2024.04.05
【vol.18】香道を学ぶ(2)
ヨコシマな心では当たらない? 香りを聞き、違いを嗅ぎ分ける「組香」の極意とは?
モテる男には和のたしなみも大切だと、小誌・石井編集長(50歳)が、最高峰の和文化体験を提供する「和塾」田中康嗣代表のもと、モテる旦那を目指す連載です。今回のテーマは「香道」。後編では実際に香道を体験し、作法などを学んでいきます。
- CREDIT :
文/木村千鶴 写真/トヨダリョウ 編集/森本 泉(LEON.JP)
今回のテーマは「香道」。香道は、茶道、華道、能などとともに中世に誕生、天然香木の香りを楽しみ、判別するという独自の文化を構築し、志野流歴代家元20人が連綿とその文化を継承してきました。
前編(こちら)では主に香道の歴史について、志野流の第21世家元継承者である蜂谷宗苾(はちや・そうひつ)さんにご教授いただきましたが、後編では実際に香道を体験し、作法などを学んでいきます。
香道は感性や感覚を取り戻す作業でもある
石井 洋編集長(以下、石井) 僕、香りというか匂いにはちょっと自信があるんですよ。小学生の頃、匂いで友達を嗅ぎ分けていましたから。遊ぶ時ってあちこちに上着を脱ぐじゃないですか。帰る時ひとつずつ嗅いで「あ、これあっちゃんの、ケンくんの」って渡していたけど、外したことなかったですから!(自信満々)
田中 ずいぶんと鼻が良いんですね(笑)。でもこれでハードルが上がりましたよ。さあ〜この後どうなるか、楽しみだ。
蜂谷宗苾さん(以下、蜂谷) 本日は、まず、当家に伝わる銘香を「一炷聞」(いっちゅうぎき)という形で、沈香の香りは一体どういう香りがするのか感じていただきたいと思います。香道ではその香りを感じ取ることを「嗅ぐ」ではなく、「聞く」と表現しますが、中国では、「聞」という漢字の意味は香りを嗅ぐであり、匂いが良いことは「好聞」となります。また、仏教用語としても法華経の中に「聞香」という言葉が出てきます。私自身は、香りを心で感じ取ることが肝要だと考えています。
それでは、先ずはじめに季節に合わせ(※取材は2月)、先代、私の祖父である19代宗由が「籬(まがき)の梅」と銘を付けた香りをお楽しみください。
蜂谷 香木は伽羅です。元々は沈水香木は生産地で分けていましたが、今は家元が伽羅(きゃら)・羅国(らこく)・真南蛮(まなばん)・真那賀(まなか)・佐曽羅(さそら)・寸門多羅(すもんだら)の6つに分類しています。
さらに香りを甘(あまい)・苦(にがい)・辛(からい)・酸(すっぱい)・鹹(しおからい)の5つの味に分け、これを六国五味(りっこくごみ)として表現します。志野流では、入門後数年のちに、500年以上継承してきたこの「六国五味」を家元から事細かに伝授されます。もちろん伝授で受けた内容は多言禁止であり、それをもとに、勝手に流儀を立ち上げることも許されておりません。
蜂谷 目に見えないものを継承するのは簡単名ことでありませんね。しかも初代が分類した香りが志野流の根源ですから、途中で変わってはいけない。私は歴代家元がしてきたように、初代と同期しなければなりません。
石井 香りを味で表現するのも難しい気がします。強い香りではないでしょうし。
蜂谷 100個香木があれば100の香りがある。基本的にすべて近い香りですから、その違いをきちんと自分の感覚で判別できるかどうか。またその香りからイメージを膨らませて和歌を詠んだりもします。香道は現代社会で失われた感覚を取り戻す作業でもありますね。
石井 非常に難易度が高そう。大丈夫かな……。
それから香炉を時計と反対回しに90度、もう一度90度回すと正面が真向こうに来ましたね。そして右手で香りを閉じ込める。香りが逃げないように指をしっかり丸く閉じて、香炉に鼻を近づけていきましょう。ゆっくりと聞いて、息を吐く時は左側にゆっくり吐いて、また聞きます。これを3回繰り返します。
3回聞き終わったら今度は時計回しに2回、元の位置に戻したら、お隣の方との間くらいの位置に置いてください。手渡しは危ないですから、必ず下に置きましょう。出す時には銘を伝えます。
蜂谷 はい、そうです。いただく前には、次の方に「お先に」と挨拶しておきましょうね。では始めてみましょうか。
【ポイント】
■ 香道では香りを「嗅ぐ」とは言わず、「聞く」と表現
■ 香木は家元が伽羅(きゃら)・羅国(らこく)・真南蛮(まなばん)・真那賀(まなか)・佐曽羅(さそら)・寸門多羅(すもんだら)の6つに分類
■ さらに香りを甘(あまい)・苦(にがい)・辛(からい)・酸(すっぱい)・鹹(しおからい)の5つの味に分け、これを六国五味(りっこくごみ)として表現
■ 香りは順番に香炉を回して作法に従って聞く
自分の思い出と繋がるのが聞香。色んな経験をすることが大事
神妙な面持ちで、いただいた香を聞く石井編集長。どうにか教えられた手順で終えると、香の名前とともに田中さんに送ります。
蜂谷 どうですか、香りは。何かいい言葉が浮かんできますか。
石井 優しい香りですね。まったく尖ったところがない。
蜂谷 そうですね。普段、身の回りでは人工的、化学的手法で作られた香りに囲まれていますが、これは100%自然の香りなので、人間の手が入っていません。自然界が長い年月をかけて作る香りですから、優しいのですね。
田中 「籬の梅」と聞くと、なるほどこれが間垣の梅の匂いなんだな、とそのまま感じますね(笑)。
蜂谷 香銘は、当然香りと関連した名前を付けているので、本当の梅の木ではないけれども、イメージは湧いてくると思います。例えば霞や雪には匂いがありませんが、そういった銘はたくさんあります。学校で勉強した知識ではなく、ご先祖様から受け継いできた日本人の感性、感覚、古い記憶、言葉で表現できないものがたくさん備わっていると思うことがあります。
蜂谷 これは大体100年以上生きてきたでしょうね。ですから、香木は凄いエネルギーを持っています。中国では漢方薬としても使っていますから、健康にもなるし、心も穏やかになる。
石井 香は身体にも心にもいいんですね。
蜂谷 ではもうひとつお聞きいただきます。鼻も少しずつ慣れてくると思いますので、その後、組香(香り当ての遊び)をしましょう。ふたつ目は、ちょうど明日寒くなり都内も雪が降るかも知れませんので「今朝の初雪」をどうぞ。自分の思い出などを辿って楽しんでください。
2つめの「今朝の初雪」が若宗匠から回ってくると、石井編集長、今度は少しゆとりのある仕草でを香りを聞きます。
石井 何か懐かしいような、記憶の扉みたいなものがあれば、それが開くような感じがあるんですが。
田中 確かに香りはその鍵を持っているかもしれませんね。ああ、「籬の梅」とはまた違う香りですね。
お手前も大事ですけれど、子供の頃から思い出をいっぱい作っておかなければダメなんですね。自分の中に引き出しがたくさんないと「なんかいい香りだな」で終わってしまいます。でも思い出があれば、その景色が浮かぶかもしれないし、一緒に体験した人の顔が浮かんでくるかもしれない。涙が出てくることもあります。
今は大人だけでなく子どもも、何かしらの画面ばかり見ています。スマホを持っていても香りはしません。できる限り外に出て、旅をしたり恋をしたり、五感で感じる経験を積み重ねていくことが大事だと思います。
【ポイント】
■ 香には銘があり、実際には匂いのないイメージや風景で付けられることも
■ 香りを感じ取るには様々な経験を通じて感性を磨いていくことが大切
お手前を一生懸命にやらないと、香木にバレてしまう
志野流では、陰陽五行の50本の線を灰の上に描き、その山の頂に、銀葉という名の雲母を薄くした板を載せます。そこに丁寧に香木を置くことにより、香炉の中はある意味「小宇宙」になります。
灰形の山の高さが1ミリ高い、1ミリ低いで、同じ香木でもまったく違う香りになってしまいます。その加減は気温や湿度によっても変わりますので、自分の経験と感覚でお手前をしていくわけです。
蜂谷 お寺さんでは、「香食(こうじき)」と言う言葉があるように、香りが仏様の食べ物となりますので、お線香の煙はたくさんあった方が良いのですが、香道では煙が出たらお手前は失敗と考えます。焦がしてはいけない。あくまでも優しく温めるだけなのです。
私も若い頃はたくさん失敗をしました。今でも気を抜けば、良い香りを立ち昇らすことはできません。また、作法だけでなく、心も一生懸命気持ちを込めてやらないと、明らかに香木にバレてしまいます。
蜂谷 本当ですよ。手を抜けば、良い香りを出してくれません。自然界はこちらを見透かしてきます。でも、心を込めてお手前をするとちゃんと答えてくれる。いつも以上に芳香を漂わせてくれる。本当に不思議な世界です。そんな経験がいっぱいありますが、あまり頭で考えずに無心に近い状態で、自分が自然界に寄せていくことが大事だと思います。
田中 香りで自然界と交信しているみたいだ。
蜂谷 少し話はずれますが、香りは、天に上がっていきますよね。どこに神仏や、ご先祖様が存在しているかは分かりませんが、自然界から頂いた香木の香りは人間と神仏を繋げる力を持っていると考えます。信長や家康もみんな香木を持っていましたが、以前、政宗が所持していた香木「芝舟」を炷いた時は、背後に正宗か誰かがいるような気がしました(笑)。
石井 えっ、来る……?
田中 今は……呼んでないですよね。
蜂谷 うちのおじいちゃんは来ています(笑)。
石井 ワハハ、カメラさん、撮っておいて!
蜂谷 だいたいこの香木で15分〜20分香りを保ちます。本当にもったいない話ですが、これでお役目は終わりになってしまいます。
田中 使い終わった香木はどうされているんですか。
歴代家元は、自分用の携帯式の香木入れ(香挿し)を持っております。一つひとつ香木に名前(銘)を付けて、一生大事にして、人生をともに歩んでいきます。
蜂谷 香木は日本で産出されません。古くから東南アジアでのみ採れるものを、大陸や"香港"などを経由して輸入してきました。
ようやく京都にまで香木が来て、それから天皇や貴族、大名や私ども家元が、その香りに相応しい銘を付けるのです。
【ポイント】
■ 香炉の準備には熟練の技や勘が必要
■ 香道では煙は立てない
■ 炷いた香により、目に見えない存在とつながる
組香という遊びを楽しみ、同時に己を見つめ直す
問題では3つ出て来ます、梅・烟、もうひとつはどちらでもないものですので、記紙(解答用紙)には香と書いてください。この3つの香りを当ててください。ではまず梅が出てきます。作法は先ほどと同じです。聞き終わったら次の方に「梅」と伝えてください。
石井 お先に。なるほど、これが梅。
蜂谷 次に烟が出ます。頑張って覚えましょう。
蜂谷 ではここからが問題開始です。これから順に3つお回しする香木が、先ほど覚えた「梅」か「烟」なのか、また試しがない「香」なのか、聞き終わった後に記紙を開いて答えを書いてください。
石井 これは聞いてからすぐに書かないといけないんですよね?
蜂谷 基本的にはひとつ聞いたらひとつ書くのが一番いいのですが、どうしても悩んだら後でまとめて書いてください。でも直感力ってあるものです。その感覚は忘れがちですが、だいたい最初に浮かんだものを書くと合っていることが多いです。悩み始めると外します(笑)。
3つの香が順番に回されて、それぞれ記紙に答えを書いていきます。すぐに書く人もいれば、かなり悩んでいる人もいて……。
蜂谷 では答え3つを書き終わったら記紙を閉じて、記紙台が回って来ますので、その上に並べて置き、次の方にお回しください。この間に片付けにも入っていきます。箱を重ねて次の方へ。作法に無駄な動きはありません。
蜂谷 当てようと思い過ぎたり、火加減がどうだったかな、とかヨコシマな考えを持つとよく外しますね。当てようと思わない。自分が自然の一部になれば、いずれ当たりますよ。
田中 ヨコシマな心があると当たらないんだ(笑)。
蜂谷 では皆様の答えをこちらの記録用紙に書き写していきます。その後正解を出します。もうファイナルアンサーでいいですか?
石井 はい直感力でいきます。
田中 香りを記憶に留めるのは難しいですね。
石井 そうですね。すごくいい香りとか、優しいとか、温かみがあるとか、何かに関連付けようとするんですけど……難しい。
蜂谷 例えば職業によって皆さん違いますが、歌手の方は音階が浮かぶと仰っていました。デザイナーの方は色とかデザイン、建築家の方は形、空間とか、結びつけるものはさまざまです。皆さんの回答が揃いましたので正解を発表します。
ではひとつ目、梅。
蜂谷 ふたつ目、香。
田中 あ〜ふたつ目が香か。
蜂谷 最後が烟。
石井 あ〜。ひとつも当たってない……いや~、これ迷ったんだよな〜。
田中 やっぱりヨコシマな心が(笑)。私はひとつだけ当たった。
石井 これ自信あったのに……。ゼロか〜。
蜂谷 梅と烟は1点。香は試しがないから難しくなるので2点で計算されます。今日は満点の方がふたりいらっしゃいました。
石井 おお、素晴らしい! ちなみに香りを聞く順番として、最初の方が難しいとかはありますか?
蜂谷 石井さんのいる最初の席が一番難しいです。
石井 あ、やはり!
田中 ワハハハ。
蜂谷 正客の席は、まだ香木を載せたばかりで香りが安定していません。そこに座るのは、例えば位の高い方や僧侶の方、または家元が座る場所で、それでも香りを当てていきます。初めて参加されるのであれば3〜4番目の席が良いかと。
田中 今日は2つ覚えて3つ当てるものでしたが、長いものでは5つ覚えて10当てるやり方もあるとか。
蜂谷 はい、今日は簡単な方ですね。例えば新年行う「萬歳香」は3つ覚えて10当てる。「七夕香」は、試し香が7つあったりします。ですが、香道は、満点を取るためにお稽古してるわけではありませんから。あくまでも、香りを通して自身の未熟な精神を高め、魂を磨いていく世界です。当たった外れたと一喜一憂せず、心を整えながら自分と向き合う時間なのです。私自身もまだまだ道半ば、これから少しでもまともな人間になれるよう、香りの力を借りながら努力していきます。
石井 当たらなかったことは少し悔しいですが、それを聞いて安心しました。とても心に残る経験をさせていただきました。本日はありがとうございました。
【ポイント】
■ 組香はいくつかの香りを聞いて、和歌や物語などのテーマに沿ってその違いを聞き当てる遊び
■ 答えを書く時は、あまり頭で考え過ぎず、直感力を使っって書いた方が当たりやすい
■ 組香の席順は、正客、次客の位置は香りが安定せず難しい。初心者は、3客目以降に座る
■ 香道は香りを当てることが目的ではなく、心を整え、自分と向き合う時間
● 蜂谷宗苾(はちや・そうひつ)
志野流香道第21世家元継承者。1975年、室町時代より500年に渡り香道を継承する志野流第20世家元蜂谷宗玄の長男として誕生。2002年より1年間大徳寺松源院泉田玉堂老大師の下に身を置き、2004年に軒号「一枝軒」宗名「宗苾」を拝受。以来、若宗匠として全国教場などでの指導に当たるほか、海外での香道普及も努める。文化庁海外文化交流使/一般社団法人志野流香道松隠会副会長/一般社団法人日本文化継承者協会代表理事/一般財団法人ロートこどもみらい財団理事/一般社団法人日本ソムリエ協会名誉ソムリエ/フランス調香師協会名誉会員
■ 志野流香道松隠会
HP/shinoryushoinkai.net
● 田中康嗣(たなか・こうじ)
「和塾」代表理事。大手広告代理店のコピーライターとして、数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め、2004年にNPO法人「和塾」を設立。日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行う。
■ 和塾
豊穣で洗練された日本文化の中から、選りすぐりの最高峰の和文化体験を提供するのが和塾です。人間国宝など最高峰の講師陣を迎えた多様なお稽古を開催、また京都での国宝見学や四国での歌舞伎観劇などの塾生ツアー等、様々な催事を会員限定で実施しています。和塾でのブランド体験は、いかなるジャンルであれ、その位置づけは、常に「正統・本流・本格・本物」であり、そのレベルは、「高級で特別で一流」の存在。常に貴重で他に類のない得難い体験を提供します。
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