2022.01.01
【Vol.14】能の真髄を学ぶ/後編
能面をつけると……。異世界にトリップする?
いい大人になってお付き合いの幅も広がると、意外と和の素養が試される機会が多くなるものです。モテる男には和のたしなみも大切だと、最近ひしひし感じることが多いという小誌・石井編集長(47歳)が、最高峰の和文化体験を提供する「和塾」田中康嗣代表のもと、モテる旦那を目指す連載。今回のテーマは「能」。その後編をお送りします。
- CREDIT :
写真/トヨダリョウ、米山理功(動画) 文/井上真規子 取材協力/観世会
国宝級の美しい装束や能面も能の見どころ!
石井 ありがとうございます! 袴をはかせて頂きました。
山階 能楽師は皆、袴をはくのですが、それは武家である証なんですね。
田中 江戸時代、武家の式学はお能でした。庶民は歌舞伎で盛り上がって、武家はお能をたしなんでいたんです。
石井 世阿弥もお武家様だったんですね。
山階 直参だったんですよ。
石井 そして後ろに置いてある美しい着物は、舞台で着る装束でしょうか?
山階 装束と能面になります。能は、女性の役を演じる時には必ず能面をつけ、唐織という装束を身につけます。こちらに飾ってある紅白の着物が唐織。非常に高貴な女性が着るものです。「船弁慶」に出てくる静御前や、「熊野(ゆや)」に出てくる熊野御前という方が着たりします。
山階 織の細かいお花が織られていたり、よく見ると金色の地の部分にも模様が織り込まれていたりします。
田中 今は、こうした唐織を作れる職人さんも減っているんですよね。
山階 昔から京都の西陣で作って頂いていますが、本当に後継者が少なくなっております。
田中 それも含めて、今の日本人が支えるようにならないといけませんね。
石井 色んな方がいてくださってこそ、能が成り立つわけですね。
【ポイント】
■世阿弥は将軍の直参だった
■能は武家の式学で、庶民とは縁が遠くなっていた
■女性の役は、必ず能面と装束をつける
石井編集長、生まれて初めて能面をつける
石井・田中 すごい・・・…。
山階 左右の穴に紐を通し、顔につけて役になりきります。ちなみに我々能楽師は、お面とは言わず、おもてと呼びます。裏に役者の顔が重なり、「おもて」と一体化することで、はじめて能面に魂が入り、表情が豊かになるんです。よく「能面のような顔」と言ったりしますが、能面のままだと表情がないからなのでしょう。
田中 舞台上で見ていると、役者さんの微妙な首の角度で、能面は笑っているように見えたり、泣いているように見えたりするんです。
田中 逆におもてが表情を持っていると、さまざまな感情を表現できなくなってしまう。この形だからこそ、喜びも悲しみも表現できるんですね。
山階 また、能面をつけ、表情を変えないことで、かえって心の中が写し出される効果もあると思います。
山階 割と新しいものです。古いものになりますと、観世宗家には鎌倉時代のものもございます。
石井 と、取扱注意ですね! 現役で使っているのですか?
山階 使っております。観世家の定期公演では、江戸初期の能面を使うことが多く、家元が能を勤める時には、室町時代の能面を使っています。
石井 能面も代々受け継がれてきたのですね。
山階 つけてみますか? 目と口と鼻に穴がありますが、どれも小さいですよ。
石井 いいんですか!?
(おそるおそる、能面をつけてみる……)
石井 視界が本当に狭いというか、ないに等しい……。外から見ると目は切長だから、もう少し見えると思ったけど、点でしかないです。足元もまったく見えないですね。
田中 このおもてをつけて暗い舞台の上に出て、囃子方の声を聞いていたら異世界にトリップするような感覚になるでしょうね。
田中 しかも、能楽堂に鳴り響く声量を発するわけですから本当にすごいです。
【ポイント】
■「若女」は、綺麗な女性を表す能面
■能面は角度や光の当たり方で表情が変化して見える
■観世宗家には鎌倉時代の能面も現存している
■能面は、おもてと呼ばれる
女性からツノが生えていないか、確認すべし?
石井 うわ~、迫力が半端じゃない!
山階 「般若」は、恋に敗れたり、恨みをもったりする女性が、曲の最後に鬼になって出てくる時につけられます。源氏物語に登場する六条御息所という女性が、光源氏との恋に敗れ、般若になる曲もありますね。
田中 「葵上」ですね。
山階 般若は、左右にツノが生えています。このツノは女性にしか生えないもの。結婚式で白無垢を着ると、上に角隠しという白い帽子をかぶりますよが、あれは嫁入りに女性のツノを隠しているんです。だから結婚する時には、帽子をとって角がないか確認した方がいいんですよ(笑)。
山階 そうかもしれません(笑)。ちなみに般若は蛇の心を持っていて、能では恨みや憎しみが強くなると蛇体になる女性もいます。
田中 「道成寺」という有名な曲では、恨みを持った女性の霊が蛇体になって取り憑くんですよね。
石井 女性の切なさや悲しみが込められたお面なんですね。
山階 はい。能をご覧になる時には、能面もチェックすると面白いと思います。今日はどういう能面を使っているのか、どういう意味をもった能面なのかを知っておくと、より楽しめるはずです。
【ポイント】
■般若は、恋に敗れたり、恨みをもったりする女性がつける能面
■能面のチェックもお能の楽しみのひとつ
能舞台に隠された巧妙な仕掛けって?
山階 まず、大切なのは柱です。舞台の四隅に1本ずつ柱がありますが、これで舞台に結界を張っています。よく能は「客席と一体感がない」と言われるんですが、そもそも一体にしようと考えていない。この舞台の上は、“世俗とは違う神聖な世界”という意識があるんです。
田中 だから能舞台に上がる時に、必ず白足袋を履かなくてはいけないんですね。
石井 そういうことだったんだ……。
山階 それから屋根を見てください。ここには先程話に出た、女性が蛇体になって取り憑く「道成寺」の鐘を釣る滑車が用意されています。
田中 「道成寺」という演目のためだけにあるんですよね。それだけ大事な演目ということです。
石井 ちなみに昔は、舞台の照明はどうなっていたんですか?
石井 蝋燭の光に照らされた般若の面は、心揺さぶれられるような迫力があるのでしょうね……。
石井 きっと美しいでしょうね。
山階 それから舞台の下のところに、白い石が敷き詰めてありますが、これは太陽光線を反射させて舞台が明るくなるようにする仕掛けでした。ここは屋内なので関係ありませんが。
石井 なるほど〜! レフ板の役割を果たしていたんですね。
田中 そうそう。そしてこの階段!
石井 ジャッジされる運命の階段なんですね。
山階 もちろん今は、白洲梯子を使うことはありませんが、失敗すると幕の中に戻ってから家元や偉い先生方に「お前は何をやってる!」とお叱りを受けるわけですね。
石井 アハハ(笑)。そういう時は逃げたくなるわけですね〜。
田中 それでは、いよいよ編集長のお稽古をつけていただきましょう!
【ポイント】
■能舞台は神聖な場所であり、四隅の柱が舞台に結界を張っている
■柱は能面をつけた役者が、舞台の際を知る目印にもなっている
■天井につけられた滑車は「道成寺」という演目で鐘を吊るすためだけにつけられている
■舞台の下の白い石は、レフ板の役割がある
■白洲梯子は、江戸時代まで芸の裁きを受けるための階段だった
いよいよ石井編集長、能を舞う!
山階 今日は、先ほどお見せした「高砂」を実際に舞って頂こうと思います。本当は、1年以上稽古しないと舞いを習うことはできないのですが、きっと大丈夫です。
石井 そ、そうですよね(汗)。気合いを入れて挑みます!
石井 体の中心に芯があるようにイメージする感じですね。かなり足が疲れます。
山階 そう、とてもいいですよ。
(練習続く)
山階 はい、では私が謡いますので、やってみましょう!
【取材を終えて】
●山階彌右衛門(やましな・やえもん)
能楽師。シテ方観世流職分。二十五世観世左近次男。父及び二十六世観世清和に師事。2007年十二世山階彌右衛門襲名。重要無形文化財総合指定保持者。2020年「第四十回 伝統文化ポーラ賞」優秀賞受賞。
海外公演にも多数出演。全国各地の学校や企業で能のワークショップや公演を継続的に行い、普及活動にも尽力している。
● 田中康嗣(たなか・こうじ)
「和塾」代表理事。大手広告代理店のコピーライターとして、数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め、2004年にNPO法人「和塾」を設立。日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行う。
和塾
豊穣で洗練された日本文化の中から、選りすぐりの最高峰の和文化体験を提供するのが和塾です。人間国宝など最高峰の講師陣を迎えた多様なお稽古を開催、また京都での国宝見学や四国での歌舞伎観劇などの塾生ツアー等、様々な催事を会員限定で実施しています。和塾でのブランド体験は、いかなるジャンルであれ、その位置づけは、常に「正統・本流・本格・本物」であり、そのレベルは、「高級で特別で一流」の存在。常に貴重で他に類のない得難い体験を提供します。
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