2022.10.17
吉富愛望アビガイル「とにかく飛び込んでから考える。人体実験型の人間だと言われています」
外資系投資銀行のアナリストとして勤務しながら「モーニングショー」(テレビ朝日)のコメンテーターとしても活躍する吉富愛望アビガイルさん。20代ですでにさまざまな領域を横断した職業を経験し、世界からの視点で日本を語る注目の才媛。その素顔に迫ります。
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文/牛丸由紀子 写真/トヨダリョウ
世界を数式で解くために選んだ物理学
吉富 両親とも研究者をしていて、父は日本人、母はイスラエルの出身です。私が生まれたのもイスラエルですが、生後3カ月で日本に移って、以来こちらに住んでいます。早稲田大学から東京大学大学院に進み、現在は外資系投資銀行でアナリストとして、M&Aを目指す企業のアドバイザリー業務を担当しています。また多摩大学ルール形成戦略研究所の客員研究員としても活動しています。その他に「パシフィックフォーラム」、「パースUSアジア」(※)という海外のシンクタンクにも所属しています。
── 金融や経済などさまざまな分野で活躍されている吉富さんですが、意外なことに大学では物理学を専攻されていたんですよね。
吉富 大学では先進理工学部で物理を学んでいました。物理学に興味があったのは、物事を正しく説明できるようになりたい、正しく把握できるようになりたいという思いからです。両親ともに半導体の研究者で、私が中2の時、父から「世界を変えた式―アインシュタインvsニュートン」という本をもらったんです。最初は読んでもまったく理解不能(笑)。でもわからないなりに読んでいたら、なぜ相対性理論が証明されたかという話のところで、突然「わかった!」という瞬間があったんです。その時の、わかった! という感覚がすごく印象に残っていて、物理が好きになったんです。
吉富 学生時代は「数式で全部世の中を解きたい!」と思うぐらい物理にはまっていました。なかでも私が勉強していた原子核物理は、物を構成する最小の粒である原子の研究。極限のシンプルな部分を突き詰めていくわけです。ただ、ふと考えればそれって地球や世界の複雑性とはまったくの対極にあるもの。実社会との距離が果てしなく離れているということに気がついたんです。
── 少しずつ社会を知るようになって、今自分がいるところでは実社会と乖離してしまうと?
吉富 物理そのものはすごく美しくて安心ができて、私にとっては綺麗な音楽を聞いているような居心地のいい場所だったんです。でも世界はクラシック音楽だけ成り立っているわけじゃない。他の音を知ることでちゃんと音楽を理解できるのではないかと思ったのが、異業種へと進んだきっかけです。
ブロックチェーンで知ったルール策定の重要性
吉富 最初はブロックチェーンにかかわり、その後は日本酒の“awa酒”の普及、そして現在のM&Aの業務に至ります。かなり一貫性がないみたいですよね(笑)。でも、自分としてはまず新興産業の育成に興味があったということ、いろんな側面で国の振興のためになるということは軸になっていました。実はブロックチェーンや暗号資産の領域は、一時期日本がリードしていたときがあったんですよ。
── そうだったんですか。
吉富 新しい技術が生まれると、最初は国の管轄が決まらないのでその領域でビジネスをしようとする人たちが困ってしまうことが多いんです。そんな中、世界で初めて暗号資産に関するルールを作ったのが、実は日本だったんです。
当時はビットコインのトランザクション量が世界で一番になって、その頃に私もブロックチェーン業界に入り、海外企業の国内参入などのお手伝いをしていました。
その中で、新しい領域に対していち早くルールを作る重要性をすごく感じました。アメリカや欧州など他人任せにするのではなく、自分たちでルールを作り、あるべき姿を示す。それによって国際市場で優位性を保つことができることを身をもって学びました。
その後、ルール形成戦略を学び、多摩大学のルール形成戦略研究所の客員研究員になったのも、この時に感じたことが大きなきっかけになっています。
吉富 そうなんです。親にも言わず東大の大学院を中退してまで入った会社が、数カ月ぐらいで解散。本当にどうしようと(笑)。でもそこは切り替えて。次にやりたいことを考えた時に、やっぱり何か人や国の利益になるものがいい、ならば日本の強みとは? と思ったんです。
ある学者が、国力とはお金、軍事力、技術、そしてソフトパワーだと言っていたのですが、今の日本は技術も軍事力も世界の最先端ではない。人口も減っていく中、国の資金もどうなるかわからない。残るソフトパワーが重要なのではないかという思いに至ったんです。
吉富 イスラエル出身というのもあると思います。母の家族もいるので子供の頃からよく訪ねていますが、イスラエルは世界でも数少ない男女両方とも徴兵制度がある国ということもあって、国のためにという考えを持つ方が結構多いんです。だから私も自然と日本に対する責任感というか、日本の利益になるようなことをやりたいなと思っていました
まずは飛び込む、異業種への挑戦
吉富 ソフトパワーの中でも伝統的なもので、海外への売り方に困っているお客様と一緒に何か新しいものを提案していけないかと、入ったのが日本酒の世界です。特にシャンパーニュ製法で作った日本酒、awa酒の普及活動をお手伝いしていました。私がお手伝いさせていただいていたawa酒の普及・認証団体「一般社団法人awa酒協会」には1社だけではなく10~20蔵と多くの蔵が集まり、色々な基準を決めたり、awa酒をカテゴリー化できるよう活動していました。
── ところが、次はまったく異なる分野に移られます(笑)。
吉富 もともとは新興産業の育成に興味があったので、スタートアップで働いてきたのですが、同じように新しい領域に参入していく場合、もし大手企業ならどういったことが障害になるのかも知りたいと思い始めたんです。
なかでも企業の価値を明確化し、次へとつなげていくM&Aの領域が非常に面白そうだなと思いました。ただ、何しろ理系で金融の経験もない。事務職でもかまわないと思って仕事を探していたところ、今の会社がリサーチアソシエイトという役職を作ってくれて、勉強してアナリストになる機会をいただきました。
自信の根拠は肩書ではなく自分自身に
吉富 まさにそうですね。とにかく飛び込んでから考える。まわりからは「人体実験型の人間だ」と言われています(笑)。
── 読者の、いわゆるおじさま世代は、一つのことを長く続けることを良しとする文化で育ってきたところがあるので、どうしてもそれまでの価値観に縛られ、変化に柔軟になりきれないところがあります。
吉富 確かに、この道30年と一つの仕事を続けていくのはすごいことだと思います。でも一貫性って、別に一種類とは限らないと思うんです。
私の場合、業界はまったく異なりますが向かっている目的は同じ。例えばいろんな業界でのルール策定もそうですし、awa酒や、今、私が力を入れている培養肉による日本の食の進化や問題解決は、国の利益へとつながっていくと信じています。自分の関心事を軸にしていろいろな仕事をしても、私にとってベースは一貫しているんです。
吉富 やっぱり自分自身の考え方に自信を持てるかがカギになると思います。自信といっても過大評価するというのではなく、自分の考え方を好きになるという方が正しいかもしれないですけど。自信の根源がどこにあるのかがすごく大切で、会社の名前や役職、出身大学のような自分の外側に自信の根拠があるとすごく危うい。例えば急に病気で会社を辞めなきゃいけないなど、そのよりどころが急になくなってしまった時に、一気に自信を保てなくなってしまいますよね。そうなると自分を否定することになったり、新しい次のステップに踏み出せなくなってしまうと思います。
後編(こちら)に続きます。
吉富愛望アビガイル(よしとみ・めぐみ・アビガイル)
1993年、イスラエル生まれ。早稲田大先進理工学部卒、東京大大学院中退。多摩大ルール形成戦略研究所客員研究員。ブロックチェーン技術に関わるベンチャー企業で海外案件のプロジェクトマネジメントに従事、イスラエル国防軍のSAR-ELプログラムに参加、多摩大学大学院にてルール形成戦略コースを修了。また、日本のソフトパワー研究として、伝統産業をテクノロジー活用で育成する会社への参画を経験。現在は、欧州系投資銀行のアナリストのかたわら、培養肉等の細胞農業食品のルール形成を行う「細胞農業研究会」の広報委員長を務め、運営に参画している。