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2025.02.18

日本茶の新しい味わい方【第1回】

日本茶は温度を下げることで旨味と甘味を引き出していく

日本人の食生活に欠かせないベーシックな飲み物である日本茶。近年は健康志向の高まりとともに世界的にも注目を集めています。けれどもまだ日本茶の魅力は十分に理解されていないと日本茶鑑定士の木屋康彦さん。日本茶の新しい味わい方、楽しみ方のヒントについてお話を伺いました。

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文/森本 泉(Web LEON) 写真/延 秀隆

日本茶 八女茶 木屋康彦 WebLEON 大人のシン常識
▲ 日本茶鑑定士の木屋康彦さん
皆さん日本茶はお好きですか? 完璧な昭和世代である筆者の子供時代は、食事が済むと母親が急須で日本茶を淹れて、家族団らんの時を過ごすのが当たり前でした。急須や茶筒、茶こぼしや家族分の湯飲みなどを入れた茶櫃が必ず食卓の近くにあったものです。

けれども今、食後にわざわざお茶を淹れて飲む家庭はどれほどあるのでしょう。日本茶といえばペットボトルのイメージが定着し、確かにそのおかげで日本茶は手軽に飲めるし、海外にも日本茶の美味しさが広く伝わったことは素晴らしいと思います。でも……。お茶にはもっと様々な楽しみ方がある。家庭で普通に淹れる緑茶でもその楽しみ方は無限に広がる。そんな日本茶が持つ可能性に着目して、新たな味わい方、楽しみ方を教えているのが、今回お話を伺った木屋康彦さんです。
木屋さんは、宇治と並ぶ玉露の名産地として有名な福岡県八女市の星野村で茶商を営み、お茶の販売をしつつ、日本に44人しかしない日本茶鑑定士として、日本茶の魅力を広く世に伝える仕事をしています。
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▲ 「茶房 星水庵 喫茶房」
某月某日、八女市にある木屋さんのお茶店「茶房 星水庵」を訪ねました。この店にはお茶の売り場とは別に「茶房 星水庵 喫茶房」という喫茶コーナーが設けられています。今回はこちらで木屋さんにお茶を淹れていただきながら日本茶についてあれこれお話を伺おうという趣向です。
実はこの前日、同じ県内の糸島にあるフレンチレストラン「TERROIR」で料理に合わせたオール日本茶ペアリングを体験させていただきました。ワインがメインで一部日本茶を取り入れたペアリングの経験はあるものの、日本茶のみでの構成は初めてでした。左党の身としては、多少の物足りなさを覚悟していたのですが、いざ、いただいてみてびっくり。コースの2時間半の間に供された7種の八女茶は、いずれも甘味と旨味のバランスが良く、そのまろやかな味わいと、料理との絶妙な飲み合わせにより、ワインにも負けない満足感がありました。
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美味しいものは食べたいけれど今日はアルコールの気分じゃないという人、元々アルコールを飲まない人にとっては、大きな楽しみを与えてくれる可能性を感じました。

前日の主役は料理でしたが、この日は日本茶を主役にしたコースをいただくことに。木屋さんからお茶にまつわる話を伺いながら、一煎ずつ丁寧に淹れたお茶を、ゆったり味わっていきます。お茶をよりおいしく味わうためのアテとして、旬の果実や上生菓子などが振る舞われます。

その日本茶コースについては写真でご紹介し、本文では木屋さんに伺った日本茶のお話をご紹介していきます。

■ TERROIR(テロワール)

住所/福岡県糸島市志摩岐志63-1
TEL/092-328-0014
SNS/Instagram

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茶葉の質、ブレンドの技術、淹れる技術の3つで味が決まる

── 八女は福岡県内1位の茶園面積と生産量を誇るということで、この店の周囲にも茶畑が広がっていますが、お茶の葉というのはいつ頃収穫されるものなんですか?

木屋康彦さん(以下、木屋) 八女では高級緑茶である八女伝統本玉露、そして煎茶・冠茶の生産がメインですが、基本的に私たちが収穫できるのは、毎年4月から5月にかけて。それが一番茶と言われています。その45日から50日後に摘むのが二番茶。で、八女の場合は、ほぼ二番茶までで完了します(※その他は受注生産)。特に山間地になれば、一番茶のみというものもあります。

── 年に1回か2回だけの収穫?

木屋 他所の地域では四番茶まで摘むところもありますが、八女のお茶農家は1年間かけて次の年の味わいを作っていくという作業になります。その土地で1年間育てて、芽が摘み頃になってきて摘採する、その瞬間で、そのお茶が持っている味わいというのが決まってくるわけです。
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▲八女の茶園。
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── 摘んだお茶はどうするのですか?

木屋 摘んだ茶葉はそのままだと、酸化酵素の働きによって萎凋が始まり鮮度が落ちていくので、これを止めるために新鮮なうちに蒸気で蒸していきます。

その蒸した葉を、茶葉の水分に応じて揉みながら熱を加え、いくつかの工程で乾燥させることによって、お茶は保存に耐えられる、いわば鮮度のある乾物に仕上がっていきます。茶業界で乾物とかと言うと嫌がられるわけですが(笑)、認知をする部分としてはそういうことになります。
── なるほど。

木屋 この状態のお茶を「荒茶」と言いますが、ここから品種・品質、具体的には外観や水の色、味わいによって分類し、ブレンドという作業をしていきます。まぁお茶の場合は単品で100点満点というのはほぼないので、土地や製法の違った茶葉をいくつか組み合わせることによって、長所を伸ばし、欠点を補うというのが、ブレンドという仕事だと考えてください。

これで茶葉は出来上がりですが、お茶をいただくためには、お湯を注すことによって茶葉が持っている味わいを外に出していくという、要は「お茶を淹れる」行為が必要です。それをお茶の濃度とかお湯の温度を含めてどう作るかということによって、一杯のお茶に仕上がっていくわけです。
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── 素材としての茶葉、それからブレンドの技術と、あとは淹れる技術、その3つによって、味わいが変わって来るという訳ですね。

木屋 変わります。間違いなく変わってきます。あとはしつらいというか、器の選定であったり、そういうものをひっくるめて どう構成していくかということがあると思います。 単にお茶を飲むという行為であれば、本当に簡単に作っていくことができますし、逆にこれを「味わう」という観点で深めていけば、縦横無尽にいろんな世界があるだろうという風に思います。

【日本茶の基礎知識】

日本で生産されるお茶は、ほとんどが緑茶。緑茶はチャノキ(茶樹)の葉を発酵せずに作った茶葉で、発酵させて作ったお茶が紅茶やウーロン茶となる。最もポピュラーな緑茶が煎茶で、爽やかな香りをもち渋みと旨みのバランスが取れている。他に茶葉の育成方法や加工法の違いにより玉露、かぶせ茶、玉緑茶、番茶などの種類がある。高級茶葉の玉露は茶摘み前の約20日間、茶園全体を覆って日光を遮る「被覆栽培」という特別な方法で育てられる。ちなみに近年人気の抹茶は玉露と同じく被覆栽培した茶葉を揉まずに乾燥し、茶臼で挽いて微粉状に製造したもの。

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日本茶は旨味と渋みのバランスの中で美味しく飲むもの

── 例えば昨日のような食事とのペアリングは、お茶を楽しむだけでなく、食べ合わせの妙という所まで求めるわけですから、かなり高度な楽しみ方といえますよね。

木屋 そうなりますね。たまたま私が旨味に着目をしてペアリングができるという可能性を探し始めたのが、10年ぐらい前。その当時はまだそこに着目されている方も多くはなかったので、私も周りの方々に様々なご協力をいただきながら、探り探りでやってきました。それが、ようやく形になり、今はこれが可能なんだということを、ぜひお伝えしたい。そのためには実際にご体験いただくということが大切で、それを面白いと思っていただけるのかどうかということですね。
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▲ この日の日本茶コースの1品目は、煎茶「はるみどり」スパークリングとトマト。完熟トマトの甘味と鮮度ある香りが、春の青さを感じるスパークリング茶の爽やかさを下支えする。
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── すごく面白いと思いました(笑)。

木屋 ありがとうございます。私としては、うちにこんなお茶があって、それをこの濃度でこう淹れて飲んだらすごく面白いだろう、多分この料理のここを引き立ててくれるんじゃないかとか、要はどうすれば両方が引き立つかというようなことを、常々考えています。そういう理想的な組み合わせを見出すことができれば、ペアリングをより付加価値の高いものとして、次のステップに持っていけるんじゃないかという風には思っているところです。
── 同じお茶でも例えばコーヒーだと料理に合わせてペアリングというのはあまり考えられません。その意味では日本茶はお茶というより、ワインとか日本酒に近い、ちょっとお酒っぽい感じの存在感ではあるかもしれないですね。

木屋 そうですね。私、飲み物の中で、このお茶の類を考える時に「香りの飲み物」と「旨味の飲み物」というのがあると思っているんです。コーヒーの場合はどちらかといえば香りを楽しむもの。メイラード反応、要は糖とタンパクを加熱すると褐色に色づいて香ばしい香りが出るわけですが、その香りと、あとはカラメル化による独特の苦みとか、そういうものを楽しむという傾向が強いかと思います。

この、「香りの飲み物」というのは、基本的に温度が高い。90度帯とか、そういう温度で淹れていくものになりますので、コーヒー、紅茶、ウーロン茶、日本茶で言えば玄米茶、ほうじ茶あたりですね。

こういうものは、実際、香りをしっかりと感じさせながら飲んでいくものなので、どちらかというと旨味の概念というのはあんまり言われません。

ところが、日本茶のこの煎茶のジャンルに関しては「旨いね」という話が、必ずあるわけです。旨味の対局には渋みがあるわけですが、その、総合バランスの中で作ったものを美味しく飲んでいくのが煎茶や玉露だということですね。
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── なるほど。

木屋 そして旨味を求めると必ず温度が下がってきます。昨日、ペアリングで飲んでいただいた煎茶もそうですが、お湯の温度は75度帯、65度帯、それから玉露の50度、45度帯と水出しの15度帯程度。温度を下げていけば下げていくほど、表に出すものというのは、意外と甘みと旨みを出していくという作業になるんですね。

それと同時に、抽出の時間と茶葉の量とか、そういうものを組み合わせていくことで、さまざまな味わいを作っていくことが出来ます。

── めちゃくちゃ複雑(笑)。そこまで複雑な飲み物って、他にないですよね。ワインだってホットワインとかあるけれど、普通はほぼ温度も決まっているし、日本酒は冷と熱燗があるとはいえ、そこまで細かい温度管理をして飲むものでもないし。

木屋 まぁ近いといえば、日本酒の燗付けですよね。冷酒,ひや、ぬる燗、熱燗とさまざまな温度での楽しみ方がある。これは日本人特有の考え方なのかもしれません。
── でも日本酒には「淹れる」という行為はありません。

木屋 逆に言えば、この「淹れる」ということに興味を持っていただくと、 日本茶の独特な楽しみ方を見つけていただくことができるのかもしれません。淹れ手の方がいろんな形でチャレンジすることができるということ。それを楽しいと思うのか難しいと思うのか、それはその人次第だと思いますが、私的には難しいということが前に出るよりも、いろんな可能性の楽しみがあるということを伝えたいとは思います。

── 簡単に飲みたいのであれば、簡単に飲めばいい話ですからね。楽しみ手のレベルによって、ものすごくいろんな階層があるっていうことですよね。

木屋 そうですね。

※第2回(2/20公開予定)に続きます。
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● 木屋康彦(きや・やすひこ)

福岡県八女市星野村出身。大学卒業後、株式会社丸菱にて4年間茶に携わる仕事を通じ茶業界について学ぶ。1992年、株式会社木屋芳友園に入社。2006年、代表取締役に就任。日本茶鑑定士の資格を取得した後、2010年、茶房星水庵の運営を開始。八女茶と日本茶の魅力を幅広く発信中。

■ 茶房 星水庵
住所/福岡県八女市星野村4529-1
TEL/0943-52-2124
HP/星野茶・八女茶の販売・カフェ・試飲 茶房 星水庵

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