2023.01.20
プロ冒険家 阿部雅龍「それでも僕が南極に行く理由」【後編】
大学在学中に冒険活動を始め、2022年に植村直己冒険賞を受賞したプロ冒険家の阿部雅龍さん。人類未踏の「しらせルート」での南極点単独徒歩到達に挑戦する思いを伺いました。
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写真/田中駿伍(maettico) 文/木村千鶴 編集/岸澤美希(LEON.JP)
前人未到のルートでの南極点到達を目指して
前編の冒険家になるまでの経緯に続いて、後編では南極での冒険について伺います。南極点は夏でも平均気温が約−30度に及ぶのだとか。そんな環境でたったひとり……極限状態で阿部さんが感じることとは?
「憧れた先人の思いを受け継いでラインを引いていく」
阿部雅龍さん(以下、阿部) 55日間かけて到達しましたが、あの時はもの凄い雪でした。南極って極端に乾燥していて、通常雪が降らないんですよ。そもそも極端に気温が低いと空気中に水を含めないんです。
あの時は、たまたま海からの湿気を含んだ風が大きく流れ込んで雪になったために進みが遅くなり、計画にも苦しめられて、プレッシャーはかなりのものでした。
ただあの挑戦は、現在チャレンジしている100年前の探検家・白瀬矗(しらせ のぶ)南極探検隊長ができなかった「しらせルート」を実現するための、ある意味の前哨戦といいますか、実績作りという意味が大きかったんですね。
── 阿部さんが2021年に目指した、人類未踏の「しらせルート」ですね。この時には惜しくも断念され、また今年の11月に再チャレンジされると伺っていますが、この「しらせルート」は、誰かが決めたルートなんですか。
阿部 僕が先人に敬意を表して決めたルートです。白瀬さんは断念したので、その先どう行こうとしていたかは誰にもわかりません。憧れた先人が断念したルートの先は僕がつくるものと思っています。先人の思いを受け継いで、僕がラインを引いていくものなんです。
「孤独は人との比較によって感じるもの」
阿部 全くのひとりだと、孤独という感情は存在しないです。孤独は人との比較によって感じるんだと思います。南極は寒くて乾燥していて、ウイルスや微生物も仮死状態になる環境です。自分以外の生命体が360度存在しないんですよ。そこまでいくと己のみになって、逆に孤独は感じません。
阿部 確かに、忙しいこととの合わせ技で、余計なことを考えないようになっているのかもしれません。限られた時間の中で困難なチャレンジを遂行させなければいけないから、凄く忙しいんですよ。1日のうち歩くのは12時間。雪や氷を溶かして水を作るのにも1時間から2時間かかり、テント設営も風の中だとえらく大変で、撤収と設置だけでも1時間以上かかる。日記を書く、食べてエネルギー補給をする。壊れた装備のメンテナンスをする。SNS発信をするために、衛星携帯で写真とGPS位置を僕の事務局に送る。それをすると、睡眠時間は6時間がやっと。長期間冒険を続けていると疲労が溜まって、動きが緩慢になるのでもっと時間が足りなくなるんです。
── その中では焦りも出てきそうですね。
阿部 特に前回の南極点単独徒歩到達に関しては撤退で終わっていますから。自分がこなすべきタスク(距離数)が日々残っていくので、焦るし、達成できないのではないかという不安も大きくなっていきました。
── 多くの人の協力を得ている冒険ですから、成功へのプレッシャーは大きいですよね。
阿部 そうですね。人から支援される人間としての責任はもっていなければいけないと思います。しかも自分が南極を歩きたいという超絶ワガママなことに対して、皆さんからお金をもらっているわけですから。だからこそ、達成できなかったら顔向けできないとか、いろんな気持ちなり事情なりが弱った身体にのしかかってきます。身体も大事だけど、精神的な強さは求められますね。
「南極はとてつもなく美しくて、恐ろしい場所」
阿部 時間切れです。滞在できる日数が通常よりも2週間ほど減ってしまったりとか、天候も悪かったりとか、色々と要因はありますけれども、やっぱり一番の原因は自分の弱さにあると思っています。計画した通りにできなかったのは、自分に甘さや弱さがあったから。言ったからには成し遂げるということが、本来のやるべきことなんで、100パーセント自分の責任です。
撤退は南極横断山脈という、標高4000m級の山々を越えていくルートで、クレバス(氷の割れ目)だらけの氷河を登っている最中に決断しました。そこではチャーター機がピックアップできないので、50kmを歩いて下山しました。
── 辛いですね。南極の山脈はどんな場所でしたか。
阿部 とてつもなく美しくて、とてつもなく恐ろしい場所です。とにかくいるのが怖い。でも美しい。青いクレバスが落とし穴のように空いていて、視認できるクレバスのほかに、ヒドンクレバスという雪が覆い被さって隠れているクレバスもあり、そこに落ちたら一発アウト。それがもう無数にガバガバ空いてるんです。今いる自分の足元が本当はヒドンクレパスで、下は地獄の底に繋がっているのではという恐怖が常にある。
でもね、そういう世界って本当に美しいんです。空は青、雪は白。クレバスや押し固められた氷も青だから、白と青の2色しかない世界。モノクロームに近いですね。
阿部 南極点に立って何が見えるか、自分が何を感じるかが知りたい。そういう欲求ですね。ワガママとも言えますが。南極点に立ってもトロフィーがあるわけでも、パーティーがあるわけでもない、何もありません。でも行きたい。僕自身もわからないんですよ。いろんな理由付けはできるんですが、でも、「わからないことを知りたいから行く」というのが、冒険家の考え方なのかもしれません。
── 阿部さんは植村直己冒険賞を受賞されていますが、社会的に評価されることなどは冒険をする動機になりますか。
阿部 評価してもらえることはうれしいし、結果的にそういうことから活動に支援してくださる方がいて、それで飯を食っているわけですから、とてもありがたいです。でも、賞をもらうためにやっているわけじゃないですね。結局のところ自分なんです。やっぱり、自分がやりたいからやっています。
── 堂々と言ってくださってありがたいです。社会の中で生きていると、人の目を気にしてやりたいことをしないことも多いと思うんです。以前は阿部さんにもそういう気持ちはありましたか。
阿部 もちろん。やっぱり人目ばかり気にしていたし、そんな自分が嫌でした。それが吹っ切れたのは、恩師のところに弟子入りした時かもしれません。親からも半ば勘当されたし、友達からも「お前馬鹿じゃねえの」って散々言われたんですよ。でもこの道を選ばなかったら、一生自分は変われないんじゃないかと思った。その覚悟をした瞬間に変わったのかな。
「失敗を認められる大人でありたい」
阿部 自分の失敗を認められる人間です。僕はお金を集めて南極でチャレンジをして、昨年の1月に途中撤退してきた人間なんです。その時、自分の失敗を認めて帰るということが、ものすごく苦しかった。クレバスがね、あの氷の割れ目が甘い誘惑に見えるんですよ。
死が誘惑に見えて、生きて帰ることの方が、こう、凄く渇いてるというか……。このまま帰って無様な姿を晒すんだったら、このまま割れ目に行ってやろうかとふと思ってしまうんです。でもやっぱり、生きてちゃんと帰って、自分の失敗を認めることこそが大事なことなんですよね。
── 冒険では死は常に目の前にありますもんね。生きて帰ってきてくださって本当に良かった。
阿部 あの状況では簡単に自分を追い詰めることができるんです。誰も、何も、自分を勇気づけてくれるものがない。あの経験で、「生きているってことだけでも勇気があることなんだ」と思いました。20年間も冒険をやってきてそこそこやれていると、失敗したくないわけですよ、正直。守りに入っちゃうので。
── 成功体験を持っているからこそ、失敗が怖くなるんですね。
阿部 僕は前回の「しらせルート」の挑戦で、人生最大の失敗をしました。だからこそ自分の失敗を認めて、それを改善してまたチャレンジできる人間でありたいと思っています。今現在、自分が思うカッコいい大人はそういう人間です。
── 今年、再チャレンジですね。
阿部 はい、前回ピックアップを受けたポイントから再スタートします。僕がやりたいことは、白瀬さんができなかったルートを南極点まで繋いでいくこと。そして応援してくださる方々に、南極点に立った時に何が見えたかを伝えることが使命です。昨年40歳になったのですが、今が冒険家として最高潮と言える年齢なんですよ。体力も落ちてないし、ある程度の経験もあります。しっかり成し遂げてきます。
── 応援しています。
● 阿部雅龍(あべ・まさたつ)
夢を追う男/プロ冒険家。秋田県出身。秋田大学在校中から冒険活動を開始。全て人力単独行。2017年に人力車をひきながら日本の一宮68箇所を巡る「リキシャジャパントラバース―一宮68箇所人力車参り―6400㎞」を達成した。2019年1月に日本人初踏破の「メスナールート」による南極点単独徒歩到達918kmを達成。2021年に人類未到の「しらせルート」での南極点単独徒歩到達に挑戦。2023年11月に前回のピックアップポイントからの再挑戦を予定中。
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