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2022.10.11

【第21回】尾野真千子(女優)

尾野真千子「私は私。でも、どういうものが私なんでしょう。私にもわからない(笑)」

世のオヤジを代表して作家の樋口毅宏さんが今どきの才能溢れる素敵な女性に接近遭遇! その素顔に舌鋒鋭く迫る連載。第21回目のゲストは、女優の尾野真千子さんです。15歳で河瀨直美監督の映画『萌の朱雀』に主演デビューしてすでに25年。日本を代表する女優となった尾野さんは想定外に不思議で面白い人でした。

CREDIT :

文/井上真規子 写真/椙本裕子 スタイリング/江森明日佳(ブリュッケ) ヘアメイク/石邑麻由

尾野真千子 樋口毅宏 LEON.JP
『さらば雑司が谷』『タモリ論』などの著書で知られる作家の樋口毅宏さんが、才能溢れる女性著名人の魅力を掘り起こす連載対談企画「樋口毅宏の手玉にとられたい!」。

今回お越しいただいたのは、女優の尾野真千子さん。キネマ旬報ベスト・テン主演女優賞、毎日映画コンクール女優主演賞など、数々の受賞歴をもつ、名実ともに日本を代表する国民的女優です。

今年はすでに『ハケンアニメ!』『20歳のソウル』『サバカンSABAKAN』『こちらあみ子』『ミニオンズフィーバー』(日本語吹き替え)と5本の映画に出演。さらに10月7日からは田中裕子さんとの共演も話題の『千夜、一夜』が公開されました。その撮影秘話と合わせ、女優として、女性としての尾野さんの様々な想いを伺いました。

「女優として対等でいたいと思う自分もいました」(尾野)

樋口毅宏(以下:樋口) 本日はよろしくお願いします。さっそくですが、10月7日公開の映画『千夜、一夜』、拝見しました。

尾野真千子(以下・尾野) ありがとうございます。

樋口 今作は田中裕子さんをはじめ、実力派揃いのキャスティングでした。大女優の田中裕子さんと対峙してみていかがでしたか。

尾野 楽しかったです。ただ最初は緊張というか、怖さもありました。裕子さんは以前も共演しているんですが、尊敬する人だからこそ入り込むまではいつも怖いですね。あとは同じ女優として対等でいたいと思う自分もいました。

樋口 やっぱり怖い、ですか。
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尾野真千子 樋口毅宏 LEON.JP
尾野 でも、入りが怖いというのは裕子さんだけではなく、共演させていただく人全員なんです。例えばお年寄りは何を言い出すかわからないし、子供もすごく怖い。あとは、鋭いツッコミやアドリブが飛んでくることもあるので。キャリアに関係なく、それぞれの怖さがあります。アドリブって楽しそうに見えて、全然楽しくないんですよ(笑)。

樋口 ワハハ。カメラの前でいきなりアドリブされるのは本当に怖いと思います。

尾野 今回アドリブはほとんどなかったですけど、役者さんごとにそれぞれの怖さがあって面白かったですね。

「それぞれの『待つ』がありました」(尾野)

樋口 尾野さんが演じた、失踪した夫を待つ奈美はとても難しい役どころだったと思うのですが。

尾野 難しいことないんですよ(飄々と)。

樋口 そうですか(笑)。実質的な主役でもあった気がしました。

尾野 今回のテーマは「待つ」ということで、裕子さん演じる登美子や私が演じた奈美に、それぞれの「待つ」がありました。だから誰が主役というより、それぞれが主役というか。でも時間的には登美子さんはとても長い間待っていて、それに比べると奈美はもっと現実的な役だったなと思いますね。

樋口 感情のこもった難しいシーンも多かったと思いますが、リハーサルやテストは何回ぐらいやったのでしょう?

尾野 そんなにテストしてないんですよ。監督から大体の決め事となんとなくのイメージを言われて、あとはカメラアングルを変えながら、本番は3〜4回撮ったかな。

樋口 僕的には、田中裕子さんというジュリーの妻に想いを寄せる春男役に、ダンカンさんをキャスティングしたのが面白いと思いました。渡辺謙さんや佐藤浩一さんではなく!

尾野 アハハ。でもダンカンさんはすごかったですよ。バラエティでよく見ていた方だし、どうなるのかなと思った部分もありましたけど、もう、入りから終わりまで、何も不安がなかったです。素晴らしかったですよ。あの普通さというか違和感のなさは、あんなの誰にも出せないものだなと。

樋口 わかります。ダンカンさんは、この映画で賞をお取りになるだろうなって思いました。
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「尾野真千子“いつ寝てるんだ問題”」(樋口)

樋口 ところで尾野さんにとっての映画やドラマの原体験はいつですか? 

尾野 初めて映画館で観たのは高校生の時で、『もののけ姫』だったと思います。地元は近くに映画館がなくて、映画館に行くという発想がない家庭で育ったので、基本的に映画も全部テレビで観てましたね。

樋口 『もののけ姫』の時に高校生ですか。それは若い(笑)! あれは97年公開ですから、尾野さんは初めて映画館に行った年の冬に、河瀬直美監督の『萌の朱雀』でデビューされたんですね。すごいなぁ!

尾野 当時は、映画にまったく興味がなくて。人前に出ることも苦手でした。でも『萌の朱雀』に出会って、初めてお芝居に興味をもったんです。それ以上に、この世界に入ったのは人と出会うことにすごく魅力を感じたからなんですけどね。

樋口 そうだったんですね。そして尾野さんは驚くことに、デビューから4半世紀で映画62本、ドラマ67本、CM24社に出演していて、去年だけでも映画5本、今年は6本、そのほかにドラマ、アニメ、吹き替え、ナレーター、MV……と超忙しくて、もう尾野真千子“いつ寝てるんだ問題”があるんです!
尾野 いつ寝てるんだ問題(笑)。いやいや、それがよく寝てるんですよ。確かに朝ドラ直後は、皆さんからたくさんお声がけいただいて過密スケジュールだったので、その問題はありました。でも本当に寝れなかったのはその1〜2年だけ。

樋口 尾野真千子、双子説、三つ子説⁉  朝ドラ直後はやっぱり忙しくなりますね。

尾野 アハハ。今まで縛られることなく、自分がやりたいもの、好きなものだけをやらせてもらっていたらこうなりました。
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尾野真千子 樋口毅宏 LEON.JP
樋口 じゃあ仕事ばかりというわけでもなく?

尾野 ちゃんと人間として生きさせていただきました。ちゃんと寝て、考えて、落ち込んで。ちゃんと天狗にもさせていただきましたし(笑)。

樋口 そういう経験も、映画やドラマの演技に反映されるものなのでしょうか?

尾野 されているんでしょうね。そうやって生きてこなかったら、人の痛みや自分の痛み、ありがたみもわからなかったと思います。いろんなことを感じたからこそ、今が楽しいと思います。

樋口 尾野さんは達観されてますね。

尾野 ふふふ。

「『今は誰も殺したくない』って思ったらお断りしちゃう」(尾野)

樋口 尾野さんはこの年齢にして、日本で一番代表作の多い俳優と言っても差し支えないレベルだと思うんですが。

尾野 でも作品を見ると、結構地味なんですよ。派手なお仕事あまりさせてもらってなくて。

樋口 そうですか? ざっと作品を見ると『最高の離婚』『そして父になる』など、“誰でも必ず尾野真千子見ている状況”だと思います。

尾野 だからその辺りが、“いつ寝てるんだ問題”なんです(笑)。でもそういう時って、やっぱりそういう作品がいただけるんですよね。それから自分がやりたいものってなってくると、みんなが見たがるエンタテインメントから外れて単館系とかになっていくんですよ。

樋口 なるほど。作品選びには、どんなこだわりをお持ちですか?

尾野 脚本を読んで、ただいいだけじゃダメなんです。その時の体調や気分で変わるので、例えば誰かを殺すという役をいただいても「今は誰も殺したくない」って思ったらお断りしちゃう。でも、ふと殺す映画を見て「できるじゃん」って思ったら、やっぱり受けたり。気持ちがコロコロ変わるので、事務所はすごくやりづらいと思うのですが、自分の気持ちで仕事を選ばせてもらうのだけは、わがままを聞いてもらっていますね。
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「自分の人生観が変わったのはNHKドラマ『火の魚』」(尾野)

樋口 さっき“誰でも必ず尾野真千子見ている状況”って言いましたけど、もし尾野さんの作品に触れたことがないという不埒な人に、「私を知りたければこれを見ろ」っていう作品を一本あげるとしたら?

尾野 すべての作品に愛情をもってきたから、ひとつに絞れって言われると辛いところではありますが。……ただ、自分の人生観が変わったのはNHKドラマ『火の魚』(※)。これに出てから、自分の周りや自分が変わっていったと思います。
※『火の魚』 広島の小さな島に住む老作家(原田芳雄)のもとに東京から女性編集者(尾野真千子)が通ってくる。世間から取り残された孤独な老人と時を慈しむように生きる若い女性が心を通わせていく、ちょっと切ない「命」の物語。2009年放送。
樋口 『火の魚』なんですね。僕的には悩みに悩んで、阪神大震災の被災地を舞台にしたドラマ『心の傷を癒すということ』(※)。尾野さんは、柄本佑さん演じる精神科医の妻を演じられました。全4回中、特に1回目がめちゃくちゃエモーショナルで、素晴らしかったです。
※『心の傷を癒すということ』 阪神・淡路大震災発生時、自ら被災しながらも、他の被災者の心のケアに奔走した若き精神科医・安克昌氏。志半ばでこの世を去りながらも、険しい道を共に歩んだ妻との「夫婦の絆」と、彼が寄り添い続けた人々との「心の絆」を描く。2020年放送。
尾野 ありがとうございます。うれしいです。

樋口 原作も買って、線を引きまくりました。演出をされた安達もじりさんは、朝ドラ『カーネーション』や『夫婦善哉』などの傑作でも度々ご一緒されてますが、どんな方でしょう?

尾野 ひと言で言うと、変態かな。

樋口 アハハ。ちょっと存じ上げているんですが、わかる気がする。

尾野 でも私にとって変態というのは、すごい褒め言葉。もじりさんは形ではなく、その人の気持ちを撮ろうとするんですよ。変態であればあるほど、そうだと思う。だからこそ、信じられるというか。

樋口 人の気持ちを撮るというのは、もじりさんらしいですね。

尾野 「こんな感じなんやけど〜」ってふわ〜っと言うんですよね。ふわ〜っとした中に自分のやってほしいことが詰まっていて、圧があるんですよ。ここは譲れませんよって言うことを詰め込んでくる。難しい注文をされて、はじめは「は?」って思うんだけど、なぜか答えたくなるんです。興味を持たせるんですよね。

樋口 なんだかやな奴ですね(笑)! でも上手いな〜。もじりさんってお父さんは大阪大学の鷲田清一さんで、本人は東大で。で、なんで彼を知っているかと言うと……。

(ヤバすぎる話なので省略)

尾野 なんと(苦笑)。

樋口 残念ながら活字にはなりません!
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「これまで“自分なくし”の旅をされてきたのかなという気がします」(樋口)

樋口 すでにたくさんの作品に出られていますが、今後一緒に仕事してみたいと思う監督や俳優さんとか、もっとこういう作品に出たいというのはありますか?

尾野 ありません(キッパリ)。

樋口 ウハハ。なんですか、この飄々としたパワーは!? 

尾野 いや、あるのかもしれないんですけど、私は最初に興味をもたない人間なんです。出会いたいんです。あの人に会いたいからやるとかではなく、そういう人や作品にふと出会いたい。それがいい人だったらいいですよね。

樋口 そうやって良い出会があったのが先ほどの『火の魚』だと思うんですが、他にも尾野真千子という人を形成した作品はありますか?

尾野 それこそ、毎回作っていただいているんでしょうね。私は毎回変わっていきますから。だから皆さんに作ってもらっているんですよ。
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樋口 これまでの作品で、どれが一番自分に近かったというのはありますか?

尾野 う~ん。何が近いんでしょうね。そもそも私はどんな人間なんでしょうか。私のことを知ってるようで知っていない人たちは、ガサツだって言うけれど、私はそういう覚えはないし(笑)、暗いという人もいるけど、暗くもないんです。会った時の私を見て、そう言うんだと思いますけど。

樋口 ある作品をやっている時はその役の人っぽくなっていくのでしょうか?

尾野 どうでしょう。私は私なんですけどね。でも、どういうものが私なんでしょう。もしかしたら殺人者の役が一番近いかもしれないし(笑)。どれが自分なのかはわからないですよね。自分で自分を作っている気がするし、今日だってそう思うし。どれが近いんだろう(笑)。

樋口 お話を聞いていると、なんか尾野さんは“自分なくし”の旅をされてきたのかなという気がします。これまでに出られた作品を通じて、“自分探し”ではなくて、どれが一番自分に遠いんだろうと探しているような。今日は興味深いお話をありがとうございました。

尾野 こちらこそ、ありがとうございました。
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【対談を終えて】

とてもお似合いのエレガントなドレスで尾野さんが部屋に入ってきた時、僕が何を考えていたかわかりますか? 小さな顔とつんと澄ましたお鼻の美貌に、「60年代のソフィア・ローレンってこんな感じだったのかな」と密かに考えていました。

ユーモアを交えながら悠然とお話しする様子に何度も見惚れて、大女優の風格を備えた尾野さんの掌で気持ち良く遊ばせてもらったような感じでした。今後も飄々とそしてタフネスに、国民的女優の正道を邁進する尾野さんを陰ながら応援させてください。
尾野真千子 樋口毅宏 LEON.JP

● 尾野真千子(おの・まちこ)

1981年11月4日、奈良県出身。『萌の朱雀』(97/河瀨直美監督)で映画主演デビューし、第10回シンガポール国際映画祭最優秀女優賞を受賞。以降、第60回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作『殯の森』(07/河瀨直美監督)、『クライマーズ・ハイ』(08/原田眞人監督)などに出演し、第66回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞作『そして父になる』(13/是枝裕和監督)で第37回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。テレビドラマ「Mother」(10/NTV)、連続テレビ小説「カーネーション」(11/NHK大阪)、「最高の離婚」(13/CX)ほか、近年の出演映画に『影踏み』(19/篠原哲雄監督)、『ヤクザと家族 The Family』(21/藤井道人監督)、『明日の食卓』(21/瀬々敬久監督)、『ハケンアニメ!』(22/吉野耕平監督)、『こちらあみ子』(22/森井勇佑監督)、『ミニオンズフィーバー』(22/カイル・バルダ監督)[ベル・ボトム役日本語吹き替え]、『サバカン SABAKAN』(22/金沢知樹監督)など。『茜色に焼かれる』(21/石井裕也監督)では各映画賞の主演女優賞を多数受賞した。
公式HP/尾野 真千子

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● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新作は月刊『散歩の達人』で連載中の「失われた東京を求めて」をまとめたエッセイ集『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』
公式twitter 

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『千夜、一夜』

北の離島にある美しい港町。登美子(田中裕子)は30年前に突然姿を消した夫の帰りを待ち続けている。彼はなぜいなくなったのか。⽣きているのかどうかすらわからない。漁師の春男(ダンカン)が登美⼦に想いを寄せ続けるも、彼女がそれに応えることはない。そんな登美⼦のもとに、2年前に失踪した夫を探す奈美(尾野真千子)が現れる。彼⼥は⾃分の中で折り合いをつけ、前に進むために、夫が「いなくなった理由」を探していた。ある⽇、登美⼦は街中で偶然にも失踪した奈美の夫・洋司(安藤政信)を⾒かける。
監督はドキュメンタリー出身で劇映画デビュー作『家路』(2014)がベルリン国際映画祭パノラマ部門正式出品の快挙を成し遂げるなど、国際的な評価を積み上げてきた久保田直。
10月7日から全国公開
HP/映画『千夜、一夜』公式サイト

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