2023.12.30
アニッサ・ボンヌフォン(監督)×アナ・ジラルド(女優)
フランスの若者たちはもはやポルノなどのセックス表現に喜びを感じません
身分を隠して、2年間、娼婦として活動した作家の自伝小説を完全映画化した話題作『ラ・メゾン 小説家と娼婦』がいよいよ公開されます。アニサ・ボンヌフォン監督と主演を務めた女優アナ・ジラルドさんに話を伺いました。その後編です。
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文/安田薫子 写真/トヨダリョウ 編集/森本 泉(LEON.JP)
娼館の中では、分析するべきことがたくさんある
アニッサ・ボンヌフォン監督(以下アニッサ) いずれにしても、いつも存在するものです。それが現実なんです。そうすると、どのように社会に溶け込ませるのかが大切になってきます。この職業はずっとありましたが、枠組みが作られ守られることがなかった。でも守られることが重要です。あと、私は思うに、障害のある人たちなど現実として必要としている人がいます。だから私はずっと存在していくものだと思います。
アナ・ジラルドさん(以下、アナ) 私もそう思います。映画の中でもセックスを必要としている男性が登場しました。ある意味で素晴らしい職業だと思いますが、娼婦たちはこうした男性の性的な衝動に応える。この職業やセックスが必要である本当の理由を探すのはとてもおもしろいと思いました。
アニッサ このような映画を制作したいなら、いいとか悪いとかあらゆる道徳的なジャッジから切り離して考えるべきだと思います。なぜなら、そうした裁きをしては人間性を語れないからです。この物語では、見つけるべき人間性がたくさんあります。異常な行動であっても何かを物語るのです。娼館の中では、分析するべきことがたくさんあります。そこにはたくさんの鍵があると思います。私は女性として思うのですが、男性に(女性に対する)リスペクトの気持ちがあるなら理解します。
── フランスでは男性たちからはどんな反応がありましたか?
アニッサ フランスでは女性から多くの反響がありました。映画を見て力を得たと。男性からの反応は、おもしろくて、彼らはまるで少年のようでした。女性に属した世界に入ってしまったかのようだと言っていました。男性たちは娼婦が彼らの世界に属していると考えていたのですが、この映画では逆だったわけです。男性たちは、女性たちが強くて大きい存在だと感じたようです。私はそれが素晴らしいと思いました。
#Me Too運動以降、男女の関係が複雑になった
アニッサ ゆるいかどうかわかりませんが(笑)、キリストは女性がセックスしないで生まれましたし、マグダラのマリア(娼婦の守護聖人)もいたり……難しいですね。昔、道徳はもっと自由でした。かつてフランス宮廷では、みんながみんなと寝ていました。今よりもずっとオープンだったんです。
私は、女性たちは以前よりセックスについてモラルがあって、ピューリタン的だと思います。それこそ(道徳的な)ジャッジで抑制されています。現在は、セクシュアリティがこういうものだと言葉や呼称など明確になっています。セクシュアリティをめぐって平穏であることが難しくなっています。社会の問題です。私は、解き放つこと、望んでいるセクシュアリティを自分に許すことが大切だと思います。
極端に進んでいるかのようで、特にポルノなどセックス表現がもはや喜びではなくなっています。若い世代が完全にその喜びを拒否しているんです。コロナ禍が強大なインパクトを与えたのだと思います。私はその世代がセックスに新たなアプローチをして欲しいです。
また、バイセクシャルも登場してきました。新しい時代のセクシュアリティです。面白いことに、この映画を見た70歳のパリの女性から「ありがとう」と言われたんですよ。
アナ 40、50代の男性は、「この映画について考える権利があるかどうかわからない」と言っていました。30、40代の女性は、モノのような女性を拒否しています。彼女たちにとってはセックスの目的が大切なんです。世代によってセックスに対して異なるヴィジョンを持っています。
また、アプリケーションの登場で、若い人たちは性行為を自由に実践しなくなった。今は、SNS上でなんでも起こっている。まるで画面を通して関係を築いているかのように感じます。つまり体に触れることが少なくなったんです。一方で、インターネット上でカメラ機能を使った売春も増えています。
セックスの妄想は日本の方が多様でより想像力を持っている
アナ 最初、歌舞伎町にはなんでKポップみたいな男の子の写真がいっぱいあるのかしらと思ったんだけど、ああ、男性が女性をエスコートするんだなとわかりました。こういうのはフランスにまったくない。
アニッサ でも、こういう風俗がとても若い男の子だったり、とても若い女の子だったり若年層に広がっているのはショックだし心配だなと思います。エマは選んで売春をした人だけれど、若い人たちは選べたかどうかわかりませんから。それは問題です。
── ガーターベルトを纏って誘ってくるエロティックな女性とセックスするというのは欧米のステレオタイプな性的幻想のように思うのですが、今でも欧米の男性はこうした妄想を持っているのでしょうか? 日本はイメクラなど、仮装や演技をして性的なサービスを提供する店があり、もっと多様なのですが。
アニッサ まったくその通りです。ステレオタイプなイメージを持っていると思いますね。日本の方が多様でより想像力を持っているのではないかしら。
ガーターベルトは、本当に男性が抱くファンタスムに今なお強く残っていますし、私自身もとても美しいと思います。
アニッサ 私はこの映画はあらゆる人のためにあると思っています。これは女性が欲望を選択するということについて偽善のベールをはぎ、エスプリを開くに違いない映画です。
エマは単なるセックス好きな女性というのではなくて、とても複雑な女性です。絶対的なセックスを探求するなかで、エマは彼女なりの方法で愛を探しているのだと私は思います。エスプリをもう少しオープンにして、多くの人に見ていただけたらと思います。
アニッサ・ボンヌフォン
1984年2月26日パリ生まれ。監督として長編1作目となるドキュメンタリー映画『ワンダーボーイ』でフランスの高級ブランド「バルマン」のクリエーティブ・ディレクターであるオリヴィエ・ルスタンに密着し、ファッション業界で成功する現在の姿を追いつつ、子供時代に親に捨てられた経験を持つ彼が、自分のルーツや真実を追い求める過程に迫って注目を浴びる。『ラ・メゾン 小説家と娼婦』では原作者から指名され、監督を務めた。アマンダ・ステール原作・監督・脚本のロマンティックコメディ『マダムのおかしな晩餐』などで女優としても活躍している。
アナ・ジラルド
1988年8月1日パリ生まれ。両親は俳優のイポリット・ジラルドとイザベル・オテロ。3歳から子役として活躍。小栗康平監督の『FOUJITA』、セドリック・クラピッシュ監督の『パリのどこかで、あなたと』など多くの作品に出演。映画女優のほか、ファッションモデルや舞台女優としても活動の幅を広げている。『ラ・メゾン 小説家と娼婦』で主人公エマを演じるにあたり、パリの老舗キャバレー、クレイジー・ホースで2カ月間トレーニングを受けて臨んだ。
『ラ・メゾン 小説家と娼婦』
小説家エマは、「売春という行為が女性の身体、魂にどのような影響を与えるのか自分自身で体験して作品にしたい」という作家としての好奇心と野心、そしてみずからのセクシュアリティを満足させるため、高級娼館に潜入する。身分や目的を隠しながら娼婦として過ごし、危険と隣り合わせの娼婦たちのリアルな日常、孤独や恋愛を知るうち、2週間のつもりがいつしか2年にも及んだ。エマがその経験から得たものとは……。
原作/エマ・ベッケル、監督/アニッサ・ボンヌフォン、出演/アナ・ジラルド他。
12月29日より全国公開
HP/https://synca.jp/lamaison/