2024.10.27

樋口毅宏『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』【第6話 その1】

すごいボディね

孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第6話 その1】を特別公開します。

CREDIT :

文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/久 修一郎 ヘアメイク/勝間亮平 編集/森本 泉(Web LEON)

樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。主人公はクセの強い四人の殺し屋たち。世界の暗殺史にその名を刻むコードネーム「キラーエリート」(錐縞ヒロシ)。良き父、良き夫の仮面を被った冷徹な殺し屋「こっさん」(山田正義)。ゲイのデザイナーで毒薬使いの「OKポイズン」(Matsuoka Shun)。そして凄腕の女殺し屋「最高の夜」(北村みゆき)。

四人に舞い込んだ仕事はなんと現職総理大臣・源氏欣一朗の暗殺だった。しかもその計画はすでに政府の知るところとなり四人を始末するために"最後の伝説"と呼ばれる殺し屋イタミが雇われたという。
(これまでのストーリーはこちらから)
クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

個室の扉には、本日休診のプレートが掛かった

【2】 錐縞ヒロシ
俺は都内の大学病院を訪れた。年に数回の「定期検診」は、大事な仕事の前に邪念を払うためにも、欠かさず通っている。もはや儀式のようなものだ。

「錐縞ヒロシ様、こちらへどうぞ」
ピンクのワンピースを着衣したナースが伝える。若いメガネっ娘だった。すでにレントゲンとMRI、内視鏡検査を済ませていた。あとは医師との対面診療を残すのみ。

「お体の調子はいかがですか」
女医の里美が回転椅子を回す。組んだ長い脚が伸びている。
俺は即答しない。医者を相手にしても泣き言を吐かないと決めている。

「失礼しますね」
里美が俺の検診衣を捲ると、傷だらけの体が晒される。
左肩の裂傷は南スーダンの暴動に巻き込まれたときのもの。背中の大きな火傷はロシアの爆破テロ。俺に斃された標的がもはやここまでと上半身に括り付けた手榴弾を一斉に炸裂させた。俺は一秒前に身を翻したが、7メートル先に吹き飛ばされた。頭蓋骨骨折から生還したのは奇跡でしかない。

5年前、この病院に運ばれた。海上自衛隊の最高位に就く海上幕僚長の倉次が水面下で大韓民国反政府軍と手を結び、二国同時の軍事クーデターを目論んでいた。俺の依頼者は当時の韓国大統領だった。倉次が赤坂にある韓国式アカスリを堪能した際、襲撃した。奴から返す刀で喰らったニューナンブM60で土手っ腹に孔が空いた。小腸が飛び出し、あまりの痛みに気を失った。

執刀を担当したのは里美だった。術後の経過を彼女は献身的に診てくれた。
「どういうこと? こんな大ケガを負った人がいるのに、どこもニュースは伝えない。警察さえ話を聞きに来ない」

もちろん俺は完黙を貫いた。
「すごいボディね。私、手術をしながら、濡れたの初めて」
里美は絶対安静の俺の上に跨がって、媚態腰を振った。
そしてこの日も、里美は手懐けたメガネっ娘ナースにカーテンを引くよう命じた。個室の扉には、本日休診のプレートが掛かった。
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クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

嘘か実か、『ゴルゴ13』もイタミをモデルにした回がある

ふらふらの態で次の目的地、雑司が谷にあるタイズ・ホスピスに足を運んだ。地元で有名な新興宗教の教祖が建てた、エリート老人の終の棲家だ。会って話を聞きたい人がいた。

体は疲労の極致にあったが、心地よい気怠さに全身が包まれていた。
わかっている。こんな乱痴気騒ぎに現を抜かしているのは、得も言われぬ恐怖から目を逸らしたいからだ。

──“最後の伝説”イタミがやってくる。
どう迎え撃つべきか。あの病院の定期検診を終えた後は、賢者モードで物事を考えることができた。
マルコ・イタミ。年齢、国籍、身長・体重、一切不明。一説には日本人とイタリア人の混血と言われているが定かではない。目撃情報なし。見たら最後、(ごく僅かな例を除けば)死ぬときだ。

80年代以降、世界の名だたる狙撃事件、暗殺はすべて、イタミによるものだ。
9.11の首謀者ウサーマ・ビン・ラーディンの潜伏先パキスタンの辺境アボッターバードを突き止め、暗殺に成功したのはイタミだ。歴史に残るテロから十年、ウサーマの消息は杳として知れず、FBIはお手上げ状態だった。イメージ的には平和主義者のオバマ大統領だが、自身の二期目続投のため、イタミに依頼した。わずか2週間後、蜂の巣にされたウサーマの亡骸がオバマの前に運ばれた。俺たちの業界では定説になっている。

ロシア、パキスタン、レバノン、イラク、アンゴラ、チェチェン、パレスチナ。政情不安定な国で彼が足を踏み入れていない国はない。

ちなみにイタミが師事したとされるポーランド系アメリカ人は“最初の伝説”と呼ばれ、ケネディ暗殺の真犯人と言われている。
嘘か実か、『ゴルゴ13』もイタミをモデルにした回がある。彼が知ったら、作者の死期は20年早まっただろう。

実はある世界的ミュージシャンが老いる自分に嫌気が差して、イタミに依頼して自殺に見せかけている。──これ以上はやめておこう。俺まで消されてしまう。
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クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON
検問所のような窓口を抜けて、優美で清潔な廊下を抜けると、日当たりのいい集会所のスペースに着いた。女性介護士が車椅子の老人を押して連れてきた。

ヴィットリオは俺の顔を見るなり、向日葵のような目映い笑顔を見せた。
「ヒロシ、久し振りだな!」
東京が長いだけあって日本語はペラペラだ。
「この子はね、いや、もう子どもじゃないな。ボクの親友の息子さ。カエルの子はカエルで、父親のあとを継いでいる」
ヴィットリオは美人の介護士に説明する。

「いまは日本にいるのか。最近はどうだ」
「稼いでるよ」
俺がそう答えると、ヴィットリオは自分のことのように喜んだ。
親父とヴィットリオはウマが合った。ヴィットリオはNYと日本を行き来することが多く、ふたりでチームを組んで仕事をすることもあった。その後は決まって行きつけのタヴェルナで祝杯をあげた。
2024年10月号より
クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司ヶ谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ヶ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補。12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補。13年『タモリ論』がベストセラー。他の著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『無法の世界』、エッセー『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。

● 「クワトロ・フォルマッジ」のこれまでのストーリーはこちら
● 樋口毅宏さんの今作品解説&インタビュー記事はこちら
● 連載対談「樋口毅宏の手玉にとられたい!」はこちら
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