いまでは一品料理と焼肉を織り交ぜたコースを提供したり、客ではなく店のスタッフが肉を焼くスタイルもめずらしくはないが、焼肉にプラスαの楽しみをもたらした「よろにく」は、日本の焼肉史を語るうえで欠かせない存在。そのプロデューサーであり、焼肉業界に革命を起こしてきた桑原 Vanne 秀幸さんに、多くの食通の心を虜にする焼肉の奥深さとその魅力について訊いた。
「肉を塊でみせるプレゼンテーションとか、分厚くカットした肉を豪快に焼くとか、SNSと焼肉の親和性はとても高いです。最近だとYouTubeを活用した宣伝で『牛宮城』(*1)が話題になりましたね。僕も食べに行きましたが、忖度なしに相当美味しいと思いました。僕もいま注目している交雑種とタレの相性もよく練られていて、本気度の高さを感じました。バズり優位のように見えるけれど、焼肉店としてきちんと美味しいものを出そうという気概がある。映えることばかり意識して味は二の次となってしまうのは論外ですが、焼肉の醍醐味はエンタメ性の高さにもあると思うので、味も個性も突きつめる店が増えてほしいし、自分も常にそうありたいです」
「僕はもともとレコード収集が趣味で、熊本から上京して渋谷のクラブでDJをやっていたんです。当時の渋谷といえばストリートカルチャーの最先端で、ものすごい熱気と活気があった。エネルギーのるつぼのような街で、毎日が刺激的でした。それでクラブが終わったら仲間と焼肉に行く、というのがいつからか定番になって。西麻布の『遊玄亭』(*2)もよく行ったし、四谷の『名門』(*3)で焼肉はエンタテインメントであるということを体感して目からウロコが落ちる思いがしました」
「27歳くらいのときに、町屋の『正泰苑』に行ったことで 都心の有名店以外にこんな凄い店があるんだ! って驚ろいたんです。ちょうど、自分のクラブを青山の骨董通りにオープンした頃で、オフは焼肉でエネルギー補給するのが習慣になっていました。もちろん、それまでも焼肉はご馳走という感覚はあったんですけれど、ここで塩カルビやロースを食べて、あまりの美味しさに驚愕しました。肉の質に加えてカット、味付けのすべてが衝撃的だった。
その後、なにかの雑誌で『焼肉好きの終着地点はジャンボ(*5)である』という記事を見て行ってみたら、完全に心を掴まれてしまって(笑)。いま思えば、神レベルというのは篠崎の『ジャンボ』のような店を言うのでしょうね。聞いたことがない部位、タレの味。薄切りのお肉を『うら3秒、おもて3秒』と言われて、それまでそんなふうにして食べたことがなかったから、言葉にできないほどの衝撃を受けて。年間70回は通わせていただきました。
その時は、弟子にしてほしいとはまったく思っていなくて、単純に好きで好きで。体が欲するからお店に行っていたという感じです(笑)。でも、いろいろな焼肉店に通ううちに、元来のリミックス癖というか、自分だったらこうしてみたいなという気持ちがどんどん大きくなって。ジャンボの大将に自分でお店をやってみたいので、焼肉のことを教えてくださいとお願いしたんです。大将はすごく愛情深い優しい方で、僕の無理なお願いを受け入れてくださったことに、本当に感謝しています。それで、青山に『よろにく』をオープンしたのが2007年のことです」
「DJという職業柄、ここをこう組み立てたら面白くなるという目線で物事を見る癖があって。最近も焼鳥店に伺ったときに、鶏の皮って表面温度が高くなるまで焼き切ると美味しいな、これは牛肉に合うんじゃないかなと思ったり」
それはすごく斬新な発想ですね。なかなか思いつかないです。
「もともとホテルが好きで、国内外のホテルめぐりもライフワークにしているのですが、青山の『よろにく』は外資のラグジュアリーホテルに焼肉店が入っていたとしたらこういう感じなんじゃないかなというイメージを空間づくりやサービスに反映させています。オープンしたての頃は、焼肉店にバーカウンターあるなんてめずらしいとか、お店のスタッフが焼いてくれるのが新しいなどたくさんのご意見いただいて、僕の想像が形になって、多くの方に喜んでいただけたのがうれしかったです」
「僕は最大公約数的な焼肉店をやりたいとは思っていなくて。新しい焼肉体験を楽しんでいただくためにどんなコースを組み立てたらいいかなとずっと考えています。例えば、焼肉で四季を感じてもらうにはどうしたらいいかなと考えて、思いついたのが夏のスペシャリテの肉もろこしです。
「僕はよく肉眼を磨く、という言葉を使うのですが、これは実際にお店に食べに行ってみることで養われるものだと思っています。地方に行った時に活用するのがGoogleマップ。近くの焼肉店のなかから、いくつか候補を絞って店や肉の写真を見ると、ここのロースは美味しそうとか、ホルモンの艶がいいなとか(笑)。で、ピンと来たお店に行ってみる。ジャケ買いじゃないですけれど、それでいいお店に出合うとうれしくなります。情報がたくさん得られる時代だからこそ、自分なりの視野を持ち、体や頭を使うことはとても大切。これからも僕やお客さんが楽しい! と心から思えて、幸せになれる焼肉を追求したいです」
蕃 YORONIKU
住所/東京都渋谷区恵比寿1-11-5 GEMS恵比寿8階
電話/03•3440•4629
営業時間/17:00~24:00
休/無休
*Vanneさんによるスペシャルコースは不定期受付。