2022.09.23
篠原祐太「4歳で初めて毛虫を食べてから、昆虫への愛と食欲が止まらない」
食糧危機回避のために注目されている昆虫食。その先駆者である篠原祐太さんは“地球少年”として、昆虫のみならず、この地球上に生きるものたちに等しく愛と、そして食欲を抱いています。篠原さんの食欲はどこへ向かう? そして昆虫ってホントに美味しいの⁉
- CREDIT :
写真/吉澤健太 文/秋山 都
オーナーバーテンダーの後閑信吾さんが「これ、飲んでみますか?」と出してくれた茶褐色のカクテル。こっくりとした甘みとふくよかな旨味……うん、おいしい。
「で、何が入ってるんですか?」と聞いて、一瞬喉がグッと詰まるような衝撃を覚えました。それは世界でもっとも忌避されているであろうあの虫(ここで名前は書かないでおきます。答えは記事後半に)の、卵のサヤを醸した卵鞘酒と、シェリー酒を50:50で割ったカクテルだったのでした。
昆虫の卵のサヤを醸す……世間的にはそれはゲテモノと呼ばれるものかもしれません。ましてやあの虫の、です。なぜ? と混乱しましたが、それを知った上で、もうひと口。やっぱり、おいしい。今度はカクテルではなく、その卵鞘酒だけストレートでひと口。うん、やっぱり、おいしい。
なぜ、こんなお酒をつくろうと思ったのか? それが日本で昆虫食のパイオニアと言われる篠原祐太さんに興味を覚えたきっかけでした。
現在、世界では地球温暖化や人口増加による食糧危機が不安視され、昆虫はタンパク質源として注目を浴びています。きっかけは2013年、国際連合食糧農業機関(FAO)が食糧問題の解決策のひとつとして、昆虫を食用としたり、家畜の飼料にすることを推奨する報告書を公表したこと。ちょうど同じころ、かの「noma」*が食材としてアリを用いたことから、世界のガストロノミーでも昆虫を食材としてとらえることがちょっとしたトレンドとなりました。
日本でも昔からイナゴ、蜂の子、ザザムシなどが食べられてきましたが、あくまで限定された地域での伝統食としてであり、一般的とは言い難いのが現状。そんななか篠原祐太さんは2020年に昆虫食のレストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」をオープンし、大きな話題を呼びました。昆虫食のパイオニア、篠原祐太さんとはどんな人なんだろう?
「モンクロシャチホコの幼虫は上品な桜餅のような味がするんです」
篠原祐太さん(以下、篠原) 物心がついてすぐ、でしょうか(笑)。とくにいつとは覚えていないんです。ぼくは昆虫に限らず、動物、植物、あまねく生き物が好きで。山や川で生き物を捕まえては観察したり、捕獲したり、飼育したりするのが大好きな子供でした。子供って手に触れるもの何でも口に入れるじゃないですか。あんな感じで食べ始めたんじゃないかな。印象に残っている出来事で言うと、幼稚園の頃のこと。公園でモンクロシャチホコ*の幼虫を見つけて、いつものように何気なく口に運んだら、なんと桜餅のような上品な甘さがあって。そのころは桜餅の味なんてわかりませんけど、とにかく美味しかった。今考えれば、モンクロシャチホコは桜の葉を食べているので、桜餅の味がするのは当然なのですけれどね。
── モンクロシャチホコ……ですか。(スマホで調べて)毛虫ですね。美味しそうには見えないけど(笑)。
篠原 僕にとって食べるということは理解を深める術のひとつなんです。昆虫も美味しいものばかりではありません。でも美味しいから食べるのではなく、情報として得ている知識が、食べた瞬間に自分の中にリアリティを増して蓄積される、その感覚が好きなんです。土も、植物も、口にして初めてわかることがたくさんあります。モンクロシャチホコにしても、桜の葉っぱを食べているから桜餅の味になると知った時はとてもうれしかった。僕が食べている生き物は、またほかの生き物を食べて生きてきた。その生命の連鎖を知って、幼いなりに自分も生かされているのだと感じました。
── 何でも口に入れたくなる感じ、それはわかります。でも周囲からは気味悪がられませんでしたか?
篠原 親はなんとなく知っていたでしょうね。でも友人たちにはずっと隠していました。カミングアウトできたのは2013年、FAOが世界の食糧不安について報告書を発表したタイミングでした。昆虫食に注目が集まり、その必要性も認知されてきた時、「今言うしかないな」と。Twitterで「今日こんな虫を食べました」と発言するようになりました。
篠原 けっこうネガティブでした。誹謗中傷を受けることもあり、その度に傷つきました。でもずっと隠していたから、公にすることができたのは気が楽にはなりましたね。
── 理解者もいたんじゃないですか?
篠原 興味をもってくれる人もごく一部いました。ある時、そんな人たちと一緒に山に行ったんです。そこで一緒に虫や野草を口にして、人生で初めて自分の本当に好きなものを、ほかの人と共有できた喜びを感じました。その感覚は今でも忘れないし、「ANTCICADA」でお客さんに喜んでもらえた時のうれしさに通じる、僕の原点です。
そんな活動を繰り返すうち、興味をもってくれる人はその虫が「美味しいかどうか」に関心があり、美味しければ美味しいほど分かりやすく感動してくれることに気づきました。それで、虫の面白さを伝えるためには、少しでも美味しい状態で食べてもらう方がいいと思ったのが、「ANTCICADA」へとつながっていくわけです。
篠原 あれは僕のツイートを見た「ラーメン凪」*の生田悟志社長が連絡をくれたことから、あれよあれよと話が盛り上がって生まれたんです。最初からコオロギだったわけではなく、いろんな虫で試行錯誤した結果、コオロギが一番優れていた。
—— 濃厚な美味しさでした。ちょっとエビみたいな。
篠原 よくそう言われます。でもぼくとしては「XXみたいな」と他の食品を引き合いに出されるのではなく、コオロギ本来の味わいを知ってもらえればもっとうれしいんですが(笑)。虫は(肉や魚に替わる)代替食品ではない、と思っているので。
—— その本来の味わいを語るにはまだ経験値が足りないかも。もっと食べこまないと(笑)。
「タガメの腹は青りんごの香りがします」
篠原 その味わいを知っていただくために「~~のような」という表現だったら、いいんですけれどね。たとえばこれ、ちょっと嗅いでみてください。
篠原 繁殖期のタガメのオスからはフェロモンが出ていて、それがとってもいい香りなんです。青りんごや洋ナシのような、と表現されていますね。それも個体によって香りが違うから、ぼくもタイに買い付けに行くと、一匹一匹手に取り、香りを確かめているんですよ。
篠原 「ANTCICADA」ではタガメを漬け込んだウイスキーでつくった「タガメハイボール」が人気です。
篠原 虫はそのままだとビジュアルのインパクトが強すぎるので、味に集中してもらうことが難しいのですが、ビールやリキュール、醤油など液体になっていれば、味わいをしっかりと感じてもらうことができます。それもまた、昆虫を“食材”として知ってもらうためには大事なプロセスかなと思い、仲間たちと開発しています。「コオロギビール」やモンクロシャチホコの糞を使った「桜毛虫アマーロ」、「蚕沙茶」(蚕の糞のお茶)など、どれも美味しいですよ。そんななかで、少しエッジの効いた商品も出していこうとなったのが……。
篠原 これは「haccoba」*さんと共同開発したものですが、虫の卵のサヤを醸した卵鞘酒というお酒が古代からあるらしいね、と話している流れの中から生まれました。ゴキブリはご存知の通り嫌われ者ですが、世界に4600種類もいて、そこから食品が作れるとなると発展性が高いですよね。卵鞘自体が甘くて、キチン質による香ばしさもある、美味しいお酒になったと思います。初回300本のリリース分は即日完売し、手ごたえも感じました。
—— ちょっと怖いんですが、なんというゴキブリを……?
篠原 トルキスタンローチという爬虫類のエサ用に養殖されているものです。4600種すべて味が違うから、まだまだ作れそう(笑)。世界では全人口のおよそ4分の1である約20億人が昆虫を食していますが、彼らが食べている昆虫は2000~2500種だと言われています。ということは、まだまだ知られてない味わいがあるはず、と思えばワクワクしてきませんか?
● 篠原祐太(しのはら・ゆうた)
1994年、東京都生まれ。レストラン「ANTCICADA」オーナー。
幼少期より地球を愛し、昆虫などの野生の恵みを味わう。慶應義塾大学在学中から飲食の世界に関わり、「ラーメン凪」や「四谷うえ村」などで修業。食材としての昆虫の可能性を探求し、『コオロギラーメン』を生み出す。“地球少年”と名乗るとおり、地球各地を巡り、食材の探求、虫料理開発、ワークショップ、執筆や講演と幅広く活躍。狩猟免許・森林ガイド資格保持。