2023.02.15
六角精児「人生には沈んでいく気持ち良さ、ダメになっていく安心感もある」
いろんな噂は聞きつつも、いつも飄々と楽しそうに生きている姿がなんともカッコいい。ずっとそう思って見てきた六角精児さんに話を聞くことができました。驚くほど真摯でストイックで、でも心の奥には不良の魂を忘れていない、まさにちょい不良(ワル)を体現した魅力的な人でした。
- CREDIT :
文/木村千鶴 写真/平郡政宏 スタイリング/秋山貴紀 ヘアメイク/西村佳苗子 編集/森本 泉(LEON.JP)
正直、お芝居に興味はありませんでした
六角精児さん(以下、六角) 嘘つきな子供でしたね(笑)。母親が厳しかったんですよ。勉強していなかったり、テストの点数が悪かったりするとすごく叱られる。父は昭和2年の生まれで、その世代の男は家のことは全部母親任せ。教育も母親の仕事だと言って、父は一切不干渉でした。その分、母親は怖くて、母の言うことに背くわけにはいかないけれど、叱られるのは避けたいし。それで点が悪かったテストは嘘をついてなかったことにして、捨てていました。だから自分の身を守るために嘘をついていた感じですかね。
── ではお母様に対してだけ嘘をついていた?
六角 う~ん、どうですかね。友達が僕の欲しいものを持っていたら「明日〇〇持ってくるからそれと取り替えないか」と言ってもらっといて、自分は翌日何も持って行かないなんてこともありましたね。物欲が強かったのかな。もの欲しさに虚偽を言っていたこともあります。
── それは悪い子ですね(笑)。お母様の強めの教育に反抗したことなどはなかったんですか。
六角 中学生の頃までは割と大人しく言う通りにしていました。だからそのぐらいまでの時期はあまり印象に残らない日々でしたね。ただ、一生懸命に勉強をしていた時期があったから進学校(神奈川県立厚木高校)に入れたというのもありますし、そこでいろんな人間に出会っていますから、自分の人生の長い道のりの中に、あまり印象に残らない中学時代があったというのも、必要なことだったんだと思います。
と言っても高校では皆さんがとても優秀だったから、自分は正直、落ちこぼれていました。でも気にすることもなく、友達と一緒に音楽をやったりして楽しい日常を過ごしていた記憶があります。
六角 はい、横内さんと出会っていました。演劇部に入ってキャスティングもされていましたけど、正直、お芝居に興味はありませんでした。高校を卒業して浪人が決まった時に、劇団旗揚げ(のちの劇団扉座・善人会議の前身となるもの)に参加しないかと誘われたんですけど、その時も「先輩の言うことだし……」って気持ちでもあったのかなあ。積極的にではなかったですね。自分が好きだったのは音楽でしたから。
── バンド活動も高校時代からされていたとか。
六角 はい。そっちの方が好きでしたね。
── その後学習院大学に進学されたのですよね? ちょっとイメージと違うという気もしますが(笑)、どんな学生生活でしたか。
六角 学習院大学にはどんな人がいるんだろうという興味で入ったんですけど、きっと僕はどこの大学へ行っても同じでした。授業にはほとんど出てないですからね。学生という執行猶予を得て劇団をやっていたし、その立場を隠れ蓑にして、ただただ遊んでいましたから。
僕、6年大学に在籍していたんですよ。親が授業料を払ってくれていたから。親としては公務員とかちゃんとした堅い職業に就いてほしかったんでしょうから、申し訳なかったですが、もういいと自分で退学届を出しました。親はもちろんすごく怒ってましたね。
俳優の仕事は、脚本の内容を自分の体を通して人に伝えること
六角 おそらく、自分に何かがあったんでしょうね、きっと(笑)。でも自分では全然感じてなかったです。今だって感じていないです。ただ来た仕事に関しては、自分のできる限りのことはしようと思ってやっています。それだけのことですね。そもそも自分がどう見えるかなんて興味ないですからねえ。そんなことに興味があったら、俳優なんてできないですよ。
六角 俳優の仕事って、脚本があって、その脚本を自分の体を通じて人に伝えることですから。そこで自分はどう見えるかとかあんまり考えない方がいいんですよ。実は誰にだって自意識は凄くある。自分にも「俺ってどう見えてるんだろう」と思っていた頃がありますが、ある時期からそれはやめました。何かあったら他人からのレスポンスは必ず返ってくるから。自分の引き出しの中のものをどんな塩梅で出すか、そこで自分にできることをやるだけです。
芝居に入ると素の時と違うという人もいますが、自分の場合は何かが変わるとは思わないし、自分の延長で溶け込んでいければいいかなと。台本なり、見ている人なりに。そういう表現もあっていいんじゃないですか。
六角 面白さを充実感と言い換えるのであれば、人とエネルギーのやり取りをしたところで物事が成立したり、作れたりした時でしょうか。
またその時点で乗り越えるには困難なことを、色々と練習したり考え抜いたりして克服できた時も充実感を得ます。だから割と大変なことの方が良かったりするんですよ。大変な山の方が面白い。自分のしやすいことばかりやっていると見ている方も大して面白くないんです(笑)。ただバランスも大切で、楽にこなせることと困難なことはいい塩梅にあったほうがいい。その辺は自分の年齢や経験で見えてくることかもしれませんけど。
── その人にしかわからない困難がありますものね。
六角 そう、各々の尺度で測ればいいわけで、誰かの言っていたことをそのままやってみても、自分の尺度じゃなければ間違いが生じるんですよ。自分で感じてやっていかないと、見つからないと思う。
駄菓子屋のくじ引きも射倖心という意味ではギャンブルです
六角 そりゃね、借金で潰れかかりましたから(笑)。でもたぶん、人が悩むより悩んでないから、今までこうしてやってこれたんでしょうね。まあでも大変苦労しましたよ、お金では。利息っていうものを払い続けた時期がありましたから。もう今じゃ利息を憎んでおります。利息なんか絶対払ってやるもんかと。だから利息を払う買い物をしないようにしています。
六角 そう、自分のギャンブルです。
── ギャンブルは、いつぐらいから始められたんですか。
六角 小学校の5、6年ですかね。だって駄菓子屋のあのくじ引きだとか10円のガチャガチャ、あれもギャンブルと同じですよ。ものがお金に変わるだけで、射倖心という意味ではギャンブルです。
── 確かにあれはギャンブルの第一歩かもしれません(笑)。六角さんはそのギャンブルの何にお金を払っているんでしょうね。
六角 ヒリヒリ感ですよ。ヒリヒリ感を買うためにやっているんです。よ〜く突き詰めたら勝ちも負けも関係ない、同じですよ。
── するとお金を儲けたいとか、欲しいものを買うという目的があるわけではなく。
六角 そういう場合は“お金が好き”なわけで、“ギャンブルが好き”なのとは違うと思います。ギャンブルでなんとか生活できるって人は、よほどシビアにやっていますよ。それ以外の人はただの依存症です。やっぱりあのヒリヒリ感は脳に与える刺激が強いんだと思う。依存症は治りません。
── 著書『少し金を貸してくれないか 続・三角でも四角でもなく 六角精児』(講談社)の中で、ギャンブルしかせずに、パチプロの人たちとだけ過ごした時期のことが書かれていました。その一節に”漂うような焦燥感と沈んでいくような快感。まるで水の中にいるようだった”とありました。この時の心境はどういったものだったんでしょう。
── その時期に感じていた“快感”というのは?
六角 誰しも上昇志向はあると思うんだけど、人間ってそれだけじゃないんですよね。自分の中には、沈んでいく気持ち良さとか、なんかダメになっていく安心感だとかに魅力を感じる部分があります。わりとマイノリティが好きなんですよ。片隅でどうにかやっているものに憧れがあって、それを自分の中に置いている。パチプロの人たちと過ごして、先は不安だけどそれはそれで心地がいいと、そんな時期が2年間くらいありました。あの日々の焦燥感みたいなものも、不思議なドーパミンを出してたんだろうな。
でも同じ状況にはもうなれませんし、もう今では味わえないことです。あれを味わったってことは、僕は人よりいい経験をしているんだと思います。
── その状態からどうやって浮上したんですか。何かきっかけはあったのでしょうか。
六角 何もないんです、周囲の人の力ですよ。僕は自分で勝手に躓いたと思っていますが、その時に助けようとお金を貸してくれても、またギャンブルに消えるだけです。だけど、周りの人は仕事を与えてくれたり、何かの舞台を与えてくれたりした。それで自分で働いて得たお金でちょっとずつ借金を返済して、普通の世界に戻れたんです。
それは事務所のおかげだし、劇団の座長のおかげだし、それから、もしかしたらその時一緒にいた女性のおかげかもしれないし。母親はうんと僕に厳しくしたけど、それがなかったら、高校時代に会えた人たちに会えてなかったし。僕は人に恵まれているんです。
※後編に続きます。
● 六角精児(ろっかく・せいじ)
1962年6月24日生まれ、兵庫県出身。身長175cm。劇団「善人会議(現・扉座)」の創立メンバーとして主な劇団公演に参加。近年の出演作は舞台「怪人と探偵」(19年)、「レ・ミゼラブル」(21年)、「衛生 リズム&バキューム」(21年)、ドラマではNHK連続テレビ小説「おちょやん」(21年)、「拾われた男」(NHK21年)、「ザ・トラベルナース」(テレビ朝日・22年)などで名バイプレイヤーとして活躍。最近では「エルピス-希望、あるいは災い-」(KTV・22年)も話題に。映画は「相棒シリーズ 鑑識・米沢守の事件簿」(09年)で初主演。近年は「くらやみ祭の小川さん」(19年)、「すばらしき世界」(21年)などに出演し、22年は「大怪獣のあとしまつ」、「ウェディング・ハイ」、「ハケンアニメ!」、「コンビニエンス・ストーリー」、「ある役者たちの風景」と5本の出演作が公開された。また六角精児バンドを結成し、2枚のCDをリリース。22年4月には初のソロアルバム「人は人を救えない」をリリース。現在公開中の映画「仕掛人・藤枝梅安」に出演。4月には舞台「ザ・ミュージック・マン」(日生劇場ほか)の公演が控えている。
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