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2023.09.28

【京都】食べるという行為の原点に回帰する農場レストラン

京都の市中からクルマで2時間という難アクセスながら、食のプロたちに「今一番行きたいレストラン」と言われる注目店「田舎の大鵬」とは?

CREDIT :

  文・編集/秋山 都 (LEON.JP) 写真/松川真介、秋山 都

突然ですが、アナタはなぜレストランへ行くのでしょうか。お腹がすいたから? もちろん、そうでしょう。でもお腹を満たすだけでいいなら、プロテインやサプリでもいいですよね。もっと美味しいものが食べたい? それも理解できます。美味しさの基準は人によってそれぞれですが、進んで不味いものを食べたい人はいないはず。付け加えるなら、自己承認欲求や虚栄心もあるでしょう。非日常的な空間で手厚いもてなしを受けるのは誰しも気持ち良いもの。予約困難な高級店で「こんなところに連れてきてくれてありがとう」な~んて、ニキータちゃんたちの謝辞を受けることができるのは、アナタの情報収集力と行動力、そして経済力のたまものに他なりません。
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▲ シェフの渡辺幸樹さんも一緒に「乾杯!」。それが「田舎の大鵬」スタイル。撮影/松川真介
そんな高級レストランとほど遠い、いえ、真逆にあるとも言えるのがこの「田舎の大鵬」です。なにしろ京都の市中からクルマで2時間かかるという難ありのアクセス。さらに店舗(と言えるのかもわかりませんが)は一応の屋根こそあれど、壁はなし。つまり露天のほったて小屋のような素朴な環境です。知らない人からすれば、なぜわざわざそんな田舎へ? と不思議に思われるかも。でも、今この「田舎の大鵬」がフーディーたちからもっとも注目を浴びているのは、何故なのでしょうか。
田舎の大鵬
▲ 奥の丸テーブルがダイニング。天候の変化をダイレクトに感じられる環境です(笑)。
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京都・綾部

◆ 「田舎の大鵬(いなかのたいほう)」

PRIMO PASSO
▲ 日暮れの「田舎の大鵬」。あたりには街灯もなく、空には星が光る。撮影/松川真介
まず、「田舎の大鵬」とは何か? 端的に言うならば、ここは京都・二条の人気中華料理店「中國菜 大鵬」の二代目、渡辺幸樹さんが切り盛りする農場のレストラン。綾部は幸樹さんのお父さん(つまり「大鵬」の初代ご主人)が生まれ育った場所であり、子供のころから慣れ親しんだ場所だったのだそう。
田舎の大鵬
▲ 屋外で調理する渡辺幸喜さん。
自然に触れ合いながら持続可能な自給自足ができないものかと考えていた幸樹さんは、この地で平飼い*で養鶏する峰地幹介さんと出会ったことをきっかけに移住し、小さなレストランを営むことになったというわけです。
*ケージを重ねて飼育するのではなく、地面に放して飼育する方法。英語ではFree Range。
田舎の大鵬
▲ 畑から摘んだばかりの野菜、自家製の発酵食品などがこの日の食材に。
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京都府北部に位置する綾部はなだらかな山間の小さな集落ですが、日本海側の舞鶴までクルマで30分という恵まれた土地柄。つまり山の幸にも海の幸にも恵まれている環境で、幸樹さんは仲間たちと野菜を育て、豚、鶏、ヤギ、馬を飼っています。
田舎の大鵬
▲ 3か月前には8匹いた仔豚が2匹にまで減っていました。その意味するところは……おわかりですよね? 撮影/松川真介

目の前の食材が本日のメニュー

レストランと言っても、この「田舎の大鵬」にメニューはありません。畑で青々と茂る菜っ葉や、根菜、豆やハーブがその日の野菜として使われ、今日この時まで幸樹さんたちと暮らしていた鶏や豚が私たちのために捌かれます。
田舎の大鵬
▲ その時、畑で食べごろを迎えた食材がテーブルに並ぶ。撮影/松川真介
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たとえば、ある日には5年もの間卵を産み続けた老親鳥をその場で絞め、羽を抜き、内臓をきれいに掃除しながら捌きます。この日、食卓を囲んだのは私と同じく食いしん坊の編集者やライターたちでしたが、鶏がその生命を終える瞬間には一同が自然に黙しました。この時、私の心中にあったのは「ありがとう」という感謝や、「かわいそう」というセンチメンタリズムではありません。私たちが普段、当たり前に食べている肉や魚、そして野菜もすべてがそれまで当たり前に生きていたんだ、というシンプルな気づきでした。
田舎の大鵬
▲ 絞めた鶏はモツまですべて美味しく食べた。生命を無駄にすることなく味わい尽くせるのがうれしい。
同じように生きていた命であるなら、私はより良く生きていた命を自分の中に取り入れたい。そんな風にも考えました。生まれてから一度も太陽の光を見ることなく、闇のなかで短い生命を終える鶏より、自由に鶏舎を駆け回り、美味しくて健康的な餌を食べながら卵を産み、その卵がたくさんの人の糧となり、最後には自分の身をもって私たちに喜びを与えてくれる鶏です。
田舎の大鵬
▲ 近くで釣った鯰を団子にして出汁をとり、鹿と豚の合い挽き団子にを大根菜の古漬けを加えたスープ。「美味い」しか言葉が出てこない……。
田舎の大鵬
▲ そら豆とえんどう豆を産みたての卵でとじ、紫蘇の実の塩漬けと飯(いい)で味付けした滋味深い一皿。
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田舎の大鵬
▲ インディカ米を鶏とすっぽんの血で炒めた炒飯。上に乗せたのは山椒の葉。
田舎の大鵬
▲ またある日には、舞鶴で仕入れてもらった岩ガキを「ひとり何個食べる?」「6個! 」「私は12個!」と思うさま堪能した。撮影/松川真介
もうひとつ考えたのは、レストランの在り方です。炭焼きできるかまどを囲み、私たちと一緒にビールやワインを飲みながら、気取らずにジャッ、ジャッと作ってくれる料理はどれもシンプルですが、この料理に対して、食のプロたちがなぜか「美味しい」としか言えないのです。本当に美味なるものは説明不要でただ美味しい。そこには、コストパフォーマンスや、価格を高く設定するための高級食材、イマドキの革新的な料理法は存在しません。ついでに言えば、シェフすらいないのかも(幸樹さん、すみません)。そこにいるのは、私たちと一緒にお酒を楽しむ友人であり、自給自足の喜びと食材を無駄にすることなく、とことんまで味わい尽くす楽しみを教えてくれるメンターとしての幸樹さんです。
田舎の大鵬
▲ 生のとり貝を炭火で焼いて、塩をパラリ。撮影/松川真介
ワインのボトルがどんどんと気持ちよく空いていき、太陽が山の端に沈んでいったころ、私は不思議な想いに捉われていました。それは、主客一体という茶道の精神です。もてなす主人と、もてなされる客人が対等に、等しく食材と向いあう心地よさです。何の飾りのないほったて小屋も、これは一種の侘び寂びであり、野点(のだて)の見立てなんじゃないか、と勘繰ったりして(笑)。
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田舎の大鵬
▲ 近くの池でとれた1メートルにも及ぶ巨大な鯉。2時間ほど炭火でじっくりと焼いたあとに……。撮影/松川真介
幸樹さんがそんなつもりであるかどうかは聞いていないのでわかりません。ただ、この場所で生命を口にし、酔い、お腹を満たすという行為が、日ごろ話題のレストランがあると聞けば一応チェックし、ミシュランの星つきの高級店に行ける機会があれば喜んで馳せ参じる私のミーハーな食への煩悩をいったんリセットしてくれる機会となっていることは間違いありません。食べるって、どんなことだったっけ? 美味しいって、なんだっけ? 悩んだら、私はまた幸樹さんの元へ出かけていくでしょう。
田舎の大鵬
▲ 鯉には火鍋のソースをかけていただきました。残った汁にごはんを浸しても美味しい。撮影/松川真介
「田舎の大鵬」はアクセスが悪いこともあり、決して万人向けのレストランとは言えません。でも、東京のレストランハンティングに少し疲れたな……と思っているなら、行ってみてもよいのでは? と思います。日頃の雑事を忘れ、自然に抱かれながら大いに酔っぱらう解放感は何にも代えがたい快感だから。
田舎の大鵬

■ 田舎の大鵬(いなかのたいほう)

住所/京都府綾部市八津合町別当2-1 蓮ヶ峯農場 
電話/なし 
営業時間/12:00~、17:00~(夏季は夜のみ、冬季は昼のみ。予約状況に応じて変動します)
定休日/不定休
*定員は4名~12名まで(応相談)
*料理はおまかせでひとり1万1000円~(食べ終わるまでに3時間ほどかかります)
*予約はInstagram(@inakanotaihou)から

京都で美味しいもの、食べてお帰りやす。

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