2024.03.25
鬼才・樋口毅宏と『LEON』がまさかのコラボ。本誌で連載小説がスタート!
あえて良識や常識にたてつく挑発的な小説を発表し続けてきたハードボイルド作家・樋口毅宏さんが雑誌『LEON』で創刊以来初となる連載小説をスタート! 果たして無事に最後までたどり着けるか!?
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取材/樋口毅宏 文/井上真規子 写真/トヨダリョウ スタイリング/石井 洋 ヘアメイク/古川 純 編集/森本 泉(LEON.JP)
タイトルは『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』。それぞれにクセの強い4人の殺し屋によるエロス&バイオレンス満載の危険な物語になるそうです。
記念すべき初回掲載(LEON5月号・3/25発売!)を前にして、今作の誕生秘話や作家としての想いを樋口さんご本人に伺いました。今作は殺し屋が主人公、ということで、樋口さんも小説をイメージしたクールな装いに。「どこに需要があるんですか(汗)?」と本人照れながらの撮影でしたが、けっこうキマってますよね!
「殺し屋を題材にして書いて欲しかった」
石井 もともと『LEON』という雑誌が長く続いてきた中で、これまでやったことのないことにトライしたいという思いがずっとありました。樋口さんには以前からWeb LEONの方でインタビュー連載をお願いしていますが、僕はもともと樋口さんの小説が好きで、そういう大人のエンタテイメントみたいなものを雑誌『LEON』でも提供できないかなと思っていて。
ちょうど創刊21週年の年に、樋口さんに連載のお願いをしました。実はその時から、連載小説にとどまらず、映像化もできたらいいなと考えていて、そこで撮れた写真をファッションに活かせたら、なんて大きな構想も膨らませていました。
樋口毅宏さん(以下、樋口) 僕が今まで連載してきた雑誌って、文芸誌よりも『BRUTUS』『SPA!』、『週刊ポスト』みたいな一般誌の方が多かったんです。だから違和感はないし、『LEON』はブランドとしても確立されている雑誌ですからね。そんな雑誌の新しい試みに参加できることはとてもうれしかったです。
「どれだけひどい攻撃を主人公に仕掛けるか(笑)」
石井 樋口さんの世界観である“ハードボイルド”は僕もすごく好きで、今回はぜひ殺し屋を題材にしてほしいと、希望としてはじめに樋口さんにお伝えしました。当初から映像化も目論んでいたこともあって、スーパーフィルムス代表の原さん、LEONのアートディレクターの久住さんとともに、ざっくりしたプロットも勝手に考えちゃいまして(笑)。実際の作品はプロット通りではないですが、ヒントにはしていただいたかも。
樋口 そうですね。最初に打ち合わせを何回かして、相談しながら書き進めていきました。ただ、殺し屋を主役にした小説や映画ってたくさんあって、フォーマットも出来上がっているので、どうしたら今までの作品と違うパターンの物語ができるか? というのはずっと考えながら書いていました。昨年末にデヴィッド・フィンチャー監督の『ザ・キラー』という暗殺者が主人公の映画を見たんですが、かぶってたら嫌だな〜って思って劇場でドキドキしました(笑)。
樋口 まず女性は絶対1人入れようと思って。あとは主人公を“大きい星”(恒星)と考えて、他のキャラクターは衛星のように周りに置いていきました。これは、子供の頃から気づいていた法則なんですが、主人公は正統派で、周りにトリッキーなキャラクターを置いていくと自然と話が回っていくんです。
『巨人の星』の星 飛雄馬と星 一徹、花形 満、『北斗の拳』のケンシロウとラオウの関係性もそうだし、『ドラゴンボール』『キン肉マン』もみんなそう。主人公って実は個性がなくて、周りの強いキャラの受け止め役なんです。人気投票をやると、意外と主役よりも最強の敵とかキャラの強い奴が1位、2位になったりするんですよね。
あとは、どれだけひどい攻撃を主人公に仕掛けるか(笑)。作家の藤本義一さんがまだご存命だった頃に「主人公を困らせると物語は面白くなる」とおっしゃっていて、すごくヒントになりました。本当にその通りで、もう無理だろうってくらい主人公のぶち当たる壁が高く、分厚くなるほど面白い展開になっていくんです。
「冷蔵庫にあるような“アリモノ”を使って書く」
樋口 そうですね。長編でも、全部書き終わってからお渡ししています。僕は、はじめにスタート地点とゴール地点を決めて、そこからとにかくゴールに向かって書いていくスタイル。ゴールさえ決まっていれば、途中で山に登っても、谷から転げ落ちてもOKなんです。
── 今作を書くにあたって、取材などはされましたか?
樋口 僕はどちらかというと、自分の中に蓄えてあるものを取り出しながら書いていくタイプなんです。以前は実際に取材していたこともありますけど案外身にならなくて(笑)。村上春樹さんの『回転木馬のデッド・ヒート』の序文に、「小説というのは鍋にいろんなネタを入れて、グツグツ煮こんで原型をとどめなくなってから、こねなおして作るものだ」とあって、それもヒントになっています。新しいものを買ってくるんじゃなくて、普段から家の冷蔵庫にあるような“アリモノ”を使って書けばいいんだって。追加で“ルー”を買ってくる時もありますけど。
小学校の時、父親と東池袋の都電の停留所の側にあった「つけ麺大王」という店に入って、円の字のカウンターで向かいに1人で座ってつけ麺を食べていた女性の顔をいまだに思い浮かべることができます。45年前くらいのことなのに。そういうつまらないものがたくさん入っている脳みそなんです(笑)。
── すごい記憶力ですね! ところで樋口さんの奥様は弁護士で、ニュース番組のコメンテーターなどもされていますが、日々の会話の中で刺激を受けて作家として広がる部分があったりしますか?
樋口 妻の影響も大きいですね。弁護士は守秘義務があるので全部を言えるわけではないですが、業界内の裏側を聞いて本当にストレスフルな社会だなと思います。妻は弱者に寄り添うような、お金にもならない仕事をいっぱいやってきているので、その辺は偉いなと思いますね。実際、仕事の量も中身も濃すぎて、精神が病んじゃう弁護士さんもいるらしいですからね。
「死の恐怖が自分にセックスと暴力の小説を書かせている」
樋口 まったくなかったですね。僕は学生時代、純文学とつかこうへいさんの作品しか読んでなくて、本当に偏っていたんです。家に閉じこもって半径5mで完結するような純文学の世界観と、差別を逆手にとって笑いにするつかさんの世界観ってすごく両極端なように見えて、自分の中ではカテゴライズするわけでもなく、隔たりもなかったんです。それどころか小説も、マンガも、ロックも、プロレスも自分の脳の中で渾然一体になってました。
ハードボイルドは、原尞さんを入り口にレイモンド・チャンドラーを読んだくらいで、それほど興味があったわけではないです。ただ、デビュー作を書く半年前くらいに馳星周さんの『不夜城』を読んで、面白いなあともやもやしたものが頭の中に残って。それで『さらば雑司ヶ谷』を書きました。でも読み返すことはなかったです。2回読むとパクリになっちゃうので。
死の恐怖が自分にセックスと暴力の小説を書かせているんだと思います。僕は自分が長生きできないと思っているので。僕の小説は臆病者の産物なんですよね。一時は小説にも愛想を尽かしたんですけど、結局いまだにしがみ付いていて、それは他にやることがないからだろうかと思ったりもしますが、自分でもよくわかりません。
「自分が一番影響を受けた作家は間違いなく白石一文」
樋口 デビューさせてくれたからというわけではないですが、自分が一番影響を受けた作家は間違いなく白石一文ですね。2003年、僕が32歳の時に、やはり一番影響を受けていた音楽誌『ロッキング・オン』の編集者・山崎洋一郎さんが、エッセイの中で「白石一文というすごい作家が現れた、どうやら文藝春秋の現役編集者らしい」と書いていたので、読んだら本当にすごい衝撃を受けたんです。
白石さんの作品は、雑誌や小説、エッセイの引用も作中にバンバン入っていて、雑誌編集者の作り方なんですよね。何より主人公の内面、描き方が多面的。そして最後まで成長をしない。自分が今まで読んできた小説はなんて薄っぺらだったのか。こんな方法論があるのかと色々とショックでした。
樋口 僕のことは、いまだに「さん」付けで読んでくれます(笑)。あと、僕の作品を読むたびに感想をくれます。いい時はすごく褒めてくれるし、ダメな時は「全然つまんないね」ってはっきり言われます。
僕が妻と結婚して京都で子供が生まれて、東京に戻ってきて、白石さんに自宅に遊びに来てもらった時は、「樋口さんも幸せになっちゃったから、終わりだね。こんな人じゃなかったのにね」って言われました。でもそれで、この人を見返してやる!と思って発奮して書いたうちの一つが今作です。
「小説家が必要とされない時代になぜ小説を書くのか」
樋口 1960年代は初版で10万部以上の作家はごまんといましたが、今は有名作家でも初版8000部の時代。すべてマンガにとって代わられました。いま、鳥山明さんに匹敵する小説家はいないし、この国に小説を救済できる作家もいないですよね。
いまの作家で100年経っても残る作品はひとつもないけれど、夏目漱石の『こころ』と太宰治の『人間失格』は100年後も読まれていると思います。村上春樹さんはもちろんすごいけれど、ノーベル文学賞を取れなかったら反動で読まれなくなるのでは、とも思います。
だって「鬼畜米英」と叫んでいたのに、敗戦したら「軍にだまされていた自分たちを自由にしてくれた」と手の平を返したんですよ。山田風太郎は日記で「日本人の特性は“軽薄”」と書きましたが、いまも昔も日本人って、そういう民族ですから。
文芸の世界はシュリンクし続けていて、作家はみんな祈りながら書いています。今作の中で主人公に言わせた「これだけ監視カメラが多く、表向きには平和な時代になぜ殺し屋をやっているのか」という問いは、「SNS、アニメ、ゲーム全盛の時代になぜ小説を書くのか」という問いにとてもよく似ていると思います。
小説というフォーマットは歳を取りすぎた。新しい才能が出てくることはない。「すべての小説家は化石である」。それがわかっていながら、すべての小説家はきょうも机に向かいます。僕もおそらく。
● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が好評発売中。カバーイラストは江口寿史さん。
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樋口さんの新しい小説「クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-」はLEON5月号(3/25発売)に掲載中!
ぜひ、ご一読お願いします。ご購入はこちらから。