2023.10.08
林遣都、無趣味な俳優の偽らざる本心「すべては芝居のために……」
ビートたけしさんの浅草フランス座での下積み時代を描いた自伝小説「浅草キッド」が音楽劇として初めての舞台化、北野 武役を務める林 遣都さんにお話を伺いました。
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文/岡本ハナ 写真/内田裕介(Ucci) スタイリング/菊池陽之介 ヘアメイク/竹井 温(&’s management) 編集/森本 泉(LEON.JP)
主演・武役を務めるのは、映画『バッテリー』で主演デビューし、同作で日本アカデミー賞新人賞をはじめとする新人賞を総なめ。続々と話題作に出演している実力派俳優の林 遣都さんです。武さんへの想い、俳優として歳を重ねて感じることなど、本作のことから俳優としての今の偽らざる思いまで伺いました。
たけしさんの「マイノリティを笑いに変えることができる魅力」を体現したい
林 遣都さん(以下、林) このお話をいただいたのは2年ほど前くらいでした。今までも実在人物を演じることはありましたが、日本で知らない人はいないぐらいの方を演じることは初めてです。武さんの役をやるとなると、相当な覚悟をもって挑まなければいけないと。でも、そのプレッシャーをずっと抱えるのは……と思って、具体的に動きだすまではそっと胸にしまっていました(笑)。
唯一無二の武さんだからこそ、ちょっとやそっとで演じ切れるとは思っていません。一番大事にしていることは、武さんの生い立ちや生き方にしっかり自分なりの目を向けて演じること。様々な資料を拝見していくと、かけ離れた存在と思っていた武さんから自分と共通する部分も見えてきました。人間関係があまり得意ではなく、人と異なる自分の感覚を負い目に感じて他人の目を気にするところ。
ネガティブ思考かもしれないけれど、武さんはそれを決して否定的に捉えず、駄目な部分を生かす表現や本質的なものを自分の中に落とし込んですべてを笑いに変える。このマイノリティを笑いに変えることができるという魅力を体現できればと思っています。
林 この作品に出演することが決まった頃に、たまたま武さんの番組に出演させて頂く機会がありお会いしました。でも、そこではご挨拶程度で本作の話をすることができませんでした。
実際にお会いすると、改めて武さんの魅力に引き込まれました。博識な面とユーモアに溢れたセンスを持ち併せていて、番組収録中も絶え間なく笑いが生まれていました。
不器用な登場人物たちの「秘めた本音」を歌で吐き出させる
林 脚本と演出を手掛けているのは、僕が尊敬の念を抱く福原充則さんです。福原さんが本作を音楽劇にしたのは理由があって。登場人物は、青年・武と師匠・深見千三郎をはじめ、不器用でシャイな人たちばかりです。感情的に人とぶつかることはたくさんあるのに、簡単には心の内を明かさない。その本音を掘り下げるためには、歌にのせて感情表現を豊かにしよう、と音楽劇にしたそうです。
正直なところ、この話を聞く前までは、舞台上でこんなにも歌うことが初めてだったので不安な気持ちが大きかったです。でも、武青年の中にあるひとつの感情を演技の延長として歌で表現すればいいと思うことができて、気持ちが少し楽になりました。
今まさに稽古中で、毎日わくわくしながら指導を受けています。演出の福原さんはどの登場人物にも深くコミュニケーションをとり、最後まで役者に全力で期待してくれているので、それに応えるべく頑張っています。
林 やはり音楽劇である以上、映像と同じようにやっていてはいけないし、すべてのシーンにおいて音を出さなければいけないところは大変です。
僕は音楽劇の主演は初めてです。プレッシャーはありますが、歌をはじめタップダンスも素晴らしい先生に教えていただいているので、あとは僕が体現するのみ。
演技だけではない音楽劇は、間違いなく幅広い年代の方に楽しんでいただけると確信しているので、ぜひ多くの方に観ていただきたいです。
ライバル心も俳優を続ける上では原動力のひとつ
林 俳優の職業病かもしれませんが、いつも人間観察をしてしまうのですけれど、芸人さんを観察すると、自分の日常では経験できない面白くて刺激的な人生を送っている人が多いな、と感じます。それらが糧となっているのか、生で漫才を観るとテレビでは伝わらない迫力があるんです。芸人さんの底知れぬ力というか熱量を感じます。
時には、力づくで人を笑わすこともあって、それがすごいです。きっと四六時中お笑いのことを考えていて、突き詰めているはずと思うと、生半可な稽古では芸人になり切れないと思います。何度目であろうと、難しさを感じながらもやりがいを感じています。
林 そうですね。本作の武さん役というのも、まさにそうです。僕は舞台の経験がまだ浅いのですが、充実感があるのはそういった部分もあると思います。足りないものがあることを自覚しながら、突き進めていければいいなと。
── そのお笑いの世界では、様々なグランプリで優劣を競うことが多くあり、皆がライバルを意識することも多いと思うのですが、林さんは誰かにライバル意識を持つことはありますか。
林 あまり言いたくはないですけど(苦笑)、ライバル意識を持つことはありますよ。演技が上手い下手というのは明確な正解はないし、演者も観る人も価値観は人それぞれです。昔は、自分を人と比べては悩むことが多かったけれど、そんなライバル心も俳優を続けるうえでは原動力のひとつだと思っています。
林 20代の頃は僕もお酒を飲みながら演劇論を語って、最後には喧嘩をすることもありました(笑)。散々それをやり尽くして、今は考え方と行動を改めましたけど。
── 実際にあるんですね! 林さんは現在32歳になりますが、「若手俳優」と呼ばれた頃と比べて演技に対する姿勢などで変わったことはありますか?
林 以前は、撮影現場でも撮影以外の話をすることが苦手で、ずっと集中してないと不安でした。作品の世界に浸っていたいタイプだったんです。でも、歳を重ねていくうちに、それだと肩に力が入り過ぎているということを自覚して、冷静な目を持つことや、力を抜く時間を意識的に持つようになりました。
林 そんなカッコいいものではないですよ(笑)。役にのめりこんでいないと不安を感じるからであって、涙を流すことひとつとっても、お芝居をするということは負荷がかかるんです。自然に感情が入った芝居をするためには、自分自身が役と一致してからこそだと思うので、常に「気持ちが足りていないんじゃないか」と自分に問いかけていました。
── 本作は「人気商売ゆえの栄光と挫折」ということも描かれています。それは今の時代の芸能生活でもあり得ることだと思うのですが、林さんが芸能生活を送るうえで大事にしていることはなんでしょう?
林 執着しすぎないことや、どんなことがあっても折れないメンタルを持つことですかね。僕はどうしてもネガティブなニュースが目に入ってしまって、そこで一緒にダメージを受けてしまう部分があるんです。今の時代は、SNSなどもあり、人への見方や距離感が昔と変わってきていると思います。
ただ、表舞台に立つひとりの人間として思うことは、俳優は誰かの人生にいい影響を与えることができる素晴らしくて誇らしい仕事。応援してくれる方々に助けをもらいながらも、誰かの心に寄り添い、背中を押せる存在になれたら……これ以上のことはないですね。
林 僕はお芝居をすること以外に興味を持ったことがないんです。無趣味なので、演じる以外のことは考えることもないし、この先もきっとないと思います。僕自身のことや僕のお芝居を好きで観てくださっている方々にいつも救われていて、「林遣都が出演しているなら観たい」と言ってもらうこともあり、それがたまらなくうれしいんです。求められていることが実感できるこの役者という居場所を、今後も広げていきたいと思っています。
── 最後に、本作に登場する青年・武と師匠・深見千三郎は、媚びず、奢らず、ストイックで男の美学を感じさせるカッコいい人だと思いますが、林さんが思うカッコいい男性とはどんな人でしょう?
林 どんな人に対しても、優しくて対等に接する人です。例えば、稽古場で誰がどう見てもおかしいなと思うような演技をしていても、それに対して否定的な態度をとるのではなくて、ユーモアで包んだ優しさが含まれた指摘をするような人とか。武さんがまさにそうですよね。
深見役の山本耕史さんも、初めてお会いした時から一瞬ですごくカッコいい人だな、と思いました。相手が男女問わず、細やかな気配りがある人でスマートなんです。本読みが始まるまでの間、ずっと役のことを調べてとことん突き詰めていく姿勢も俳優として尊敬しています。
● 林遣都(はやし・けんと)
1990年12月6日生まれ、滋賀県出身。O型。2007年公開の映画『バッテリー』主演で俳優デビュー。同作品で、第81回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞、第31回日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめとする新人賞を受賞。存在感を放つ高い演技力で、ドラマや映画、舞台などジャンルを問わず出演作品を増やす。近年の主な出演作に、映画『犬部!』『恋する寄生虫』、ドラマ『初恋の悪魔』『VIVANT』など。現在、U-NEXTオリジナルドラマ『MALICE』が絶賛配信中。映画『隣人X -疑惑の彼女-』(12月1日公開) 、映画『身代わり忠臣蔵』 (2024年2月9日公開)などの公開を控える。
音楽劇 『浅草キッド』
舞台は昭和40年代の浅草。大学中退後、ふらふらと街を彷徨う青年・北野武は、ストリップ劇場の浅草フランス座で働くことに。興行の責任者である深見千三郎に弟子入りし、芸人仲間やストリッパー、浅草の人々と交流しながら芸の道で生きる覚悟を決める。やがてテレビの普及に伴いフランス座の客足は減り、深見は苦境に立たされる。一方、武はフランス座の元先輩と結成した漫才コンビが人気を博していく。本作は、名曲『浅草キッド』にオリジナル楽曲を加えて公演。本音で語り合わない登場人物たちの心情を見事に表現した音楽劇が間もなく開幕します。
原作/ビートたけし 出演/林遣都、山本耕史ほか 企画・製作/関西テレビ放送 東京公演10月8日~22日 大阪公演10月30日~11月5日 愛知公演11月25日・26日
■ お問い合わせ
エンケル 03-6812-9997
大丸製作所3 info@overcoatnyc.com
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