2024.07.23
樋口毅宏『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』【第3話 その1】
僕にとって殺しとは……うーん、「世界平和」とかどう?
孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第3話 その1】を特別公開します。
- CREDIT :
文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/稲田一生 編集/森本 泉(Web LEON)
■ 三人目の殺し屋:Matsuoka Shun(32)
(これまでのストーリーはこちらから)
■ 三人目の殺し屋:Matsuoka Shun(32)
本職ほどではないにせよ、やり甲斐はあるし、金払いもいいけど。ま、テキトーにやってきたかな。
いまどきはこの仕事も流行らないから。わかるでしょ? 最近は「社会的抹殺」がブーム。ていうか定着してる。例えばさ、社会的地位のある人が痴漢で逮捕されて大騒ぎになることがあるじゃん。あれなんてみんな冤罪だよ。
被害者を名乗る女性、声の大きな目撃者、突き出す力自慢の三人がいればOK。依頼者は元不倫相手とか、ライバルを蹴落としたい男とか、私怨がほとんどだね。相場はまちまち。罠に嵌めたい相手の年収の三割が妥
当だって聞いている。
殺すのって後味悪いじゃん? でもあれなら頼んだほうも罪悪感を抱かずに済む。
だからそうだな、僕にとって殺しとは……うーん、「世界平和」とかどう? 悪い奴を殺す。イライラする人が減る。僕も儲かる。ウィンウィンウィンじゃん!
ストレートをこちら側に転がすには時間がかかる
だけどムカついたのは帰りのトイレで落選した奴らの陰口が耳に入ってきたときだ。
「やっぱさ、感性が違う奴には敵わないよな」
「だな。俺たちノンケには限界があるわ」
僕が大から出てきたときの奴らの顔。手を洗った後に言ってやった。
「自分に才能がないからって、もうちょっと上手な言い訳を考えるんだな」
トイレを出るとREIくんが待っていた。
「何かありました?」
声が聞こえたのか。REIくんは戸惑った顔を隠せなかった。
「なーんにも」
僕はREIくんの腕を掴んで、祝杯をあげに街へ繰り出した。REIくんと一緒なら疲れない。この一カ月の頑張りが報われた悦び。僕たちは夢を語り合った。
「原宿に僕たちのブランドショップを出そうよ。名前はどうしようか。ふたりの名前を足してShunReiは?」
「いいですね。でも僕は修行が足りないけど」
「何言ってんだよ。ウチの学校でREIくんのセンスは飛び抜けていたよ。だから声をかけたんだからさ」
「Shunさんには感謝しています」
REIくんは頭を下げる。顔を上げて真っ直ぐに僕の目を見つめる。やだ、カワイすぎる。思わずキスしたくなる。でもREIくんとは清い関係だ。ストレートをこちら側に転がすには時間がかかる。朝までふたりで過ごしたかったがタクシーで見送った。
あの頃は自暴自棄だった。どうにでもなれと思っていた
六本木ヒルズのTOHOシネマズに向かった。
思えば始まりも似たような感じだった。片田舎にしては有名なハッテン場で屯(たむろ)していたら、隣の爺さんが話しかけてきた。僕は老け専じゃないけどと思っていたら、簡単な犯罪の勧誘だった。そこで度胸を試されて徐々にステップアップし、理科系出身を買われて殺しの世界に辿り着いた。あの頃は自暴自棄だった。親兄弟に縁を切られてどうにでもなれと思っていた。
「이 영화는 중국에서 볼 수 없니(この映画は中国では観られないんだ)」
ドランが小声で囁いた。僕も韓国語で返した。
「なんで?」
「監督が政府に批判的なんだ。だから中国全土にある二万四千のシアターに掛かることはない」
ふーん、そういうものかと思った。
「最後まで観ていかないのか?」
退屈なフランス映画のほうが好きだと言って、紙袋を手にそこを去った。
劇場を出て環状三号線のほうに歩いていたら、あの男を見かけた。ネイビーのジャケットに黒いスラックス。これで三回目だろうか。
この業界は狭い。個別にエージェントと契約を交わしても基本は一匹狼なので同業者と顔を合わせることはない。それでも評判は耳に入ってくるし、日頃はオフな格好を装っていても、ひと目見ればわかる。
背が高い男で、(こちらの誤解でなければ)寂しそうな感じがした。はぐれ者同士、楽しまないかと声を掛けたかったが、またの機会にした。いつかあの男とアクセスする日がくる。僕のこうした予感は外れたことがない。
● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司ヶ谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ヶ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補。12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補。13年『タモリ論』がベストセラー。他の著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『無法の世界』、エッセー『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。