2023.09.29
ジェームズ・ボンドに春画に……!? 大人にこそ味わえる「エロい映画」
肉体的なことに限らずふとした瞬間に感じる「エロさ」や「色気」。この正体はいったい何なのか? 男女の何気ないやりとりの中かエロさが滲んでいる名作を、映画ライターの牧口じゅんさんと選んでみました。ぜひ鑑賞して、エロさの理由を考えてみて下さいませ。
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選定・文/牧口じゅん イラスト/MJ
ふとした瞬間の“エロさ”は映画に学べ!
では、そのエロさの正体とはいったい何? ということで、ここでは映画から探ってみることにいたしましょう。
今回、何気ないやりとりの中で男女の色気が滲み出ている名作を、映画ライターの牧口じゅんさんとともに4本選んでみました。大人のオトコとして纏いたい色気を学ぶべくコソ練的に観るも良し、お家デートで観るも良し。大人のエロさバロメーターをぐんと高めてみませんか。
傷を負った“狂犬”ボンドが最高に色っぽい
『007/慰めの報酬』
でも実のところ、女性の私がそんな典型的なボンドよりエロく感じてしまうのが、『007/慰めの報酬』のボンド。ダニエル・クレイグ版2作目となる本作は、前作『007/カジノ・ロワイヤル』の続編。ボンドが“唯一愛した女性”ヴェスパーの裏切りと死により、冒頭から身も心もボロボロなのです。そして、愛する女のための復讐に燃え、彼女を操っていた黒幕を追い詰めるため、殺しのライセンスである「00」を発動しまくるのです。
その姿は、まさに手負いの狂犬。ビシッと決めたお決まりのスーツスタイルやタキシード姿も拝めますが、本作では8割方は傷だらけ。でも、深い悲しみを纏う憂いのある姿が、常に冷静で完璧すぎるこれまでのボンド像よりも、遙かに人間臭くて色っぽいのです。
さらに、本作に登場するボンドガール、カミーユとは肉体関係を持ちません。彼女は復讐という共通の目的を持つ同志。ともに心に傷を持つ、闘う仲間なのです。
腕っ節の強いカミーユですが、炎に包まれトラウマに苦しむことも。その時は命の危険を顧みず、燃えさかる建物の中で彼女を愛おしそうに、そして守るように抱きしめます。その勇姿にもホレボレ。いざという時に見せる本気の優しさや、相手に惹かれながらもリスペクトを優先させるというプロ意識も魅力的です。
軽々とではなく、時に苦しみながら、時に強引に任務を遂行する姿に、シリーズ随一の色気が溢れているのです。
強引さと不器用さのギャップが生むエロさ
『春画先生』
本作は、“春画先生”と呼ばれる変わり者の研究者・芳賀一郎と、彼との出会いを通して春画に心を奪われ、やがて芳賀自身にも恋心を抱いていく弟子・春野弓子とのフェティッシュなロマンスを描いたラブ・コメディです。
アートを通して、互いへの好意と欲望を募らせていく師弟ですが、まだ互いをさほど知りもしないのに、芳賀が半ば強引に弓子に上級者向け春画を鑑賞させる様は、一歩間違えば変質者。スクリーンにも日本映画史上初、真正面からバーンと無修正で秘部が映し出されるので、彼女の戸惑いを追体験できる人もいることでしょう(※)。
権威ある研究者としての優秀さと少年のような無邪気さ、その自覚無きギャップこそが、先生本人が意識すらせずに色気をダダ漏れさせ、女性を花開かせていくのです。やがて、弟子である弓子への執着を、恋だと認識し始める先生ですが、その際は手を出すのではなく、自分の編集者に弓子を誘惑させ、“あの声を聞く”という選択をします。
春画に関しては大胆なのに、本物の恋には臆病。そんな不器用さが生む魅力をも体現する、内野聖陽の無骨な色気にも注目です。
「一線は越えない」という決意がエロティックなじらしプレイ
『花様年華』
まるで、互いのパートナーへの復讐のようにして始まった関係ですが、チャン夫人は始めてホテルに誘われた際、「一線は越えない」とチャウに告げます。そう、二人の関係はプラトニック。それがかえってエロいのです。
自分たちが裏切られたことに端を発した「不倫への嫌悪」もあったかもしれませんが、むしろ身体を重ねないことで、この恋を変質から守るという覚悟に由来するのかも知れません。もしくは、心が結ばれたら当然あるべき次の段階であるセックスまでの最も楽しい駆け引き、つまり“イチャイチャ”の期間を、淫靡なまでに味わっているのかも。
タクシーの中で指を密かに絡めたり、相手の肩に頭を預けたり。互いの好意を了解していなければできない行為の数々に、もはや彼らはエアセックスしているのだと感じずにはいられません。プラトニックラブを選んだ彼らのこういった行為こそが、彼らにとってはセックスに値するもの。ウォン・カーウァイ監督は、見事なまでにそう感じさせてしまうのです。
2000年にこの作品が初公開されたときには、悲劇的なラブストーリーのように感じていましたが、今になって改めて観てみると、ここに描かれているのは一種のじらしプレイであり、それは二人にとって極上の悦びだったのかもしれません。そんな可能性も考えると、本作が抱えていた新たなエロの隠し扉が20数年の時を経て開いた、そんな風にも感じられるのです。
10年経っても、妻を輝かせ続けるエロスな男
『髪結いの亭主』
ある日、美しい理容師マチルドを見初め、出会ったその日にプロポーズ。中年にして晴れて夢を叶え、“髪結いの亭主”となったのです。結婚から10年経っても、夫は床屋の待合室で大好きなクロスワードパズルをしながら、美しい妻を見つめ続けます。
この熱い視線が実にエロティック。エクスタシーを感じさせる恍惚とした表情で、妻を好きなだけ眺めるのですが、時々お客さんがいるにも関わらず、我慢できずに手を出したりして。そんな夫を、「あ、うん」の呼吸で喜んで受け入れる妻。二人の匂い立つような無言の合意が、とてもエロいのです。
長くお互いを「性愛」の対象として見つめ続ける夫婦は理想。もちろん、互いが魅力的であろうと努力する必要はあります。相手を想って自分を磨く、だから愛される、そしてまた磨くという愛の無限ループもエロなのです。
日本語タイトル『髪結いの亭主』とは、江戸時代の言葉で“妻に養われている男”のこと。つまりヒモです。男が働き女を養って当然という時代に生まれた言葉で、本作の舞台となる時代も価値観は同じ。だからこそ、自分らしく愛を貫いた男の純粋さにも思わずキュンと来ます。
いつまでもキラキラした目で自分を見つめ、女神のように扱ってくれる男は女にとって可愛いもの。母性本能をくすぐられつつ、色気を感じずにはいられません。こんな夫の前では、女性はいつまでも女で居られるのです。