代表を務める山本豊津さんは、世界中のアートフェアへの参加や展覧会および都市計画のコンサルティングも務めるほか、多くのプロジェクトを手がける、いわばアート界のキーマン。そんな氏に、東京画廊、そしてアートを取り巻く現在の状況を伺いました。
山本豊津さん(以下、山本) 東京画廊は私の父が始めました。いまも父の代から目指してきたものを重視しています。質の高さはもちろんですが、それを維持するための意識も重要である、と。ピックアップするアーティストや作品、そして空間作りなど、私自身勉強の日々です。
ありがたいことに日本で初めて現代アートを取り扱った画廊として認知いただいていますが、父は1970年代に東アジアの中で現代アートのコンテンツを作ろうと、韓国のアーティストや作品を紹介することになりました。
その後、1990年後半から弟の田畑幸人が中国の現代アートも始めたんです。その頃から日本はもちろん、韓国や中国といった東アジアの美術を世界へ発信していくことを画廊の目標としました。
山本 これは「ホワイトキューブ」といって、1930年頃に「MoMA」が始めた現代アートに適した空間なんです。さまざまな国で現代アートが活発になる媒体であるこの真っ白で無機質な空間は、それぞれの国の文化的属性を切り離すことができます。なので、どの国で扱っても抽象化された画廊空間だと、作品自体の意味に集中できるんです。
そして照明は抽象化を増すために自然光と同じ光を使っています。現代アートを展示する際は作品単体ではなく、レイアウトも含めて全体をひとつの作品として見せるため、フラットな光で場所によって文化的な差がつかないほうが望ましいんです。
ちなみに、近代美術はスポットライトを使っていますよね。あれは近代美術が作品を一点ずつ見せるものだからです。つまり、現代アートは空間全体の空気を体験していただくものというわけです。
── 2002年には北京に「BTAP(ビータップ)」をオープンされましたが、そこはどういった画廊なのでしょうか?
山本 「BTAP」は私の弟が2002年に始めました。工場跡を使っているのですが、それがおもしろいんですよ。1949年に中国共産党が中華人民共和国を建国したのですが、それ以前に社会主義の国を作った東ドイツが援助してできた工場なんです。中華っぽさはないのですが、壁に「毛沢東万歳」と書かれていて。そんなペイントが残るのは中国でも貴重らしいんです。
ここは実は北京オリンピックの際に再開発の対象となっていたのですが、規模が大きくて時間がかかるため、一部がしばらく貸しスペースとなります。すると、あれよあれよと世界中のギャラリーが100軒以上も集まって、世界的に有名なアートタウンとなってしまったんです(笑)。
その先駆けが「BTAP」なのですが、北京の新観光名所に、と北京市が再開発をストップして現在に至ります。いまはギャラリーが上海などに移り始めて、ニューヨークのSOHO地区に似た場所といえば皆さんに伝わるでしょうか。
山本 ものすごく高いですよ。特にアートは資産のひとつとして注目されています。国の特性として不動産が資産であるという認識をもちにくいので、その代わりにアートに高い資産性を見出したわけです。そういった意味では、欧米に意識が似ているところもありますね。
日本に比べて中国や韓国は欧米へ留学する人が多くて、そこで生活していると自然とアートに触れ合う機会が増えるという点もアートへの関心が高い理由かと。それは日本がアーティストのレベルは高いけれど、現代アートのコレクター側としては後進国であるという原因にもなっているでしょうね。
山本 アートを目の前にして、話してはいけないというのはおかしいですよ(笑)。欧米の美術館ではキュレーターが絵画を前にして子どもたちと話している光景をよく目にします。図書のコレクションからアートのコレクションへ発展した歴史的経緯があるからかもしれませんね。アートはコミュニケーションのツールでもあるので、ぜひ手に入れて話すことを楽しんでほしいです。自宅であればそんなことを気にする必要はありませんから。
── ギャラリーであれば識者から話を聞くことができて、そのまま購入することもできるので、むしろ初心者が楽しめるかもしれないですね。
山本 ギャラリーではまず展覧会を見ていただくことが重要です。そのなかで買ってくれる人がいればありがたいですが、全員に買っていただけるとは思っていないので、気軽にギャラリーに入ってもらえればうれしいですね。
もし気になったものがあれば、値段を聞いてみればいいんです。特に銀座の画廊は高額な作品ばかりというイメージがあるかと思いますが、そんなことはないですから。うちでも数万円で買える作品を扱うこともあります。LEONに載っているスーツと同じくらいのものも多いですよ(笑)。
まずは一点好きなものを買っていただきたいですね。買ったら人を自宅に招いて、コミュニケーションのきっかけにしてみるのも一興だと思います。
山本 明らかに増えていますよね。そもそもアートを購入することは投資でもあるので、ギャンブル性はあります。基本的には美術の歴史に残ったものが高くなりますから。
自分の買ったもので何かひとつ当たれば、それまで投資してきたすべてがチャラになるくらいの値段になることもありますし。下手したら馬券よりも確率が高いのでは(笑)。
ただ、感覚は馬券に似ていても、馬券は買ってすぐに結果が出ますが、アートは早いものもあれば、何十年、何百年かかることもあります。アートについては、もしかすると楽しみ方が享楽的ではないかもしませんね。
ただ、アートは本来時間を楽しむことなので、そんな魅力にも気付いていただけたら幸いです。私は本を読むことも、お洒落をすることも資産だと思っています。お洒落の価値は難しいですが、人から「素敵」と思っていただければ、それは重要な資産となるはずです。
元々ファッションは民族衣装だったわけですが、三宅一生さんのように日本的なエッセンスをモダンに落とし込むことは、現代アートに通じるものがあります。
昔は国によって暮らしの価値観が違いましたが、現代は世界が同質化しています。同じ国の都市と地方よりも、異なる国の都市と都市の方が感覚が似ているのではないでしょうか。
いまは世界中の大都市にいる人が同じ感覚を持っているように思います。いわゆるグローバルスタンダードですね。そういった点においても、アートとファッションには共通点が見られます。
山本 作家の思想の断片を買うというのが、顕著になっています。いま展示しているのは石井友人さんの作品ですが、この展覧会に来ていただく、さらには買っていただくということは、彼の考えの文脈の一部を持ち帰っていただくということです。そのようにしてご自身の価値観や世界観を広げていくことが、アートの大切な楽しみ方だと思います。
ちなみに、絵画が抽象化した原因は写真が生まれたからです。アートは新しいテクノロジーが生まれると、その前のテクノロジーがアートになるという性質があります。
その後、映像が誕生したことで写真がアートになりましたよね。いまは映像機械の発達などによって、映画もアートとなりつつあります。そんな視点でアートを見てみるのも、楽しいのではないでしょうか。
「ぜひ気軽に来ていただきたい」とのことなので、銀ブラがてらフラッと立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
● 東京画廊
1950年に創業した日本最初の現代美術画廊。1960年代に欧米の新しい動向を導入後、日本の戦後美術、そして韓国・中国の現代美術をいち早く取り扱い、世界に紹介。2002年には北京・大山子地区にBTAP(ビータップ)をオープン。2006年に屋号を東京画廊+BTAPと改め、東京と北京を拠点に、幅広い世代・地域のアーティストを国内外に発信。東京画廊は山本豊津、BTAPは田畑幸人が代表を務める。
住所/東京都中央区銀座8-10-5 第4秀和ビル7F
TEL/03-3571-1808
営業/12:00~18:00 日、月、祝休
HP/https://www.tokyo-gallery.com