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2022.09.30

尾上松也「TikTokを見ている女子高生に歌舞伎を観てもらうために」【後編】

本業の歌舞伎のみならずテレビドラマや舞台、ミュージカル、バラエティと幅広く活躍し、一流のエンターテナーとして人気を博する尾上松也さん。悩みぬいた20代から、いま地歩を固めた歌舞伎俳優として将来への思いを語ります。

CREDIT :

文/木村千鶴 写真/トヨダリョウ スタイリング/椎名宣光 ヘアメイク/岡田泰宜(PATIONN)

尾上松也 LEON.JP
11月7日から始まる三谷幸喜さん作・演出の舞台『ショウ・マスト・ゴー・オン』に出演される尾上松也さんへのインタビュー。前編(こちら)では20歳の時にお父様である六代目尾上松助さんが亡くなられて、大きな後立のない歌舞伎の世界で、自分の地位を築くためにどう必死に頑張ってきたのかというお話を伺いました。後編では努力が実って名前を知られるようになったきっかけ、そしてこれからの歌舞伎に対する思いを伺います。

蜷川幸雄さんの舞台で大役を。このチャンスを掴めなかったら終わりだと

── 松也さんが20代にがむしゃらに頑張ってこられた裏には歌舞伎という大きな世界にたいして「挑む」気持ちがベースにあり続けたと伺いました。

松也 根本的には常に反骨精神みたいなものがあるかもしれません。それは僕にとってとても大事なことですし、やはりどの演劇よりも歌舞伎が好きですし、だからこそ、いろいろな感情があるんです。愛しているという気持ちもすごくあれば、嫌いな部分もありますし。ひと言では言い尽くせない感情が、歌舞伎の世界に対してはいろいろ混在しているからこそ、強く魅力を感じているのだとも思います。

20代の頃は未来が見えないことで不安しかなかったですが、今となってはその状況が僕にとっては最適だったのかもしれません。そこでもがいていたことが後々繋がってお仕事が増えていき、今この舞台にも繋がっている。僕にとってそれは必要な時間で、必要なシチュエーションだったという気はしています。
── その頃に蜷川幸雄さんの舞台『騒音歌舞伎(ロックミュージカル)  ボクの四谷怪談』で大役に抜擢されたと。

松也 そうですね。2012年ですから27歳の頃。あの作品が僕にとっては、役者として最後のチャンスだと思って臨みました。作品もメンバーもとても良く、凄く楽しかったのですが、今だから言いますけど、始まる前は他の役者なんかどうでもいい、作品もどうでもいい、あの中で一番目立てればいいと正直思っていました(笑)。

まだメディアに出ていない、歌舞伎のコアなファンの方しか知らないような存在の自分が、蜷川幸雄さんの舞台でほぼヒロイン(お岩様役)ですからね。こんなチャンスを掴めなかったら終わりだなと思っていました。

── どうでしたか、蜷川さんの演出は。

松也 ほとんどのシーンが歌舞伎のお岩様がベースでしたので、その部分では僕にすべて委ねてくださって、蜷川さんからは多少の指示がある程度だったんです。ですが最後のシーン、主演の佐藤隆太さんの分身のような感じで舞台に出てくるシーンがあったのですが、そこだけは初日の幕が開く寸前まで「全然ダメだ」と言われ続けました。「何も面白くない」って。でも蜷川さんは具体的なことを言ってくだされなくて。
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尾上松也 LEON.JP
── それは辛い! そのダメ出しの理由は分かりましたか。

松也 それが分かったのは、本番直前でした。羞恥心なんて自分の中にはないと思っていたのですが、実は羞恥心の塊だったんでしょうね。テクニックで考えていて、根本の解放ができてなかった。最終日のゲネプロの時、どうしよう、どうしようと追い詰められて悩んでいたら、僕をその舞台に推薦してくださった所作指導の尾上菊之丞さんが「もう何も考えずにやってみたら」と言ってくださったんです。その言葉で吹っ切れたのか、「明日初日だし、もうどうにでもなれ!」って。

僕、その時に覚醒しちゃったので、よく覚えていないのですが、ブチ切れたように、叫ぶみたいにやったんだと思います。そうしたら客席の方から蜷川さんが拍手しながら笑っていて、OKをいただけて。その瞬間に「ああ、今まで一度もこんなふうに自分を解放したことないな」と。解放するとエネルギーが出せるんだということに初めてそこで気づかされたんです。

それまでもお芝居はやってきたつもりでしたけれど、そこでも自分を出しきれていないのに気づいていなかった。自分を解放したことがなかった。蜷川さんはそれを待ってださった。引き出していただいたなと思っていますし、他のドラマ関係の方々からも、その舞台をきっかけにたくさんのオファーをいただいたので、僕の中では「掴めた」と思った瞬間でした。
── 30歳までに、という思いが叶ったんですね。

松也 本当に僕の中ではギリギリだったんです。波に乗るって自分で言うのは恥ずかしいですけど、そのような気がしました。次から次へと連鎖してお仕事の話をいただき、状況が変わりつつあるという手応えみたいなものは、その舞台の後に感じました。

── 受け取り手にも、覚醒した尾上松也さんが感じられたのかもしれません。

松也 僕のその崖っぷちの(笑)芝居というか、パフォーマンスが伝わったんでしょうね。
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秘伝のタレみたいな企業秘密を惜しげもなく後輩に伝える素晴らしさ

── ところで松也さんは歌舞伎界の先輩や友人たちからも、様々な愛のある教えやアドバイスをいただいていると思いますが、格別にお世話になったという方はいらっしゃいますか。

松也 僕が役者としての基礎を築いていただいたのは歌舞伎界というのは間違いないことですが、それはもう“誰か”というわけではないんです。僕らが大役を勤める時は、お稽古に入る前、初日が開く前に必ず先輩に個別稽古をしていただくという習慣があるんです。

そしてどなたに教えていただくかは基本的には自由。先輩方はそのお役を何十年もかけて、少しずつ積み重ねてご研鑽されています。それって例えば料理の世界で言えば、秘伝のタレみたいなもので、本来は企業秘密ですよね。

それを惜しみなく全部教えてくださる。苦労して何十年かけて築いてきたことを、後進の者に教えることの尊さとありがたさは、大役をいただけるようになってから初めて知りました。僕らの伝統芸能の一番素晴らしいところは、この連鎖だと思っています。
── 伝えて繋いでいく。これを続けているからこそ、歌舞伎は今も昔と同じものができているのですね。

松也 その中でも印象に残っていることをお話すると、亡くなった(坂東)三津五郎のお兄さんのお言葉でしょうか。「舞台でも映画でも、演劇で何かを見せる時というのはその役の人生の一片を見せてるんだぞ」と、「ここだけやればいいってことじゃないんだよ」と。「常にそこには背景があって、それを想像するのはお前らの仕事だぞ」と。

歌舞伎であれば花道から出てくる登場人物は、その前に魚屋に寄ったかもしれない、「そういうことを想像してその生活の一部を見せるつもりでやんなきゃダメだよ」と。まあ当たり前のことなんですけど、そういう当たり前のことを言ってくださったことは、それは演劇全般に通じることですので、特に印象に残っています。何か作ろうと思った時に、そのことはいつも思い出します、背景をまずは構築しなくては、みたいな。
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TikTokを見ている女子高生が歌舞伎を観に来てくれるだろうか

── 伝統を繋いでいくということと同時に、新しいことにも挑戦されていくのが歌舞伎だと思うのですが、若手の方同士で何かやっていこうと考えていることはありますか。

松也 誰かと、と言うよりも、みんなが危機感をもってやらなくてはいけないというのはすでにありますね。

歌舞伎の歴史の中では、今のように歌舞伎座で1年を通して興行ができることは当たり前ではありません。人気がなくて歌舞伎座がほぼ貸し小屋状態になってしまった時期もあると聞いています。僕らは守られているようで、守られてるわけではないんです。それを乗り越えて先輩方は今に繋いでくださっていますので、僕らも次の世代に繋ぐために、より危機感をもっていかないといけません。

ありがたいことに歌舞伎は「今」もあるわけですから。今ある以上は現代演劇なので、やはり現代演劇であり続けたいなと思います。

ですが、僕らより下の子たちの方がより大変だろうなと思います。TikTokを見ている女子高生がすぐに歌舞伎を観に来ることって想像できないでしょ(笑)。僕らが出来るだけのことをしてバトンを繋げたいと思いますけど、この先どれぐらいのティックトッカーが見に来てくれるのか(笑)。歌舞伎もTikTokを作んなきゃいけないかな。

── それは面白いですね。「伝統を繋ぎつつなんでもやるというのが歌舞伎だ」と中村勘九郎さんからお聞きしました。

松也 そう、その通りです。歌舞伎自体、定義がないですからね。そういう柔軟性があってこそ、今もこうやって民間演劇として続いているわけで、そうでなかったら多分生き残れないと思います。以前、市川猿之助さんが「歌舞伎役者がやりゃなんだって歌舞伎だ」とおっしゃっていました。僕、猿之助さんのそういうところが凄く好きで、カッコいいなっていつも思うんです。

だからもう、僕らが歌舞伎だと言えば、これは歌舞伎だというつもりでやりましょう。『ショウ・マスト・ゴー・オン』でも僕だけは歌舞伎だと(笑)。
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● 尾上松也(おのえ・まつや)

1985年1月30日生まれ、東京都出身。父は六代目尾上松助。1990年5月、『伽羅先代萩』の鶴千代役にて二代目尾上松也を名乗り初舞台。近年は立役として注目され『菅原伝授手習鑑〜寺子屋』松王丸、『源平布引滝〜義賢最期』木曽義賢などの大役を任されている。若手中心となる新春浅草歌舞伎では最年長のリーダー役を務めている。歌舞伎のみならず蜷川幸雄演出の騒音歌舞伎(ロックミュージカル)『騒音歌舞伎  ボクの四谷怪談』(2012)お岩役、ミュージカル『エリザベート』ルイジ・ルキーニ役などで活躍。また映画『源氏物語』(2011)『すくってごらん』(2021)やNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』(2017)『鎌倉殿の13人』(2022)、TBSドラマ『半沢直樹』(2020)の演技も話題に。他にもバラエティ番組など幅広く活躍。

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『ショウ・マスト・ゴー・オン』

「一度幕を上げたらその幕は下ろしてはならない!」という舞台人の鉄則のような言葉をタイトルとした三谷幸喜の作・演出による舞台作品。1991年に東京サンシャインボーイズで初演されたのがオリジナル版。その最後の上演(1994年)から28年の時を経て、今回の上演では、三谷自身の手により、“リニューアル版”が生み出される。出演者には鈴木京香、尾上松也、ウエンツ瑛士、シルビア・グラブ、小林隆、新納慎也、今井朋彦、藤本隆宏、小澤雄太、峯村リエ、秋元才加、井上小百合、中島亜梨沙、大野泰広、荻野清子、浅野和之が名を連ねる。

公演は11月7日から13日まで福岡・キャナルシティ劇場、17日から20日まで京都・京都劇場、25日から12月27日まで東京・世田谷パブリックシアターにて行われ、チケットの一般前売は10月10日にスタート

企画・制作/シス・カンパニー 
TEL/03-5423-5906(平日11:00~19:00)
HP/ショウ・マスト・ゴー・オン

■ お問い合わせ

ヨウジヤマモト プレスルーム  03-5463-1500

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