堀川正毅 LEON副編集長。主にファッションを担当。例年、イタリアのファッションウィークを現地取材するなど、国内外のブランドに精通。食と酒にも詳しく、趣味は週末のオートキャンプ。
近藤高史 LEON編集デスク。主にクルマ、宿、ゴルフなどライフスタイルを担当。LEON、LEON.jpのクルマに関するすべての記事を統括。日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員としても活動。
堀川 よろしくお願いします。
近藤 ドイツ、イタリアと来てイギリス車ですね!
大谷 はい。ベントレーは1919年にイギリス・ロンドンで産声を上げました。創業者のW.O.ベントレーはエンジニアで「クラスでいちばん速くていいクルマを作る」ことを社是として掲げていたそうです。初期のベントレーは非常に大きくて頑丈、しかもパワフル。おかげで1920年代にはあの『ル・マン24時間レース』で5回も優勝する快挙を成し遂げています。
近藤 今でこそラグジュアリーカーのイメージのほうが強いけど、ブランド誕生まもない頃から、モータースポーツに積極的に打ち込んでいたんですよね。
大谷 そうですね。そもそも耐久性があって速いというベントレーのキャラクターは、長時間高速で走り続ける『ル・マン24時間』というレースにぴったりだったともいえます。
近藤 なるほど。でも、たしか2003年にももう1回優勝したから、ベントレーは通算6勝なんでしたっけ。
大谷 お、なかなか詳しいですね。そのとおりです。ところで、同じ高級車を手がけるロールス・ロイスは、新興勢力のベントレーが自分たちの脅威になりかねないと感じ、1931年にベントレーを買収。その後、ロールス・ロイスがBMWに、ベントレーがフォルクスワーゲンに買収されるまで、実はふたつのブランドは70年近くにわたって一心同体でした。
堀川 へー、そんなことがあったんですね。
大谷 はい。ただし1998年以降は、また完全な別会社となって両ブランドの個性がより明確に発揮されるようになりました。
堀川 どんな違いですか?
大谷 ロールス・ロイスは、王侯貴族からも愛用される超が付く高級車。ただし、私の目から見ると、少なくとも表面的な部分からはイギリスのエッセンスが徐々に減っていて、たとえて言えばニューヨークとかにある無国籍でモダンな超高級ホテルみたい。
いっぽうのベントレーは、あくまでもイギリス流のスタイルをしっかり守っている。その意味でいえば、ロンドンの伝統ある5つ星ホテルに通じるイメージがあります。ちなみに、イギリスのエリザベス女王が公式な場で乗るクルマはベントレー・ステイト・リムジンといって、文字どおりベントレー製です。
近藤 ベントレーもロールス・ロイスも、走りの性能は優れているけど、ベントレーはドライバーが自らステアリングを握ってワインディングロードを走らせることを想定したドライバーズカーが主。それだけに乗り心地にもしっかりとした芯がある気がします。対するロールス・ロイスはショーファードリブンといって、専門の運転手がステアリングを握ることが前提だから、どちらかといえば乗り心地重視の足回りですよね。
堀川 なるほど、ちょっとわかってきました。ベントレーのほうがイギリスへのこだわりが強いんですね。
大谷 はい、私にはそう思えます。
堀川 だとすると、ベントレーは『トム フォード』と似たところがあるかもしれません。
近藤 グッチやイヴ・サンローランのクリエイティブディレクターを務めたあとで、自らのブランドを立ち上げた、あのトム フォードですか?
堀川 そうです。アメリカ・テキサス州出身のトム フォードは“ファッション界の生きるレジェンドを10人挙げろ”と言われれば、必ずその名前が入るくらいの天才肌です。
近藤 グッチを、今みたいな誰もが欲しくなるブランドへと復活させた立役者がトム フォードだったといわれていますよね。
堀川 そう、トム フォードは本当にファッションが好きで好きで、イヴ・サンローランの後継者に指名されたほどの人だけれど、おそらく自分自身で舵取りをしたくなったんでしょうね。2004年にグッチとサンローランのクリエイティブディレクターを辞任して、その翌年に自らトム フォード・ブランドを立ち上げました。
堀川 とにかくトム フォードは、テーラーの名店が軒を連ねているロンドンのサヴィル・ロウに対するリスペクトが強くて、一時はロンドンに本拠を構えていたくらいなんです。
大谷 トム フォードをそこまで惹きつけたサヴィル・ロウの魅力って、どういうところにあるんですか?
堀川 世界中のファッション関係者は、誰もがなんらかの形でサヴィル・ロウで作られるテーラードものをリスペクトしていると思うんです。やっぱり、作りが圧倒的にいいですから。
近藤 タキシードの艶っぽさとか、ため息が出ちゃうけど、そんなトム フォードの代表作には、どんなものがあるんですか?
堀川 基本的に何でも得意なのですが、毎シーズン、必ず新作を発表しているのが、そのタキシードですね。真っ黒だけれど、どこかギラッとしたタキシードで、白いシャツにきゅっとボウタイを締めて、ピカピカのエナメルのシューズを合わせるというのが、トム フォードが描き出すフォーマルの美学。もちろんスーツも得意です。
大谷 えっ! それは奇遇ですね。いまでこそ『007』映画に登場するボンドカーはアストンマーティンが定番ですが、イアン・フレミングが書いた原作では、ジェームズ・ボンドの愛車はベントレーでした。それも1933年製の4・1/2リッター・スーパーチャージャーみたいなヴィンテージものとか、1953年製のマークⅣコンチネンタルをチューニングしたものとか、かなりマニアックなクルマが描かれています。
近藤 それが、どうしてアストンマーティンになったんですか?
大谷 とあるアストンマーティン愛好家がフレミングに手紙を書いたんです。《ジェームズ・ボンドに相応しいクルマはアストンマーティン、それもDB3Sがいい》って。これをきっかけにして、1959年刊行の『ゴールドフィンガー』から、アストンマーティンが登場するようになったというのが定説になっています。
近藤 いずれにしても、トム フォードとベントレーが『007』で繋がっていたというのは実に面白いエピソードですね。
その直後に彼に会う機会があったのでその理由を訊ねたら、「僕が納得できるものを作ろうとしたら3年かかった」と言っていました。彼くらいの天才になれば、チャッチャっと作ろうとすればすぐできたはずなのに、あくまでも自分なりのスタイル、自分なりのカットにこだわった。美意識の高い彼に、お手軽なやり方は受け入れられなかったということでしょうね。
近藤 凄い! ファッションへの取り組み方がメチャクチャ真面目ですね。
堀川 きっとサヴィル・ロウへの愛着がそうさせるんでしょう。非常にストイックな人です。
大谷 自分なりの軸をしっかり持っているけれど、時代にもある程度合わせていく柔軟性を持ち合わせている点はベントレーにも通じますね。ご存じのとおりクルマの世界ではSUVがブームですが、ベントレーもご多分に漏れずベンテイガというSUVをリリースしています。
もっとも、ルーズパンツの発表に3年もかかったトム フォードとは違って、ベントレーはラグジュアリーブランド界でいち早くベンテイガを発表させましたが。だからといって妥協の産物では決してなく、ベンテイガはベントレーにとっての理想のSUVを文字どおり体現している。このあたりもトム フォードさんとよく似ているような気がします。
堀川 トム フォードはファッションを、ベントレーはクルマを、それぞれこよなく愛している証拠ですね。
大谷 いや、本当にそう思います。
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