2024.12.11
樋口毅宏『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』【第7話 その2】
みゆきはどの女とも異なった
孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第7話 その2】を特別公開します。
- CREDIT :
文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/久 修一郎 ヘアメイク/勝間亮平 編集/森本 泉(Web LEON)
時の首相暗殺を請け負った四人の殺し屋を始末するため政府が雇った最強の殺し屋イタミが始動。ヒロシの住む六本木ヒルズレジデンスはミサイル攻撃で一瞬にして廃墟に。狙われたヒロシは命からがら麻布警察署へと投降した。
(これまでのストーリーはこちらから)
俺の知り合いはブタ小屋で寝てたらブタを妊娠させたそうだ
別荘で一夜を明かした。警察署内は慌ただしいままだった。留置場内ではスマホ没収のため、新しい情報を得られない。
ヒマですることがない。横になって寝ているしかなかった。後で四方田刑事に頼んで『LEON』の差し入れでもお願いしよう。
「おまえら、俺の部屋だと思って、もっと楽にしろ」
「いえ、大丈夫です」
ポン引きとヤク中と男娼は立ったまま朝を迎えていた。
朝食が運ばれてきた。粗末な惣菜パンと〝野菜生活〟だった。育ち盛りでないとはいえ、これだけでは足りない。
「アニキ、よかったらどうぞ」
ポン引きがハムサンドを差し出す。
「自分も。お願いします」
ヤク中がコロッケパンを、男娼がアンドーナツを差し出した。
「おまえら、要らないのか」
「自分たちは、腹いっぱいなんで」
「そうか。じゃあしょうがないな」
俺は彼らの分まで食べた。三人は「腹が減ってない」と言うわりには、恨めしそうな顔で俺の食事を見ていた。せっかくもらったので欠片も残さなかった。
ヤク中がおずおずと訊ねる。
「そうだな。街に平和が戻る頃かな。なんだ、俺が邪魔か」
「いえ。俺ら、アニキにはいつまでも快適に過ごして頂きたいんです」
男娼が涙目で、首がもげそうなほど横に振る。いい奴らだな。本当に暴力はもうやめよう。
「日本の留置場なんて初めてだ。俺の知り合いはブタ小屋で寝てたらブタを妊娠させたそうだ。おい、笑うとこだぞ」
ジョークで空気を和ませようとする俺の優しさったら!
腹がくちくなったので、二度寝に入った。懐かしい、あの女の夢を見た。座布団から二度転がった。俺の人生でもっとも幸せだった日々──。
みゆきは舌舐めずりして俺をコントロールする
「いいんだよ、ガマンしないで」
みゆきとは仕事で知り合った。
チェチェンの武装勢力を一掃するよう、ロシア側から要請があった。
みゆきが色仕掛けで連中を誘い、俺が銃と地雷で一気に片付けた。俺たちは息が合った。
俺はみゆきの上に乗って腰を振る。彼女は大きく脚を開いて、俺を迎え入れてくれる。ここまではどこのカップルにもあるノーマルなプレイだ。しかしみゆきはどの女とも異なった。
みゆきは俺の首をむんずと掴むと、下の体勢から自分で腰を動かし始めた。何のことやらわからず、俺はうわーっと声を上げた。攻めているつもりが攻められている。上に乗っているのに有利な体勢ではない。まるでグレイシー柔術ではないか。みゆきは舌舐めずりして俺をコントロールする。彼女にとって俺はボディ付きのバイブだ。ダッチハズバンド。
正直、俺のほうは楽と言えば楽だった。彼女が下から勝手に動いて、自分の気持ちのいいところに当ててくれるのだから。視線をやればみゆきはブラジリアンワックスだ。俺はダメダメダメと懇願したが、みゆきは容赦なかった。為す術も無く、情けない声をあげた。
「まさかもう終わりじゃないよね?」
捲土重来とばかりに、死に物狂いで頑張ったのは言うまでもない。
● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司ヶ谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ヶ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補。12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補。13年『タモリ論』がベストセラー。他の著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『無法の世界』、エッセー『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。