2025.03.25
樋口毅宏『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』【第9話 その1】
「どんなプレイをしたのよ」
孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第9話 その1】を特別公開します。
- CREDIT :
文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/久 修一郎 ヘアメイク/勝間亮平 編集/森本 泉(Web LEON)
時の首相暗殺を請け負った四人の殺し屋を始末するため政府に雇われた刺客"最後の伝説"イタミがついに現れた。自由を奪われたヒロシは凌辱の限りを尽くして甚振(いたぶ)られ、麻布警察署はビルごと爆破された。(これまでのストーリーはこちらから)

キリスト、卑弥呼、ジャンヌ・ダルク、彼らも眼念術の使い手だった
眼念術(アイズ・コントロール)の起源は紀元前二千年の夏(か)まで遡る。麻酔がなかった時代、手術時に患者を眠らせておくため、催眠療法(ヒプノセラピー)が編み出された。しかし麻酔の技術が発展するとともに廃れていく。近年は戦場から帰還した兵士のトラウマを治癒することに役立っている。わかりやすい例として催眠術がある。眠りにある深層心理の状態で、相手の心に潜り込む。
眼念術は異端の心理療法だ。視線から発する念術により、相手を意のままに掌握→支配→操縦する。キリスト、卑弥呼、ジャンヌ・ダルク、家康、ヒトラーなど、世界に名を残した人物は眼念術を使えたと言われている。現在も中国では近代兵器として国家ぐるみで研究していると聞く。
だから何だって言うんだ。こんな力を持っていても小さな愛さえ手に入らない。くだらない、くだらない、生きてることがくだらない。

思春期を迎えて誰かと付き合うようになっても、自分が気付かないうちに眼念術を使っているのではないか、だからこの人は僕のことを好きと言ってくれるのではないかと疑念が生じた。愛を疑うことほど人生をすり減らすことはない。いつだって僕は絶望的に孤独だった。
何度死を考えたかわからない。僕は鏡の中に向かって、窓から飛び降りろと念じた。しかし術はかからなかった。いちばん思い通りにしたい者にかからない不幸。他人はこの能力を羨むかもしれない。おかげで金を稼ぐこともある。しかし割に合わなすぎる。
ひとつ深呼吸をする。考えすぎるな。テキトーに、テキトーに。
見窄(みすぼ)らしい頭をした刑事が錐縞ヒロシを連れてきた
── 錐縞ヒロシを救出せよ。
メールで顔写真が送られてきた。あの男だ。いまどこにいるんだ。
ドランから返信がくる。麻布警察署の留置場にいるという。溜め息が漏れた。
六本木はカオス状態で、戒厳令が敷かれていた。警察と機動隊とマスコミだらけで、百年に一度の祭りでもここまで大騒ぎにはならないだろう。しかも麻布警察署は事件現場から目と鼻の先にあるので、署内に特別本部を設置していた。
頭上では米軍のヘリコプターが飛び交っている。彼らにとっては縄張りを荒らされた気分だろう。うるさいったらありゃしない。LUUP(電動キックボード)が盗まれたと署に飛び込もうとしたが追い返された。とてもそれどころではないらしい。

── 何が起ころうと錐縞ヒロシを守ること。
頭が見窄らしい刑事は無意識に頷いた。
それでも今朝、麻布警察署が爆破され、建物ごと崩壊し、署内にいた全員の安否が不明というニュースを見たときは膝をついた。
間もなくウチのチャイムが鳴った。玄関の前には見窄らしい頭をした刑事が、コートに包んだ錐縞ヒロシを連れていた。ふたりはドアを開けると同時に倒れ込んだ。
というわけで、いまわが家のツインベッドには、ヒロシと刑事が眠っている。ヒロシはあまりにも臭かったのでバスルームで洗い流した。
刑事の警察手帳を見た。四方田という。燃えさかる炎の中を決死の覚悟でヒロシを救出したのだろう。砂埃を被り、見窄らしい頭はますます見窄らしくなっていた。あちこち火傷をしていたが命に別状はない。僕が調合した塗り薬を施しておいた。僕が作れるのは毒薬だけではない。
同じ殺し屋同士、わかりあえるものがあるのか
「どんなプレイをしたのよ」
ブラックジャックみのある医者はあきれていた。違うってと僕は弁明した。睡眠薬を飲ませてから、ズタズタに切れた肛門を縫いつけて帰ってもらった。

「ここはどこだ」
四方田は気を失った者が目を覚ましたときの定番のセリフを口にした。
僕は親切にもノートパソコンを持ってきて、ニュースの動画を見せてあげた。
「そうだ、署が爆破されたんだよ。でも俺は眠っていた。俺だけじゃない、いつのまにかみんな眠っていた。だけど大きな音がして、俺はこいつを助けなければと思ったんだ」
OK、四方田。褒めてつかわす。見窄らしい頭でも中身は悪くないようだ。
「うぅ……」
ヒロシも目を覚ました。四方田を放って、僕は彼の枕元についた。
「ここは……どこだ」
同じセリフでも見窄らしい頭の男とイケメンが言うのとでは違う。僕はヒロシの手を握った。
「ここは僕んチ。ゆっくりして。大丈夫だから」
「…………」
ヒロシは僕の目を見つめる。記憶の糸を辿っているのだろう。
「ヒロシを救ったのは僕。Shun。だからって恩を着せないからね」
四方田が横で口を挟む。
「え、助けたの俺よ?」
うるさいなあ。舌打ちで返す。

● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が好評発売中。カバーイラストは江口寿史さん。
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