2025.01.25
芳根京子「家ではYouTubeで焚き火の音を聞きながらお風呂に入ってます」
最新映画『雪の花 ーともに在りてー』で江戸末期の町医者の夫(松坂桃李)を助ける気丈な妻を演じた芳根京子さん。あの時代の女性の強さに憧れるという芳根さんの意外な素顔とは?
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文/井上真規子 写真/内田裕介 編集/森本 泉(Web LEON)
多くの経験を経て、愛らしい美少女から美しい女性へと変化しつつある芳根さん。現在はドラマ「まどか26歳、研修医やってます!」(TBS)での主演に加え、最新映画『雪の花 ーともに在りてー』も公開中と引っ張りだこ。ということで今回は、『雪の花』での撮影秘話や俳優業への想いについて伺いました。この日の取材場所は、これから本作の親子試写会があるという都内某小学校の音楽教室。対談は先生と生徒の面談のような(!?)雰囲気で始まったのでした。
「現代にもすごく重なるところがある作品です」(樋口)
芳根京子さん(以下、芳根) そうですね。ありがとうございます。
樋口 僕は1950年代の日本映画が大好きで、高峰秀子さんや、芳根さんも共演された香川京子さんなど往年の女優さんに憧れるんです。綺麗で可愛らしくて、息を飲むような品があるんですよね。今回の芳根さんも、古風で落ち着いた感じが50年代の女優さんたちに通ずるものを感じました。
樋口 松坂桃李さんとは、互いを尊重し合う夫婦を演じられました。とても理想的な夫婦像ですが、あれほどの関係を築くのって実際のところなかなか難しいことですよね。芳根さんは2人の夫婦像に憧れたりしますか?
芳根 互いになくてはならない夫婦関係というのは、すごく理想ですね。
樋口 でも、千穂は家に残って夫の帰りをひたすら待つわけです。あれほどまでに耐えられますか⁉
樋口 本当にそうですね。
芳根 私の場合、 千穂のように信じて待つことはできず、すぐに色々悪いことを考えてしまうかも。「もうダメなのかな……」とか。最悪の状態を考えておいた方がいいかもと思ってしまいそうです。
芳根 そうですね。私は冷静にいるための術として、最悪なことを想定して生きてしまう節があるんです。
樋口 割と心配性ですか?
芳根 心配性なんです。だからこそ回避できたこともいっぱいあると思うのですが、でもこの精神状態であの時代にいたら心が疲弊して身体ももたないですよね。
「今回は現場でのびのびと過ごすことができてうれしかった」(芳根)
芳根 撮影に入る数日前からお稽古をしてもらって、それから実際にお着物を着て練習してから本番、という感じでした。今回は練習するものが多かったのでちょっとドキドキしていました。
樋口 芳根さんはこれまでも青春ものやラブストーリー、コメディ、ホラーなど色々な作品に出演されてきて、実はとても器用な俳優さんなんだと思いました。例えば今作のような時代劇にも特有の難しさがありますよね。着慣れない和服を着て、歩き方など所作の1つひとつに気を配らなくてはいけないし。
樋口 そうですか。素晴らしいです。
芳根 それは千穂という役の存在感なのか、私の時代劇に対する恐怖心が減ったからなのか、小泉監督が作ってくださる空気なのか……。正直どれもそうだと思うんですけど、今回は現場でのびのびと過ごすことができてうれしかったです。
芳根 怖くはないです(笑)。とっても穏やかな方ですよ。役者ファーストでいてくださって、監督の現場は本当に必要な緊張だけしか存在しない、雑味のない美しい空間だと思います。
芳根 アハハ(笑)。
樋口 松坂(桃李)さんとは、2019年公開の映画『居眠り磐音』では結婚の寸前まで行って結ばれなかったのが、今作では、ようやくちゃんとご夫婦になられました(笑)。僕は長年映画を見てきて、「この世界ではこうだった2人が、別の世界ではこうなっている」って見方をするのが楽しいんです。
芳根 確かに。そういう観方もあるんですね(笑)。
「楽しいことは楽しい、悲しいことは悲しい、って感情が振り切れるタイプ」(芳根)
芳根 え〜、どれなんだろう……? 私自身は割と喜怒哀楽がちゃんとあって、楽しいことは楽しい、悲しいことは悲しい、って感情が振り切れるタイプなんです。でもいろんなことを秘めていたり、復讐心を持っていたりする役をやると、自分は復讐心とか1ミリも持ってないんだなって思ったり(笑)。
芳根 あ、でもいま思うと、ドラマ「コタキ兄弟と四苦八苦」のさっちゃんが素に近かったかも。「役作りなんてしたっけ?」って思うくらい自然体で演じられた気がします。
樋口 喫茶店で働くウェイトレスさんの役ですよね。
芳根 そうです。古舘寛治さん、滝藤賢一さんとずっと一緒にスタジオで撮影して、空き時間もみんなで本読みして、素に戻る瞬間が全然なかったから、もう役が素になってしまったような感覚でした。現場もすごく不思議な空気でとっても居心地が良かったですね。
樋口 ああいう感じが芳根さんなんだ!
「アップデイトし続けるためには他から新しい刺激をもらいたい」(芳根)
芳根 あまりないですかね……?
樋口 他の方の作品を観たりすることは?
芳根 そっちの方が多いですね。次にご一緒する監督の過去作品を見たり。過去の自分じゃなく、未来を見ていたいっていう気持ちが強いのかな? 過去の作品を見ることが、過去にすがっていることだとは思わないけれど、アップデイトし続けるためには他から新しい刺激をもらいたいのかもしれません。
芳根 でも再共演が決まったり、何かご縁があったタイミングで、久々に過去の台本を開くこともあります。たまに家族と一緒に再放送を見ると、過去の自分から教わることもあって。「この感じ失ってたな」とか(笑)。若い時って、無知ゆえの強さとかがむしゃらさ、みたいなものがあるので。
樋口 それ、オーソン・ウェルズも言ってます!
芳根 そうなんですね(笑)。あと、久々に「あの作品良かった」って言ってもらえると、自分の中で蘇るものもありますね。
芳根 ありがとうございます。今も「あ~、べっぴんさんか」って言われて思い出しました(笑)。私は基本的に不器用で、目の前のことしか見えないタイプなんですよね。
樋口 じゃあ、作品のかけ持ちはあまりしない感じですか?
芳根 することもあるんですけど、幸いなことに最近はドラマの主演をやらせてもらうことも増えてきて一つの作品に集中することが多いですね。主要な役をやらせてもらうと、その作品に朝から晩までどっぷりになるので。
芳根 アハハ、ありがとうございます(笑)。
「本当は生粋の妹気質なんです」(芳根)
芳根 台本を読んだ時に、初めて「これは無理だ」って思ったのが、映画『累-かさね-』(2018年)でした。
樋口 伝説の女優の娘で醜い容姿の累(芳根)が、不思議な口紅を使って美しい顔のニナ(土屋太鳳)と互いの顔を入れ替えるというストーリーですよね。同じ顔で二役を演じ分けるんですから、難しいですよね。
樋口 『累-かさね-』での演技は高く評価されて、新人賞に結びつくわけですからね。
芳根 だから『累-かさね-』をきっかけに、無理だって思うのはやめようって決めました。
芳根 実は今回の『雪の花』も「小泉組からまたお話いただきました」って聞いて、震えて、どんな役をいただけるのかって思ったら、松坂さん演じる良策を支える強い妻の役で、最初は「ネガティブな私にはできないかも」って気持ちが芽生えてしまったんです。
でもこれから役者をやっていく上でやらないって選択はありえないと思ったので、マネジャーさんに「気持ちは後から追いかけますから、やるって言ってください」って伝えました。無理かもっていう気持ちをぐっと押さえつけて、話を進めてもらって、さあどうやってやる? っていうやり方をするようになりましたね。
芳根 よく「緊張する」って言うと、周りに「そう見えない」って驚かれます。実際めちゃくちゃ緊張しいだし、心配性だけど、自分の中で収めるようにしています。緊張を言葉に出すことでほぐれる部分もあるからいいけれど、言ってる暇があったら1回自分を冷静にさせようって考えるようになりましたね。
樋口 なんてしっかりした方なんでしょう!
芳根 いえいえ、全然です。私は兄がいるので、本当は生粋の妹気質なんです。でも、ちゃんとしなきゃと思ってお仕事では頑張ってます(笑)。
「お家ではYouTubeで焚き火の音を聞いています」(芳根)
芳根 そうですね。少し歳も離れているので……。
樋口 じゃああまり喧嘩はしないですね。
芳根 確かに、そんなにはしなかったですね。リモコンの取り合いとかはもちろんありましたけど。そんなに多くはないかも。
樋口 可愛がられただろうと思います。いや、「俺の妹はなんでこんなに可愛いんだ!」って思ったはずです。
樋口 普段は映画館に行ったりしますか。それとも、家で見る派ですか?
芳根 映画館に行きたいなと思うんですけど、 最近は全然行けてないですね。でも今はNetflixとか配信も充実しているので、お家で見る機会が増えました。
芳根 いつも、お家ではYouTubeで焚き火の音を聞いています。木が燃えてパチパチいう音を聞きながら、台本を覚えたり、お風呂に入ったりしてます。
樋口 お風呂でも! それは前世が原始人だった記憶から?(笑)
芳根 確かに! それが落ち着くってことは、前世では自然界で生きていたのかもしれないですね(笑)。
樋口 アハハ(笑)。
樋口 おじいさまの血筋! 確かに、台本を覚える時は歌詞のある曲じゃない方がいいかもしれない。
芳根 普段も歌詞がある曲より、リラックスする音の方が好きなんです。それこそ、水の音とか自然の音をYouTubeで検索することが多いですね。
樋口 自分をゼロベースというか、原初に戻して、それから役を入れてるのかなって、聞いていて思いました。今日はとても楽しかったです。ありがとうございました。
【対談を終えて】
その中には炎のような情熱を前面に出す方もいたし、クールに自らをコントロールする戦略家もいました。そしてひとりの例外もなく、明確に自分のヴィジョンを持っていました。
芳根さんは一見、何の欠点も見当たらない、しっかりしたお嬢さんです。
しかし僕には芳根さんが意図的に「普通」を装っているように見えました。心の内に「激しさ」を抱えているが、いまはまだ秘めているような。
なんでそんなことが言えるかというと、芳根さんはインタビュー中でご自分のことを「心配性」と話していました。
僕も心配性です。だから勝手に芳根さんの中に自分を見るのです。
文豪野坂昭如は生前、「大胆と小心、ふたつ我あり」と語っていました。
小心者ゆえに破廉恥で業の深い小説を書けるし、カメラの前で架空の他者を演じることができるのだと思います。
“心配すれば悪いことは起こらないと思ってた”
最近観た映画でこんなセリフがあって、僕はもの凄く言い当てられた気になりました。でも悪い気はしていません。
芳根さんがさらに「小心」を極めるとき、「大胆」もまた翼を広げることでしょう。
この世には心配性にしか成し遂げられない仕事があると信じています。
樋口毅宏
● 芳根京子(よしね・きょうこ)
1997年2月28日生まれ。東京都出身。2013年にTVドラマ「ラスト♡シンデレラ」(CX)でデビュー。16年にNHK連続テレビ小説「べっぴんさん」でヒロインを務める。『累-かさね-』(18)、および『散り椿』(18)の演技で、第42回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。近年の主な出演作にドラマ「オールドルーキー」(22/TBS)、「それってパクリじゃないですか?」(23/NTV)、「Re:リベンジ-欲望の果てに-」(24/CX)など。映画は松坂桃李と共演した『居眠り磐音』(19)のほか、『今日も嫌がらせ弁当』(19)、『記憶屋 あなたを忘れない』(20)、『ファーストラヴ』(21)、『Arc アーク』(21)、『カラオケ行こ!』(24)など。小泉堯史監督作品には『峠 最後のサムライ』(22)に続く出演となる。
SNS/公式Instagram
YouTube/【公式】芳根京子の〈生〉旅
● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が好評発売中。カバーイラストは江口寿史さん。現在雑誌『LEON』で連載小説「クワトロ・フォルマッジ-四人の殺し屋-」を執筆中。
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『雪の花 ーともに在りてー』
江戸時代末期。死に至る病として恐れられていた疱瘡(天然痘)が猛威を振るい、多くの人々の命を奪っていた。福井藩の町医者で漢方医の笠原良策(松坂桃李)は、患者を救いたくとも何もすることができない自分に無力感を抱いていた。自らを責め、落ち込む良策を、妻の千穂(芳根京子)は明るく励まし続ける。どうにかして人々を救う方法を見つけようとする良策は、京都の蘭方医・日野鼎哉(役所広司)の教えを請うことに。鼎哉の塾で疱瘡の治療法を探し求めていたある日、異国では種痘(予防接種)という方法があると知るが、そのためには「種痘の苗」を海外から取り寄せる必要があり、幕府の許可も必要。実現は極めて困難だが、絶対に諦めない良策の志はやがて藩、そして幕府も巻き込んでいく―。出演はほかに三浦貴大、宇野祥平、沖原一生、坂東龍汰、吉岡秀隆ほか。監督/小泉堯史、原作/吉村昭、脚本/齋藤雄仁、小泉堯史
、音楽/加古隆。1月24日(金)より全国劇場公開中
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