2024.08.02

樋口毅宏『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』【第3話 その4】

何事もテキトーに、テキトーに

孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第3話 その4】を特別公開します。

CREDIT :

文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/稲田一生 編集/森本 泉(Web LEON)

■ 三人目の殺し屋:Matsuoka Shun(32)

孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の主人公はクセの強い4人の殺し屋たち。第1話のキラーエリート・ヒロシ、第2話の空蝉(こっさん)こと山田正義に次ぐ三人目の殺し屋、Shunが登場。 
(これまでのストーリーはこちらから)
クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON
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CAが怪訝な顔をする。「降ります!」

機内で天を仰いだ。残された手段はひとつしかない。やってみるか。
僕はCAを呼んだ。
「お客様、どうかされましたか。顔が青白いですよ」
なかなかの美人だった。顔を覗き込んでくれてありがたかった。他の客に聞こえないよう、彼女の目をじっと見入りながら、こう命じた。
「これを持って、ファーストクラスのギャレーまで持っていけ。そして、ジャン=ルイ・ハネケのカナッペに盛り込みなさい」
CAはバグったアンドロイドのように一時停止したが、僕からバスケットを受け取ると、何もなかったように通路の向こうへと歩いて行った。
僕の「アイズ・コントロール」は効きやすい人と効きにくい人がいる。先日仕掛けた元芸能人は前者だった。相手が浅い眠りにいる状態で術をかけるほうが効果は確実だが、あれだけ目を見て説き伏せたのだ。さっきのCAは僕とのやりとりを忘れても、コマンドに従うはず。

あのCAが誤って他の乗客に毒物を盛り込んだり、他のCAが見咎めて止めたりするケースもあるだろう。でもやれることはやった。離陸五分前、旅客機のエントリードアを目指した。CAが怪訝な顔をする。
「降ります!」
どうせパスポートは偽造で、僕の身元が割れることはない。あとはどうにでもなれ。
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クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

血の繋がった親でさえ僕のことを遠ざけて、今に至る

帰宅してからのほうが忙しかった。紀伊國屋で食材を買い揃え、寝ないで料理の仕込みを始めた。ぶり大根、林檎のキャラメル煮。弱火でじっくりとビーフシチューを煮込む。鍋の底が焦げ付かないようにガスコンロの前に張り付く。最高のフルコースの準備を進める。男の心を掴みたいならまず胃袋から。基本中の基本だ。絶対REIくんを僕のものにする。

夜七時ちょうど、わが家のチャイムが鳴った。クチポールのカトラリー。アラビアとイッタラのプレート。テーブルクロスはマリメッコ。すべてはこの夜に、キメるはずだった。

REIくんの隣には、女が座っていた。平凡が服を着たような、つまらない女だった。
「来週、あちらのご両親にお会いするんです。Shunさんに僕の服のコーディネートをお願いできないかと思って」

シャンパンは虚しく泡を立てていた。よっぽど一服盛ってやろうかと考えたが、顔を合わす度幸せそうに頬笑むふたりを見ていたら、僕の奸計は泡のように消えていった。

先に言ったように、僕の「アイズ・コントロール」には効きやすい人と効きにくい人がいる。後者にはいくらやっても恋の魔法はかからない。

物心がついたときにはこの能力を持っていた。「薄気味悪い子」と、血の繋がった親でさえ僕のことを遠ざけて、今に至る。
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BGM代わりに付けていたテレビが、旅客機墜落の一報を告げていた。JAL JL45便だった。ニュースキャスターは興奮を抑えきれない口ぶりで伝えている。現時点でわかることは、乗客乗員全員の生存が絶望的。飛行進路が逸れてから間もなくの事故のため、パイロットの操縦ミスによるものではないかという。

やってしまった。あのCAはジャン=ルイ・ハネケのカナッペだけでなく、パイロットにも盛り込んでしまったようだ。それとも食い意地の張ったパイロットが自分の分だけでなく余ったカナッペにまで手を出したか。今となってはわからない。機体ごと炎上したら遺体から毒物を検出することは難しい。依頼者のリクエスト通りとはいかなかったが、目的は達したということでご容赦願えないかな。何事もテキトーに、テキトーに。

「こわーい」
REIくんのフィアンセが彼の腕にしがみつく。
「こんなニュースばかりですね。どんどん悪い世の中になっているような気がします」
ジェラシーに苛まれながら、僕は精一杯の作りスマイルを浮かべる。
「OK、OK。これからも世界は平和だよ」
 
三人目の殺し屋、MATSUOKA Shun。コードネーム:OKポイズン
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クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司ヶ谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ヶ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補。12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補。13年『タモリ論』がベストセラー。他の著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『無法の世界』、エッセー『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。

○「クワトロ・フォルマッジ」のこれまでのストーリーはこちら
〇樋口毅宏さんの今作品解説&インタビュー記事はこちら
〇連載対談「樋口毅宏の手玉にとられたい!」はこちら
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