2025.04.07

樋口毅宏『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』【第10話 その1】

答えは、〝いいえ〟です

孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第10話 その1】を特別公開します。

CREDIT :

文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/久 修一郎 ヘアメイク/勝間亮平 編集/森本 泉(Web LEON)

樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。主人公はクセの強い四人の殺し屋たち。世界の暗殺史にその名を刻むコードネーム「キラーエリート」(錐縞ヒロシ)。良き父、良き夫の仮面を被った冷徹な殺し屋「こっさん」(山田正義)。ゲイのデザイナーで毒薬使いの「OKポイズン」(Matsuoka Shun)。そして凄腕の女殺し屋「最高の夜」(北村みゆき)。

源氏首相の暗殺を依頼したのは徳川財閥十三代の三女躅子(ふみこ)様だった。都内一等地の豪邸に集められた殺し屋たち。そこで聞いた首相の命を奪わねばならない驚きの理由とは?(これまでのストーリーはこちらから)
クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON
PAGE 2

【14】 北村みゆき

失礼ながら皆様のことを調べさせていただきました

場所は邸宅の応接間に移された。落ち着いた雰囲気で、家柄の高貴さを感じさせる空間だった。旧家だからといって──いや、だからこそ、これ見よがしなものは見当たらない。ふと壁に目をやるとピカソのリトグラフがさり気なく飾られていた。成金が住むVIPのホテルでどうだと言わんばかりに世界の名画を鑑賞した日が遠くに感じられた。

テーブルには紅茶が並んだ。漂う香りからわかる、トワイニングの最高茶葉だ。お茶請けは千疋屋のレーズンサンドとフルーツクーヘン。人生で二番目と三番目に好物。躅子様がどうぞと言われる前に手をつけた。

「ここなら私の考えをすべてお話しすることができます。一歩外に出ると私たちの行動はすべて某官庁に監視されておりますが、この本家別邸なら気兼ねなくお話しできます。失礼ながら皆様のことを調べさせていただきました。〝キラー・エリート〟〝OK ポイズン〟〝最高の夜〟。この国を代表する〝専門家〟とお聞きしております」

「おまかせ下さい」
Shunが返す。

「だけどですね、なんでまた源氏首相謀殺を御希望なのでしょうか。差し支えなければお聞かせ願えないでしょうか」

私も訊いてみたかった。ヒロシは黙っているが同じことを考えているはず。
躅子様は私たちから視線を逸らさずに言った。
「彼が、差別主義者だからです」
応接間は、石のような沈黙に支配された。レーズンサンドを食べる手が二個目で止まった。躅子様の発言が、呑み込めなかったからだ。

確かに源氏首相は保守派だ。しかし戦後日本を統治してきた自民党出身の政治家なら当然のことだし、差別主義者は言い過ぎではないかと感じたからだ。

米大統領に返り咲く男が差別主義者と言うなら理解できる。公の場やXで、「メキシコとの国境に壁を建てる」と宣言したり、移民を犯罪者扱いして人種差別を助長したり、女性を小馬鹿にし、国内外の分断を煽ったりする。あそこまでやれば紛うことなくレイシストだ。
PAGE 3
クワトロフォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

源氏首相は暗殺するほど悪い政治家ですか?

源氏首相はその大統領に尻尾を振り、政権を延命させている。経済の立て直しは口ばかりで実質賃金は上がらず、「失われた二十年」は「三十年」へと延びた。防衛費増額、官僚パワハラ自殺、関東地区に〝絶対に倒壊しない〟原発を建設提案、ほかにも数々の差別的発言など。

けれども国外はともかく、「強い日本」をアピールすることに成功し、盤石の支持率を維持してきた。おそらくは戦後最長の首相在任期間を更新することは確実。とはいえアメリカやロシアや中国やフィリピンの最高指導者ほどの悪事も犯していない。私もそうだが、日本人は芸能人の不倫スキャンダルには手厳しいのに、政治家の不祥事には寛容だ。
「源氏首相は暗殺するほど悪い政治家ですか?」 
これがShunの本心だろう。私とて同じだった。

「本当にそんな理由ですか? 僕たちに仕事を依頼する人たちは大金を払ってでも、殺したいほど憎んでいる、個人的に強い恨みがある人たちばかりなんです。〝首相が差別主義者だから〟? 正直なところ、よくわかりません」

私もタイミングを見計らい、横から嘴を容れた。
「ひょっとしたら躅子様は、源氏首相から直接嫌な目にあわされたのですか?」

二度目の石のような沈黙があった。躅子様は重たい口を開いた。
「答えは、〝いいえ〟です」

胸を撫で下ろした。源氏首相から性加害を受けたわけではなさそうだ、と思ったのも束の間だった。
「しかし、〝はい〟とも言えます」

「どういうことでしょう?」
間髪入れずにShunが訊ねた。

「去年、衆議院選挙があったことは記憶に新しいかと存じます。報道番組で党首討論があった際、公開アンケートを実施しました。野党がこぞって同性婚に賛成を表明するなか、源氏首相だけが〝反対〟と明言しました」

その番組なら私もネットにアップされたものを見た。
「私は社会活動家として、多くの公務に携わっています。日本動物福祉協会名誉総裁、恩寵財団母子愛育会副総裁などを歴任しておりますが、女性として社会の壁の厚さを感じております」

「内閣府の男女共同参画社会の会にも毎回御出席されていますよね」
私が訊ねると、躅子様は、よくご存知でと頷いた。
PAGE 4
クワトロフォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

〝永遠の処女〟。ネットの世界で、躅子様はそう呼ばれている

躅子様が女性の社会進出に意識的な旧家であることはつとに有名だ。
「私の立場もありますから強くは主張できません。公にはしておりませんが、世間的にはフェミニストと呼ばれる財団にも関わっています。源氏首相が同性婚に反対した際、財団を通して公式に抗議しましたが、あの方には馬耳東風でした」

躅子様は俯いた。まだ彼女の心中が掴めなかった。
しかし怪訝に思ったのは、ヒロシがこの時点で沈黙を貫いていたことだった。
私が知っている錐縞ヒロシなら、〝この国は変わらないことが進歩なのだ。保守とは改革。そんなにこの国がイヤなら出ていくしかない〟
相手が旧家でも、これぐらいのことは言いかねない男だったのに。
躅子様が続ける。
「ネットを散見すると、皇室に近い身でありながら私のような意見をもつ女性に対して、日本から出ていけと主張する人たちが一定数存在していることがわかります。実のところ、私も考えたことがあります。しかし徳川を離籍するためには一般の方との結婚しか方法はありません」
「相手いないんスか」

Shunが訊いた。こいつバカだなと思った。
──〝永遠の処女〟。ネットの世界で、躅子様はそう呼ばれている。年齢は四十を過ぎているが、これまで浮いた噂ひとつない。

躅子様は微笑む。国宝級の弥勒菩薩像のようだと思った。
「乗り気でないお見合いをさせられたこともありました。日本医師会会長の御子息、ユニセフ協会次期理事長など、私には勿体ないほど素敵な方たちでした」

「でもしなかったんですね、結婚」
「はい」
「それはなぜですか」
私は答えを強いた。躅子様が旧家ではなく、ひとりの人間として、言ってほしいと思ったのだ。

「私がこれまで結婚しなかった理由……それは、私が同性愛者だからです」
2025年2月号より
PAGE 5
クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が好評発売中。カバーイラストは江口寿史さん。
SNS/公式X

● 「クワトロ・フォルマッジ」のこれまでのストーリーはこちら
● 樋口毅宏さんの今作品解説&インタビュー記事はこちら
● 連載対談「樋口毅宏の手玉にとられたい!」はこちら
PAGE 6

登録無料! 買えるLEONの最新ニュースとイベント情報がメールで届く! 公式メルマガ

登録無料! 買えるLEONの最新ニュースとイベント情報がメールで届く! 公式メルマガ

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

Web LEONの最新ニュースをお届けします。

SPECIAL

    おすすめの記事

      SERIES:連載

      READ MORE

      買えるLEON

        答えは、〝いいえ〟です | ライフスタイル | LEON レオン オフィシャルWebサイト