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2022.10.18

20代で漁師たちのボスに。彼女の皆が幸せになる新ビジネスとは?

10月5日スタートのドラマ『ファーストペンギン!』は、漁師たちのボスとなった20代女性の奮闘記。女優の奈緒が演じる主人公のモデルとなった坪内知佳さんの、“ファーストペンギン”と呼ばれる挑戦に迫ります。

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文/吉岡名保恵(フリーライター)

記事提供/東洋経済ONLINE
女優の奈緒が主演を務めるドラマ『ファーストペンギン!』(日本テレビ系で10月5日スタート)は、山口県萩市・萩大島で、ひょんなことから漁師たちから頼まれ、“ボス”となった女性が数々の困難に立ち向かう実話から生まれた。

主人公のモデルとなったのは、著書『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』を出版した坪内知佳さん(株式会社GHIBLI代表取締役)。なぜ坪内さんは、最初に海へ飛び込むファーストペンギンのように、勇気を持って挑戦を続けられたのだろう。
▲ ドラマ「ファーストペンギン!」の主人公のモデルとなった坪内さん。(写真:『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』©︎畑谷友幸)

月給3万円で漁業の未来を担う

坪内さんは20歳で大学を中退し、結婚を機に山口県萩市へ移住。子どもを授かったものの、23歳で別居しシングルマザーになった。子育てと両立するために選んだのは、得意の英語力を生かした翻訳業。

あるとき観光協会の依頼で請け負った翻訳の仕事が縁で、旅館の経営者から改革を一緒にやってくれないかと頼まれた。「やらせていただけるなら」と引き受け、仲居さんの指導にあたっていたとき、旅館の宴席に出席していた萩大島の漁師、長岡秀洋さんと出会った。

萩大島は萩市の沖合8kmにある島で、人口約600人。ほとんどの島民が漁業に携わる漁師の島で、主に7〜8隻の船で船団を組み、巻き網漁を行っている。長岡さんは松原水産という船団の漁労長で、漁の指揮をとる現場監督のような人だった。
▲ ドラマの撮影現場訪問やメディア対応で上京した坪内さんにお話を伺った。(筆者撮影)
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漁獲量の減少、消費者の魚離れ、燃料代の高騰など、漁業は苦境に立たされている。萩大島も例外ではなく、危機感を持った長岡さんは何とかして打開策を見いだそうとしていた。しかし自分たちだけではパソコンを使えず、何をしていいかもわからない。

そこで偶然知り合った坪内さんに、一緒に生き残り策を考えてほしいと頼んだのだった。最初の約束は、月給3万円。半ば強引に頼まれたが、坪内さんは不思議と断る気持ちにはならなかったという。

「子どもに自分はどんな背中を見せられるだろうかとずっと考えていて……。まったく見ず知らずの業界だけれど、本気で島の漁業を変えたいと思っている彼らと一緒に挑戦すれば、私でも何かを残せるかもしれないとワクワクしました」

ちょうどそのころ、国は六次産業化・地産地消法を公布。六次産業化とは、一次産業である農林漁業が生産だけではなく、加工などの二次産業、さらにサービス・販売などの三次産業まで一体的に手がけ、新たな価値を生み出して経済の活性化を図る取り組みだ。「一・二・三」は足し算でも、掛け算でも「六」になることから「六次産業」と言われている。

長岡さんたちは市場を通さず、漁師自ら魚を箱詰めし(加工)、直接消費者に送る(流通・販売)ビジネスモデルで漁業の六次産業化を図り、新たな価値を生み出そうと考えていた。その事業計画を農林水産省に申請し、認定を受ければさまざまな支援が受けられ、認定業者としてお墨付きが得られる。

そこで事業計画書の作成を坪内さんが担当し、申請者として「萩大島船団丸」という任意団体を結成。長岡さんが代表者になるはずだったが、「難しいことはよくわからんから、あんたがやってくれ」と頼まれた。こうして魚の見分けがつかないほど素人だった坪内さんは、漁師たちを束ねる“ボス”になったのだ。

坪内さんの中に生まれた確信

一方、事業計画をまとめるため、漁業の現状についてリサーチするうち、坪内さんの中である確信が生まれた。それは自身の生い立ちに関係する。坪内さんは子どもの頃から化学物質に過敏に反応する体質で、添加物を受け付けなかった。

人一倍、食べ物に敏感だったからこそ、初めて萩大島で魚料理を食べたときの感動が忘れられない。「息子はもちろん、すべての未来を生きる人たちに、萩で獲れる新鮮で安全な魚を食べてもらいたい」、その思いが事業のビジョンにつながっていく。
▲ 萩大島の風景。萩市内からはフェリーで約25分かかる。(写真:『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』©︎畑谷友幸)
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事業計画を立てるのは初めてで苦労したが、2011年3月、農林水産省に計画書を提出。その内容は主力であるアジとサバはこれまで通り萩の市場へ出荷するが、網にかかったスズキやイサキなどほかの魚は船団丸ブランドの鮮魚セット「粋粋(いきいき)BOX」として漁師自らが詰め合わせ、消費者へ直接販売する、というものだった。

こうして船団丸は中国・四国地方の水産関係で「六次産業化法」の認定を受けた初めての事業者となったのである。

喜んだのも束の間、机上の計画書を現実のものにしていく道のりは、想像以上に厳しかった。主力の魚はこれまで通り漁協を通して出荷し、タダ同然で取引されていたそのほかの魚だけを直接、消費者に卸すのだから、シンプルに考えれば誰も損をせず「三方良し」のビジネスになるはずだった。

しかし、漁協や関係者から想像以上の抵抗が起きた。漁協によって何十年にわたって確立されてきた消費者へ魚を届けるプロセスを、一部の魚とはいえ船団丸は変えようとしているのだ。反発が起きるのも無理はなかった。

嫌がらせのようなこともあった。それでも「陰口を言う人がいる一方、組織の中でリスクを冒してまで、私たちの味方になってくれた人たちもいる。そういう人たちを裏切れないという気持ちしかなくて、何を言われようとやめる選択肢はなかったし、萩の漁業を守るためには絶対やり続けるしかないと思っていた」。

とはいえ、漁協と漁師が運命共同体のように、強固に結びつくコミュニティだからこそ、周囲からの反発があると船団丸の漁師たちも動揺する。長岡さんも同じで、たびたび坪内さんと意見の相違で激しく言い争い、取っ組み合いのケンカまでした日もあった。

坪内さんが大切にしている仲間選びの基準

しかし坪内さんが大切にしている仲間選びの基準「同じ一本の花(美徳)を、一緒にきれいだねと言えるかどうか」、すなわち「萩の漁業を後世に伝えたい」という点で、坪内さんと長岡さんは強い絆で結ばれていた。

それは、他のスタッフも同じ。言い争いの末、けんか別れしそうな雰囲気になっても「どこかで災害があったり、事故が起きたりすると、たとえそれが自分たちの味方ではなくても、一致団結して助けに行く。そういう行動がパッとできる集団だから、何が起きても一緒にやり続けられる」と揺るぎない信頼が築かれていた。

顔を突き合わせて意見を言い合い、衝突を恐れない関係。ヒートアップすると「ふざけんな!」「出ていけ!」など激しい言葉が飛び交うが、「衝突が怖くて直接の話し合いを避ければ、後々陰口を言ったり、人づてで話が変わったり。

そうなると10倍、20倍も時間と労力をかけなければ解決しなくなる。それは嫌だし、もっと言えば話がねじれた結果、取り返しがつかないぐらい誰かが追い込まれる事態には絶対にしたくない」と坪内さんはひるまなかった。

ケンカは、全員が同じ方向を向くための、大切な磨きあいのプロセスだったのだ。
▲ 船団丸を始めたのは運命的な導きだった、と話す坪内さん。未来を見据え、さらに挑戦を続けている。(写真:黒田 剛)
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著書に詳しく書かれているが、「粋粋BOX」の出荷が軌道に乗るまでは苦労の連続だった。何より魚を獲って市場に卸すだけでよかった漁師たちが、商品の箱詰めから伝票書き、梱包などの作業を顧客が求めるクオリティで取り組むのは至難の技。結果、クレームが相次ぎ、坪内さんが必死の思いで獲得してきたお客さんが離れていく事態にもなった。

言いたい文句は山ほどあったが、漁師たちにいきなり高いレベルを求めるのは酷だというのは坪内さんもよくわかっていた。そこで「こうしたほうがいい」と感じる理想の形があっても、いきなり100%の完成を目指さず、「今日はこれができたらいいよね」という心構えで一つ一つ、課題に取り組んだ。

「一つができたら、じゃあ次はこれ、の繰り返しを12年続けて、ようやく今がある。船団丸を始めたころに、いきなり全国展開を目標に掲げ、徹底的に手入れの行き届いた、飛び抜けて素晴らしい商品をECサイトで売ろう!なんて言っても、誰もついてこなかった」

船団丸の事業が安定した頃合いを見計らい、坪内さんは2014年、鮮魚販売部門、旅行部門、環境部門、コンサルティング部門という4つの事業部を設け、株式会社「GHIBLI (ギブリ)」を設立。事業を多角化し、漁に出られない時期も漁師たちが安定して収入を得られる仕組みを作った。

現在は船団丸ブランドで鮮魚に加えて野菜も販売。鮮魚は全国10カ所で展開、2021年からは加工事業も本格的に開始し、2022年には萩市内に加工施設もオープンした。さらに国産の真珠ブランド「Euripides(エウリピデス)」や、リモート留学サービス「The world alliance2021」など、事業は多方面に拡大している。

その背景には「生産者の声を届けたい」「本物のパールの価値を伝えたい」「漁村で働くみんなにも、世界を知ってもらいたい」など、必ず何かしらの理由がある。「目の前にいる人の心を満たし、幸せになってもらう方法はないだろうか」、事業化はすべてそこからスタートしているのだ。

ファーストペンギンとして駆け抜ける

自分たちがいなくなった何十年先に、「この水産の仕組みは大昔に船団丸の人たちがやり始めたんだよ」と語られればいいと思っていた。しかしドラマ化が決まり、幸いにも生きているうちにスポットライトが当たる機会に恵まれた。海、漁業、水産について知ってもらえるのはありがたく、今だからこそ声を出して伝えたいことがある。

「日本は今、世界で一番食が安い国と言われています。でも“食べることイコール生きること”なのに、本当に安全で、安心して食べられるものが十分に行き渡っているかと言えばそうではない。だから、これからも安全・安心な食べ物を供給する存在であり続けたい」

そしてその思いは、海洋汚染をはじめ環境問題への警鐘につながる。「全国各地で環境の悪化を感じつつも、今までは重すぎるテーマで大きな声では言えなかった。でも今の立ち位置なら“一人一人がせっけんのワンプッシュを減らすだけでも海はきれいになる”など、消費者の皆さんに直接、語りかけても大丈夫だと思えるようになった」。

実は坪内さんには、病気で生命の危機に陥った経験がある。だからこそ「毎日を精一杯生き、後悔しない人生を送りたい」。ファーストペンギンと呼ばれる由縁となった挑戦を恐れない姿勢には、そのような人生観が色濃く反映されていた。
『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』

『ファーストペンギン シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡』

泣けて、笑えて、勇気が出る!
日本テレビ系ドラマ『ファーストペンギン』主人公のモデルになったシングルマザー社長の自伝。気の荒い漁師たちと幾多の衝突を超えて夢を叶える!
田舎の漁村ゆえの排他性、「女のくせに」という偏見、漁協のいやがらせ、仲間であるはずの漁師たちの反乱……。
ひょんなことから、漁師たちをまとめる船団の社長に就任したシングルマザー。魚や漁業のことはずぶの素人。それでも先細る一方の萩大島の漁業を守ろうと改革に立ち上がる。口より先に手が出る漁師と、時に殴り合い、時に宥めすかしながら、島の漁業を新しいビジネスにすべく奮闘する。
ドラマでは女優・奈緒が演じる主人公本人が綴ったヒューマン・ストーリー。

坪内知佳・著 講談社 1650円(税込)
※書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

当記事は「東洋経済ONLINE」の提供記事です

ドラマ主演の奈緒さんのインタビューもどうぞ♡

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