2024.11.07
水上恒司「プロセスを踏んで、力が抜けている大人は魅力的です」
若手俳優として着実にキャリアを積む水上恒司さんが作家・平野啓一郎さんの同名小説を映画化した『本心』に出演します。格差が拡大し、AI技術が急速に進化した2025年を舞台に、鬼才・石井裕也監督が、時代の変化に彷徨う人間の心と本質を描く本作。撮影に参加した水上さんの「本心」とは?
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文/岡本ハナ 写真/トヨダリョウ スタイリング/藤長祥平 ヘアメイク/Kohey 編集/鎌倉ひよこ
処世術? 態度で示す信頼の得方もあると思います
水上恒司さん(以下、水上) 俳優業というのは、若いうちからチヤホヤされがちです。チヤホヤする方も深く考えずにそうしている部分があると思います。でも、それに対して自分自身を律していないと簡単に転げ落ちる。自分自身を俯瞰して、自戒の念を持たないといけないという意識はあります。自分の態度で示す信頼の得方もあると思うんです。
── 25歳にしてその気づきがあるなんて、達観されていますね!
水上 僕は簡単に調子に乗る子どもだったので(笑)、生意気な部分を持っていましたから。でも、礼儀やマナーは違う。気づきというよりも「大人になったらこういう人にはなりたくない」「こういう人になりたい」といった理想の大人像が明確にあったからだと思います。
水上 そうですね。経験と実績を積んで露出を増やせば増やすほど、チヤホヤされる機会が多くなりますし、注目度がないと生き残ることができない世界だとは思います。今まさに注目していただいていることは実力を映し出しているのかもしれない。でも、若さゆえの可能性もある。だからこそ、30・40代の時にも俳優として生き残れるような生き方を意識しなければならないですよね。
── では、ライフステージとしてその年代になったらどんな人になりたいか理想像はありますか?
水上 この業界的には30歳はまだ若手。だからこそ、その30代で自分の方向性や武器みたいなものが見据えられたらいいな、と思っています。それをどう活用していけばいいのかまで明確にできたら。さらに40代では、それをより濃く熟成できたらいいですね。
── その先の将来も見通しされていますか?
水上 求めていただけるのであれば、俳優業はずっとやり続けていきたいですね。
力が抜けている大人がカッコいい
水上 力が抜けている大人です。若いうちは力が入ってナンボですが、それが良い感じで抜けているとカッコいい。逆に、若いうちから力が抜けているのはどうかと思いますが(笑)、正しいプロセスを踏んで力が抜けていると魅力的に見えます。僕も無駄な力を抜こうとするけれど、そんな自分も若いなあ……と、自己分析したりもしますよ。力が抜けてきた自分の「先の世界」を見てみたいですね。
── 本作は主演が池松壮亮さん、石井監督作品の常連である妻夫木聡さんも出演と豪華キャストが揃いましたが、印象に残っている出会いはありましたか?
水上 魅力的な俳優がそろった現場でしたね。特に、共演シーンが多かった池松さんはまさに無駄な力が入っていないカッコいい俳優でした。ご本人に言ったら否定しそうですが、「諦念」という言葉をもつ人だな、と。一般的には「諦める」という言葉はネガティブな意味で使われますが、仏教の世界では迷いが去った境地というニュアンスがあって、僕が目指したいところのひとつですね。
水上 そうですね。いい意味での脱力感をもちながら、確かな演技力を持ち合わせて、存在感を放っている。業界の中では中堅に差し掛かっているところだと思いますが、確立されたポジションをもった唯一無二の俳優なのではないでしょうか。
消化の悪さが心地よい、余白を愉しむ作品
水上 石井監督は、褒め言葉として「すごく変な人」です。映画監督だからこそ、その天才的でクリエイティブな思考、オリジナリティが活きていくということは否定できませんね。
── 本作に出演を決めた決め手は? 石井監督からの要望などもあれば教えてください。
水上 的確に表現する作品が多い中、本作は「余白」に重きをおいている。人物ひとつとってもハッキリとした説明があるわけではなく、消化の悪さの心地よさが脚本にちりばめられていると僕は感触として受けました。それがまさに本作の魅力。どう演じるのが正解かは未だに分かっていないですし、作中の「岸谷」は、撮影した昨年2023年の夏時点で僕が感じ取った岸谷。石井監督に委ねられている、挑戦させられている感覚があったことが決め手です。
水上 本作では実在人物の分身として依頼主の代わりに行動する「リアル・アバター」や、仮想空間上に人間をつくる「VF(ヴァーチャル・フィギュア)」という技術が描かれていますが、2024年の現在でも需要があれば実現する可能性があると思っています。原作では2040年の設定ですが、映画では地続きの近い将来として描かれています。だからこそ、観る側によって委ねられる、心地の良い余白を感じてもらえる作品になっています。
生きることに必死なのは同じです
水上 本作に限らず、カメラの前に立つ時には悩みを消し去った方が良い芝居ができると思いますが、それまではたくさん悩み、段取りの時や移動中、本番直前までもがき続けましたね。
── 依頼主の代わりに行動する「リアル・アバター」の仕事をする岸谷。水上さんご自身との共通点はあるのでしょうか?
水上 生きていくのに必死ということはすごく共感ができますね。僕の仕事の場合、動くお金の桁が違いますし、それに伴った責任があります。だからと言って、僕の職業が偉いというわけではない。みんな立場が違うだけで、生きることに必死なのは同じです。不安定でどうなっていくか分からない世の中だからこそ、2025年に差し掛かるこの時期に本作を届ける意味があるのかなと思います。
水上 う~ん……どうでしょうね。自分が好きなことだけを仕事にしている、それだけで食べていける人間は、世界中探してもごくわずかだと思うんですよ。僕は好きで俳優という仕事をしていますが、もちろん中には自分の哲学とは違う役を演じることもあります。僕はそこを楽しみながら演じているから幸せですが、世の中みんな発想の転換ができるとは限らないし、立場も違う。食べていくためにお金が必要で、やらざるを得ない状況に陥っていたら……と思うと、岸谷の気持ちに共感ができます。やりたい、やりたくないで測れる安易な職業ではないという印象はありますね。
── 少し癖のあるキャラクターでしたが、役作りで意識したことはありますか?
水上 僕が演じる岸谷は、何かと池松さん演じる朔也を気にかけているけれど、立ち位置としてはヒール役。その対比を、基本的には高い音を使い、ポイントで低い音を使うことで表現しました。
水上 演じるキャラクターがどんな家庭で育ったかというのは役作りでヒントになります。愛情をかけられて育ったのか、家庭がコンプレックスなのか、など。本作では、僕が演じる岸谷に関しては描かれていませんでしたが、朔也の母親は描かれています。僕は「朔也にとっての岸谷」を意識しました。
── AI技術の進化に、岸谷は柔軟に対応していました。水上さんは、普段から時代や価値観の変化を感じますか?
水上 そうですね。今の子ども達は、なんでも手に入る時代。生身の人間からものを教えてもらう機会も少なくなり、夢が分からない、希望を持てない若者が多い世の中だと思います。本作では、そんな世の中でもがきながらも自分の意志をハッキリ示す岸谷に、僕はすごく共感しています。その気持ちを成仏させてあげたい気持ちで演じました。
水上 朔也の母親と死後のVFを演じる田中裕子さんの演技は印象深いですね。ひとり息子の朔也を気にかける母親の姿が、全体を通して余白を残しつつも爪痕を残しています。あの母親の姿があるからこそ、朔也が最新AI技術を利用してまでも母親の本心を探ろうとするところに繋がっていきますから。
── 最後に、作品の見どころを教えてください。
水上 本作を制作するにあたっての信念に到底叶うはずがないので、私見なくお話させていただきたいので多くは語りませんが、先輩俳優陣の皆様が、素晴らしい演技をされています。若者の皆さん、今まさにもがき生きている人、いろんな方々に観ていただきたい作品です。ぜひ劇場でご覧ください。
● 水上恒司(みずかみ・こうし)
1999年5月12日生まれ。福岡県出身。代表作に、映画『弥生、三月-君を愛した30年-』、『死刑にいたる病』、大河ドラマ『青天を衝け』、連続テレビ小説『ブギウギ』、ドラマ『ブルーモーメント』など。福原遥とW主演を務めた映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』では、第47回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。興行収入が45億を突破した大ヒット作になった。現在、映画『八犬伝』が絶賛公開中。
『本心』
朔也の母親は「大切な話をしたい」と告げたあとに急逝する。朔也は母が“自由死”を選択していたことを知り、母親の本心を探るべく、最先端AI企業に依頼して仮想空間上の人間「VF(ヴァーチャル・フィギュア)」で母親をつくることを依頼。母の親友だった三好、母親のVFと三人の生活が始まるが、VFは徐々に“知らない母の一面”をさらけ出していく……。
出演/池松壮亮、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、妻夫木聡、田中裕子 他 配給/ハピネットファントム・スタジオ 11月8日全国公開 (C)2024 映画「本心」製作委員会
公式サイト
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