2022.10.02
【第20回】岸井ゆきの(女優)
岸井ゆきのは売れっ子になっても「等身大の自分であり続けたい」人
世のオヤジを代表して作家の樋口毅宏さんが今どきの才能溢れる素敵な女性に接近遭遇! その素顔に舌鋒鋭く迫る連載。第20回目のゲストは、女優の岸井ゆきのさんです。このところさまざまなドラマや映画で印象的な演技を見せてくれる注目の女優さんは、笑顔の素敵な本当にいい娘さんで……。
- CREDIT :
文/井上真規子 写真/内田裕介(Ucci) スタイリング/森上摂子 ヘアメイク/秋鹿裕子
今回のゲストは、近年、幾つもの話題作に出演して実力派俳優としての地位を築きつつある岸井ゆきのさんです。2009年のデビュー以来、一度見たら忘れない存在感と安定感のある演技力で数多くの作品に出演。特に今年はドラマに映画と出演作が目白押しです。そこで樋口さんが、現在公開中の映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』の撮影秘話と合わせて、岸井さんの魅力を深掘りしてきました!
「強烈な存在感で、誰だろうこの人は?って妻と大騒ぎした」(樋口)
岸井ゆきの(以下・岸井) こちらこそ、光栄です。よろしくお願いします。
樋口 岸井さんを初めてお見かけしたのは、2018年に放送されたNHKの朝ドラ『まんぷく』でした。髪を2つに結った14歳の少女・タカを演じられましたが、強烈な存在感で、誰だろうこの人は?って妻と大騒ぎしたのを覚えています。朝ドラは放送が半年間に及ぶので、どうしても中だるみしがちですが、岸井さんの衝撃的な登場でまた心掴まれましたね。
岸井 ありがとうございます! うれしいです。
樋口 その後、岸井さんをCMで見かけて、瞬く間にドラマや映画でも引っ張りだこになって。やっぱり!って思いました。岸井さんの実感としては、朝ドラで知名度が上がったという感覚はありますか?
岸井 そうですね。『まんぷく』は大阪局の制作だったこともあり、放送が始まると大阪ではよく声をかけられるようになりましたね。土地柄のせいか、東京では気づかれても声をかけられることは少なかったですけど、大阪は皆さん気さくで(笑)。朝ドラって本当にたくさんの人が見ているんだなって実感しました。
岸井 それはうれしいです。確かに色々なお仕事をいただけるようになったと思います。ただ自分としてはそこまで成長している実感はないんですけど(笑)。
樋口 そうなんですか。作品では、香取慎吾さん演じる鈍感夫・裕次郎の悪口をSNSの「旦那デスノート」に書く妻・日和(ひより)を演じましたが、とにかく岸井さんの色々な表情が見られて楽しかったです。特に香取さんを睨みつける顔にはゾクッときました! 日本版「ゴーンガール」って感じ(笑)。
岸井 本当ですか⁉(笑)
岸井 今回は役作りというより、自分の家族をずっと見てきた中で得た感覚なんです。うちの家族はすごく仲がいいですが、365日一緒にいると当然色々なことがあって。そんな何かに、ふと気付くのはやっぱり母なんです。母からは「お父さん、こんなこと言ってきたんだけど⁉」とか他愛のない愚痴をよく聞きましたが、父からは全然なかったなと。
樋口 やっぱり男性は鈍感で、気付くのは女性なんですね。
岸井 そうですね。今回は、そういう夫婦の “連鎖”が日和と裕次郎の間にも始まっているんだろうなって思いながら演じました。
樋口 思い出してみたら、自分の両親もそうでしたね。ああ、でもうちは今、妻が忙しいので僕が育児を担当しているんで、僕のほうが愚痴ってるかも……。良くないっ(笑)。
岸井 そうなんですね! アハハ。
「『お腹痛くて機嫌悪い』ってはっきり言っちゃいます(笑)」(岸井)
岸井 そうですよね。特に夫への不満を掲示板の書き込みで発散するっていうのは独特かもしれない(笑)。なんの解決にもなってないけれど、それで満たされてしまうという。
樋口 世の男性は、どうやって女性のイラッとしているサインをキャッチしたらいいのでしょうか。
岸井 え〜、難しい! ただ、「察して」というのも日本独特ですよね。海外の映画を見ていると、女性も自分の気持ちをきちんと伝えますし。私自身は「察して」みたいなのはあまり好きではないので、例えば体調悪くて機嫌悪かったら「お腹痛くて機嫌悪い」ってはっきり言っちゃいます(笑)。そのほうが、自分も周りも楽になるかなと思って。
岸井 そうですね。見ていると、どうして日和の機嫌が悪くなっているかがちゃんとわかるから、なるほどって思うはず。女性だって、ただ機嫌悪いわけじゃないんだよって(笑)。
樋口 そうそう、イライラされても理由がわからないから八つ当たり期かな? って思っちゃうんです(笑)。女性の中ではちゃんと筋道立てて理屈があるのに、男性からするといきなりなんだよ? って訳がわからない。サインをバンバン出されているのに全然気づかないんです。
岸井 だから日和は、もっと裕次郎に言ってあげたらよかったのになって思います。
樋口 そうですよね。岸井さんは「機嫌悪い」って伝えられる人ですからね(笑)。
岸井 はい(笑)。
「とりあえず『旦那デスノート』は書かないだろうと思います(笑)」(岸井)
岸井 そうですね。母が父のこと愚痴るのは本気じゃないというか、私が聞いてあげられれば、済むような程度の愚痴なんです。「私が買ったのにありがとうって言ってくれなかった」とか、くだらないようなことでも小出しにしているから、大丈夫なんだなって。
樋口 ゆきのさんが、ガス抜きの存在になっているんですね(笑)。岸井さんはお父さんに「お母さんがこう言ってたよ!」って伝えたりはしなかった?
岸井 本当に父が悪いと思った時は「ちゃんと謝ったら」って言ってました。
樋口 いい娘ですね! 息子は、基本「お母さん怒ってたぞ」とか、父親には言わないですからね。「はいはい」、で終わり。それにしても夫婦の予習というか、リハーサル的なものが家族の中にあったんですね。
樋口 今後、自分ならこうしようとか、考えたりしますか?
岸井 そうですね、とりあえず「旦那デスノート」は書かないだろうと思います(笑)。
樋口 アハハ! バレそうですよね。
「スカウトされなかったら、コスタリカでコーヒー豆を売ってたかも」(岸井)
岸井 はい、びっくりしました。当時、バリスタの学校が神奈川にはなくて、東京まで通っていたんですけど、まだ始めたばかりで慣れてない時だったので、やっぱり東京ってすごいな〜って思った記憶があります。
樋口 電車は何線だったんですか? スカウトマンは男性?
岸井 山手線で女性でした。多分、男性だったら逃げていたと思います(笑)。
樋口 ナンパとかよからぬものだと思っちゃいますよね。僕がその場面を見かけたら注意しに行っちゃうかもしれない! そして岸井さんはそののち、お母さんの付き添いで事務所に行ったんですね。もしその電車に乗っていなかったら、全然違う人生を歩んでいたかもしれないですね。
樋口 コスタリカ! 特別な縁があるわけではないですよね?
岸井 はい。でもコスタリカはコーヒー豆の生産が盛んで、治安も良く住みやすいらしいんです。日本人も多いそう。私は海外旅行が大好きで一人でよく行くのですが、コスタリカはずっと気になっているんです。
「テレビに出ている人は別世界の人だと思っていたんです」(岸井)
岸井 子供の頃は、そもそも俳優を職業として認識していなくて、テレビに出ている人は別世界の人だと思っていたんです。海外にも行ったことがないし、洋画のヒーローは本当にいると思っていて、『スター・ウォーズ』の世界とかもどこかに本当にあるんだろうなって(笑)。
樋口 ワハハ。素直すぎます!
岸井 あと、うちがニュースやクイズ番組ばかり見る家で、バラエティ番組に俳優さんが素の感じで出ているところも見たことがなかったんです。だからバリスタもそうですけど、ずっと仕事をするなら衣食住に関わる職業で生きていきたいと思っていました。
樋口 なるほど! 堅実ですね。ちなみに岸井さんが好きな映画『悪魔の住む家』(※)もフィクションなのはご存知です?
岸井 え⁉ あれは今でも本当にあると思ってた!(ショック)
岸井 えええ〜!(呆然)ある意味、本当のホラーですね(笑)。
「思ったら伝えておかないと後悔するなって思いました」(岸井)
岸井 もう何度かご一緒しているんですけど、黒沢清監督とはもう一回やってみたいですね。あとずっとご一緒したいと思っていたのは、今年亡くなられた青山真治監督。またいつかと思っていたんですが、こういうことになって、思ったら伝えないと後悔するなって本当に思いました。言ってもタイミングや巡り合わせで一緒にできない事も多いけど、きちんと言葉にしていこうと思いましたね。
樋口 そうですね。だから今回、『余白』を出版されたのは良かったと思います。岸井さんの人となりが伝わってきますし、応援したくなりましたから。
岸井 ありがとうございます。
岸井 それは大切にしているところですね。
樋口 次の映画も楽しみにしています。
岸井 はい、頑張ります。今日はありがとうございました!
【対談を終えて】
● 岸井ゆきの(きしい・ゆきの)
1992年、神奈川県出身。2009年女優デビュー後、ドラマや映画、舞台で幅広く活動。2017年『おじいちゃん、死んじゃったって。』で映画初主演を務め、第39回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。2018年に連続テレビ小説『まんぷく』、2019年映画『愛がなんだ』で主演を務め、話題に。映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』は現在公開中。今年7月に出版された初フォトエッセイ『余白』(NHK出版)も好評発売中。
公式Instagram
● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新作は月刊『散歩の達人』で連載中の「失われた東京を求めて」をまとめたエッセイ集『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』
公式twitter
犬も食わねどチャーリーは笑う
ある夫婦の互いに譲れないバトルを、香取慎吾と岸井ゆきのの共演でコミカルに描いたブラックコメディ。結婚4年目となる裕次郎(香取)と日和(岸井)は、表向きは仲良し夫婦だが、実は鈍感な裕次郎に日和は日々不満を募らせていた。そんな日和が鬱憤を吐き出していたのが、SNSの「旦那デスノート」だった。裕次郎は偶然そのSNSの存在を知り、ある記事に注目する。書き込んでいるのは、チャーリーというハンドルネームの人物だった。チャーリーとは、裕次郎と日和が飼っているフクロウの名前と同じで……。
監督・脚本は『台風家族』などの市井昌秀。共演に井之脇海、的場浩司、眞島秀和、きたろう、浅田美代子、余貴美子ら。現在公開中。
HP/映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』公式サイト