この羊肉人気の一端を担っているのが「羊齧教会(ひつじかじりきょうかい)」代表の菊池一弘さん。羊肉はなぜこんな急に人気になったの? そもそも「羊齧協会」ってなに? おすすめのお店はどこ? などなど担当直入な質問をぶつけました。
「日本で古くから羊肉を食べていた町で生まれました」
「ぼくは岩手県出身なんですが、生まれ育った釜石市は遠野なんかと同じく、古くから家庭で綿羊を飼ってきたエリアなんです。その目的は主にホームスパン*1なんですが、もちろん羊肉も食べます。だから家庭で焼き肉といえば、牛でも豚でもなくて、羊。ぼくにとって羊は大変身近な食材でした」
「もちろん北海道も有名ですね。でも、羊肉と聞いてみなさんがいちばん最初に頭に浮かぶであろうジンギスカン発祥の地は、岩手県遠野市*2だと地元では言い張っているんですよ(笑)。戦後に満州から引き揚げてきた安部(あんべ)さんという人が遠野で精肉店を開き、中国東北部で食べていた羊料理を日本で再現しようと生まれたのがジンギスカンだと。だから昭和30年代から、遠野といえばジンギスカンの町だったんです。家庭に綿羊がいたことも、広まった理由のひとつでしょうね。いまはホームスパンをする家もなくなり、羊も食べつくしてしまいましたが(笑)」。
「1997年から4年間、北京外国語大学で学びました。そこでもまた羊とのご縁があって、ぼくが住んでいたエリアはウイグル族居住区・魏公村(ぎこうそん)のそばだったんです。もともとイスラム教を信仰しているウイグル族の人々にとって、羊は大切な家畜であり、生活の糧でもあります。その村で食べる羊料理の美味しさにハマって、夜な夜な通いつめるうちにだんだん羊に侵されてきました(笑)」
——帰国後、日本でも引き続き羊を食べていたんですか?
「帰国後は東京に住むようになりましたが、日本での羊肉への偏見の強さに驚かされました。くさい、固い、美味しくない……。ぜんぜんそんなことはないのにね。そこでぼくが幹事となって、中国東北料理を中心とした『羊を食べる会』を年に数回主催するようになりました。それが徐々に規模を拡げていって、2012年に『羊齧協会』発足へとつながります」
「一言で言えば、羊を愛し、美味しく味わいたい消費者たちのコミュニティを創造する団体です。月に数回のレストランイベント、年に1回の『羊フェスタ』などのイベント開催や、羊肉に関する正しい情報発信やPRが主な活動でして、現在の会員数は1800名ほど。パンデミックでここ2年ほどイベントが開催できていませんでしたが、今年はいよいよ活動を再開できそうで、楽しみにしているところです」
「羊は晩餐会で使われる高貴なお肉なんです」
「もちろんぼくらの活動もお役に立ってるかもしれないけれど(笑)、いちばんの理由は羊肉をめぐる流通の改善にあるのだと考えています。昔はラムやマトンはすべて冷凍でしたが、今は凍結寸前の温度で保存するチルドの技術が進んだことで、一度も冷凍されない『生ラム』も流通するようになりました。これが味わいに劇的な変化を与えてくれましたね。
一番感慨深かったのは、あの『サイゼリア』で羊肉が『アロスティチーニ』(ラム肉の串焼き)*3としてオンメニューしたこと。399円でおいしいラムが食べられるなんて、以前だったらありえないことです」
「ホントなわけないでしょう(笑)。食べ物なんですから、食べれば食べた分だけ栄養は吸収されます。でも羊肉は牛や豚に比べれば脂質は低いし、鉄分や、脂肪を燃やすL-カルチニンは豊富。肉類の中では、まあヘルシーだと言えるんじゃないですか」
「まずは『味坊』。中国東北部出身の梁宝璋(りょうほうしょう)さんによる料理は、どれも中国ではごく当たり前に食べられている家庭の味なんですが、日本で食べられるのはここだけ。なかでも羊料理に特化した『羊香味坊』は羊のさまざまな部位を食べ比べることもできて楽しいし、まず一度は来ていただきたい名店です」
羊香味坊(やんしゃんあじぼう)
住所/東京都台東区上野3-12-6
電話/03-6803-0168
営業時間/11:00~23:00(22:30 L.O.)、土12:00~23:00(22:30 L.O.)、日・祝]12:00~22:00(21:30 L.O.)
休/なし
おあとがよろしい羊(よう)で。
● 菊池一弘 (きくち・かずひろ)
羊齧協会代表。株式会社場創総合研究所代表取締役。一般社団法人来来県 代表理事。
羊肉料理を素人がおいしく楽しく食べられる環境を作るべく、月例イベント、羊フェスタ、羊齧落語、羊齧合コンなど、切り口を変えた羊肉普及のためのイベントを開催。日本初のラム肉レストラン本『東京ラムストーリー』(実業之日本社)を監修。