2024.04.30
世界No.1バリスタ井崎英典「海外で仕事をしていると、日本という国が弱っていっていることを実感する」
2014年、24歳にしてアジア人初の世界No.1バリスタに選ばれた井崎英典さん。チャンピオンになって自分の無知を痛感したという彼が挑んだのは日本の美を感じられる新しいコーヒー体験の創造。完全予約制のコーヒーバー「珈空暈」(こくうん)とはどんな店なのか?
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文/長谷川あや 写真/Hidetaka Nobu 編集/森本 泉(Web LEON)
「これで僕の人生、バラ色だ」と思った井崎さんですが、世の中そんな甘くはなく、厳しい現実に直面します。悩んだ末に2007年の世界チャンピオンで、今は世界随一のコーヒー系Youtuberであるジェームス・ホフマンに「僕はこのままでいいんだろうか」相談したのですが……(インタビュー前編はこちら)。
「スペシャルティコーヒーを伝える」ことは僕の使命
井崎英典さん(以下、井崎) 「ヒデ、わからないことをわからないと言えるようになってこそ一流だ」と。そして「自分が得意な領域、自分にしかできないことを見極めろ」とアドバイスをもらって、肩の荷が下りました。そこで、初めて自分の得意なことを考え、やがてコーヒーを通して上質なライフスタイルを提案していくことに行きつきます。
井崎 大手のコーヒーチェーンやF&Bチェーンをつなぐ、世界チャンピオンがいてもいいんじゃないかと思ったんです。ちょうどスペシャルティコーヒー(※)が盛り上がり始めていた頃でしたが、当時まだ、ギークな飲み物だったコーヒーが市民権を得ていくためには、まずはマス向けのコーヒーを美味しくしていく必要があると考えました。
井崎 やりたいことではなく、どちらかというと、やらなければならないことですね。「スペシャルティコーヒーの魅力を伝える」ことは僕の使命だとも思っています。
例えば、カメラやクルマ、時計、洋服のような嗜好品って、究極、別にこだわらなくてもいいものじゃないですか。着るものなんてなんでもいいし、食べ物だって美味しいものを食べなくてもサプリメントで栄養を摂取すれば生きていける。クルマだって、移動さえできればなんだっていい。でも、そういった嗜好品にこだわるのが、人間らしさだと僕は考えてます。そして、コーヒーもそのレベルのものに昇華させたいと強く思っています。
禅の精神を具現化した「お茶」を「コーヒー」に置き換えてみた
井崎 僕、バリスタを辞めようと思ったことがあるんです。20代の前半、バリスタをしながらビジネススクールに通っていた時、ある外資系企業に来ないかと誘われたことがありました。僕、しゃべりも好きだし、ガテン根性系なんで、そこを買ってくださって(笑)。その際に提示された年収がかなりの額で、驚いたし、そのままバリスタを続けることに疑問を感じてしまいました。
僕の周りでも、これまで数多くの才能あるバリスタが、「家族を養えない」と、志半ばで辞めていきました。コーヒー業界に限ったことではなく、飲食業界全般に言えることですが、原価率何パーセントを守らなければならないという暗黙のルールが今も残っていて、そこに僕らの努力や技能は反映されません。原価主義の日本には、経験に対してお金を払う文化が根付いていないんです。
僕自身、家族も養えない仕事をしているのかと悔しかったし、バリスタを続けていくことに疑問も感じました。でも同時に思ったんです。世界チャンピオンという経歴を持っている自分がきちんと稼がなきゃいけないなって。そこで、企業のコンサルタントの仕事にも着手しました。そして、既存のコーヒーショップのビジネスモデルをぶっ壊した何かを作らなければいけないとも考えました。それを形にしたのが、「珈空暈」です。端的にいうと、コーヒーのファインダイニングを目指しています。
井崎 素晴らしい食材を素晴らしい調理技術、空間、サービスで感動体験としてお届けするシェフと同じように、珈空暈では極上のコーヒーを僕のフィルターを通して編集し、ここでしか味わえない日本の美を感じるコーヒー体験を提供したいのです。
井崎 禅語からインスピレーションを得た当て字で、すべてのものの存在する場所を示す「虚空」と、空海が悟りを開いた時に見た「月暈」を珈琲とをかけています。
仕事柄、世界中の国のコーヒーショップを見てきましたが、どの国のコーヒーショップも似たような設えなんです。それぞれの国の文化、デザイン、精神性を反映させたコーヒー店なんて見たことがありません。レストランは、それぞれの国の文化を色濃く反映させた店が多くあるのに不思議ですよね。
人間がモノに合わせることこそ、日本的な美しさ
井崎 日本ならではのコーヒー体験をしてほしい、日本の茶の文化の中で、コーヒーを楽しんでもらいたいという思いをかたちにしました。コーヒー豆はもちろんですが、コーヒーを淹れる水にもこだわっていて、日本各地の水源を旅し、酒蔵の仕込み水にたどり着きました。結界には千利休が豊臣秀吉の命で作った待庵(たいあん)の端材を使っています。鉄瓶は「たたら製鉄」と呼ばれる伝統技法で仕上げたものです。
井崎 日本の工芸品って、偏差値が高すぎて理解しにくいじゃないですか(笑)。でも教養はなくても使い続けているとだんだんとわかるようになっていきます。海外で仕事をしていると、日本という国が弱っていっていることを実感して悲しい気持ちになります。
日本って昔はもっとプレミアムな国だったし、これほど食や伝統工芸が豊かな国は他にありません。この日本という国の素晴らしさを、息子の世代に伝えていくためにも、コーヒーというグローバルなプロダクトを通して、日本ならではの文化に触れてもらうことは絶対に必要だと思うのです。
まだまだやりたいことはたくさんあるし、勝負はこれからです。僕はまだ若いですしね。先日、ある事業に失敗したばかりですが、へこたれていません(笑)。むしろ、その失敗を通じて、自分は他の人がやってこなかったこと、これまで世の中になかったものを造り出していくことにしか興味がないということを再認識できて良かったと思っています。
● 井崎英典(いざき・ひでのり)
1990年生まれ、福岡県出身。高校中退後、父が経営するコーヒー店「ハニー珈琲」を手伝いはじめたことをきっかけに、16歳でコーヒーの世界に。大検を取得し、法政大学国際文化学部への入学を機に、丸山珈琲でアルバイトを始め、2013年に大学を卒業後、丸山珈琲へ就職。バリスタ日本大会では2連覇(2012、2013年)を達成し、日本代表として出場したバリスタ世界大会では2度目の挑戦となる2014年に、日本人初、アジア人初の世界チャンピオンに輝く。現在は、商品開発からマーケティングまで幅広く手がけるコーヒーコンサルタントとして活躍。日本マクドナルドの「プレミアムローストコーヒー」「プレミアムローストアイスコーヒー」などの監修、カルビーの「フルグラビッツ」ペアリングコーヒーの開発なども担当した。著書に「ワールド・バリスタ・チャンピオンが教える 世界一美味しいコーヒーの淹れ方」(ダイヤモンド社)など。YouTube「世界一美味しいコーヒーの淹れ方 〜ワールド・バリスタ・チャンピオン井崎英典が教える6つのポイント〜」は累計再生回数177万回を突破。
■ 珈空暈(コクウン)
住所・電話番号/非公開
営業日/日・火曜のみ
HP/https://cokuun.com/
予約方法/オフィシャルHPのReservationより予約可能
■ アリタポーセリンラボ
HP/http://aritaporcelainlab.com