.1mの地を這うようなスタイルだった。
大きなクルマではなかったが、ものすごく大きな存在感があった。これこそデザインの力なのである。
雑誌で知っていた知識を使って、周囲をぐるぐると回りながら“検証”させてもらった。あまりにも面白くて、車体をなでまわしたいという強い誘惑に駆られたことを、強烈に覚えている。
円筒形のようなウィンドシールドは視界がいいし、低いノーズを含め空力的にすぐれたボディ。短いホイールベースは小回りが効き、後輪に60%以上という重量配分はスピードにつながる。
奇妙きてれつなスタイルは、じつはちゃんとレースで勝つことへのソリューションとなっているのだ。
「ストラトス」の一にして全なる魅力とは?
デザインとは神の意志をかたちにすることとミケランジェロらは考えていた、としたのはドイツの美術史家、エルウィン・パノフスキだ。一方、アメリカのデザイナー、ビクター・パパネックは、それと対照的な定義を工業デザイン対象に行っている。
パパネックは著書『Design for Real Life』(1971)で、工業デザインの本来の意義について説き、それは日常生活における問題の解決手段であるべきとした。
クルマにあてはめると、たとえば省燃費のための軽量化ボディや、効率を考えたパッケージが大事だとなるだろう
スペースフレーム構造にアルミニウムの外板を使っており、エンジンフードはヒンジなしでとりはずし式と徹底的な軽量化。ころがり抵抗を減らした専用のトレッドパターンを持つ小径タイヤに、背が高いプロポーションと徹底的に理知的なモデルだった。
でもアウディ「A2」についてエモーショナルになることはできない。それが「ストラトス」とちがう点だ。
見ているとワクワクする。作り手の情熱がある。だからクルマは楽しい。それが「ストラトス」の一にして全なる魅力である。
● 小川フミオ / ライフスタイルジャーナリスト
慶應義塾大学文学部出身。自動車誌やグルメ誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。活動範囲はウェブと雑誌。手がけるのはクルマ、グルメ、デザイン、インタビューなど。いわゆる文化的なことが得意でメカには弱く電球交換がせいぜい。
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