2025.03.20
『教皇選挙』のエドワード・ベルガー監督インタビュー。「映画は私たちの社会を映し出すものでなければならない」
第97回アカデミー賞において脚色賞を受賞した注目の映画『教皇選挙』のエドワード・ベルガー監督に、作家の樋口毅宏さんがインタビュー。
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取材/樋口毅宏 構成/井上真規子 編集/森本 泉(Web LEON)
エドワード・ベルガー監督に作家の樋口毅宏さんがインタビュー

混迷を極めた時代に、世界にわずかな光を見い出す名作(樋口)
まずはこの映画を観てほしい。『教皇選挙』は現代社会のあらゆる縮図になっている。世界中のカトリック教会を束ねる総本山バチカンのトップ、教皇が急逝したことから物語は始まる。ただちに枢機卿が集まり、次の「頭目」を決めなければならない。そのためトランプを彷彿とさせる排外主義者や、リベラルを標榜しながら中身は我欲でドロドロの凡夫など、水面下で嫉妬絡みの投票工作が暗躍する。観客も苦しい選択を求められたその先に驚愕のエンディングが待ち受けている。混迷を極めた時代に、世界にわずかな光を見い出す名作だ。
なおインタビューはアカデミー賞前に行われたものである。

今年のアカデミー賞は、賞ごとにまったく傾向が違う(エドワード)
エドワード ・ベルガー監督(以下、エドワード) こんにちは。どの賞かにもよりますが、チャンスはいくつかあるのかなと思っています。ただ、既にいろんな賞レースが始まっていますが、賞ごとにまったく傾向が違うのでなんとも言えません。そういうみんなの多様な思考が、そのままアカデミー賞にも反映される気がしています。
エドワード 仏教のことをもう少し存じ上げていれば、「実はね」なんて色々語れたのでしょうけれども、この数は本当に偶然です。
樋口 そうでしたか。キリスト教と仏教に相通ずるところはあると思いますか?
エドワード 世界にはいろんな宗教、宗派がありますが、その中で人類が探求したいことは共通していると思います。それは「生きることの意味を見出したい」「なぜ自分はこの世に産み落とされたのかを知りたい」「自分の幸福をどう追求していけばいいのかを知りたい」ということ。願いはみんな一緒ですから、異なる宗教観の間でも共通項はきっとあると思います。
樋口 なるほど。今作の主人公である首席枢機卿のローレンス役はレイフ・ファインズが演じましたが、自らの信念に揺らぎ悩める様子が『シンドラーのリスト』で演じたナチス将校と重なりました。レイフ・ファインズをキャスティングする決め手となった作品はあったのでしょうか。
エドワード レイフは内面の表現にすごく長けていて、それがローレンス枢機卿という役に必須だったんです。ローレンスは、葛藤を抱えていて内側で色々うごめいている人物。自分の思いに疑念があって、かつ目立ちたくなくてスポットライトを当てないでくれ、と思いながら嫌々選挙の取引をしているんです。そういうローレンスの内側の葛藤を、レイフは表情で見せてくれるだろうと思いました。心の本当の奥底を開いて見せて、観客を誘う芝居ができる俳優なんです。

この作品でやりたかったのは政治闘争劇だった(エドワード)
エドワード 神がどういう形で存在するかはわからないですが、確かに私は神を信じている人間だと思います。人間が、すべての生物の上にある至高の存在だとは思っていないからかもしれません。
また、僕の見解では新教皇に選出されるに最もふさわしい枢機卿は“彼”だと思っています。他の皆は人生を歩むなかで、いろんな誘惑に負けたり、権威にひれ伏したり、外的な何かに負けて道ならぬことに手を染めてきた。これは聖職者でなくてもそうです。レイフ演じるローレンスも、事務的なあれこれに埋没する中で、なぜ自分が聖職者になったのか見失っていきます。しかし、選ばれた“彼”だけが実際に定説を守って、純粋に善を施すことを使命に生きて実行してきた聖職者なんですね。
エドワード ただ、私がこの作品でやりたかったのは政治闘争劇だったんです。
樋口 それは本当に思いました! そして、舞台は新教皇を選ぶコンクラーベで、皆我こそが「神の使いだ」と言っているけれど、パワーゲームを繰り広げる様子はものすごい俗物の集まりのように見えました。監督は本当に人間の描き方が巧みでうまいな〜と思いました。

是枝裕和監督にも影響を受けています(エドワード)
エドワード 僕は、多様なスタイルに挑戦してくのが好きなんです。二番煎じ的なことはやりたくないので。毎回、作風や目標値、リズムを変え、次なるハードルを探し求めていろんな課題に挑戦しています。
樋口 とてもストイックですね。
樋口 あー、とてもよくわかります。
エドワード ちなみに今作のインスピレーション源は、70年代の政治陰謀ものです。監督を1人あげるならば、アラン・J・パクラ監督。すごく精緻に、正確に刻んで作っていく監督で、彼の『大統領の陰謀』や『パララックス・ビュー』のような作品を作りたくて、今回手がけました。
エドワード そう言っていただけてうれしいです。

で、これ何かに似ているなと思ったんです。クリント・イーストウッド監督が94歳で製作した引退作『陪審員2番』です。イーストウッドは、監督の『Your Honor』を観てインスパイアを受けていると思うのですが。『陪審員2番』はご覧になりましまか?
エドワード そうなんですね。まだ見ていないんです。
樋口 ぜひ、見てください。あれはイーストウッド、間違いなくパクってますよ!
映画は私たちの社会を映し出すものでなければならない(エドワード)
エドワード あそこは撮影が絶対にできないところですから、作らなければならなかったんです。ただし予算の関係上、すべてのセットを作るわけにはいきませんでしたので、システィーナ礼拝堂と彼らの宿舎となった聖マルタの家だけを作りました。ワンシーンや1日で終わる撮影場所などは、随分長いことローマをロケハンしながらいろんな場所を選定し、パズルのピースのようにシーンを組み合わせていきましたね。
樋口 そうですよね。特にシスティーナ礼拝堂は、実際の礼拝堂で撮影したのかと思うほど本当に素晴らしいセットでしたね。
樋口 あと、映画『ブルーベルベット』(1986年公開)で魅せられて以来、イザベラ・ロッセリーニのファンなのですが、今回は出番が少ないながらも非常に印象に残る役を演じられていました。ファンを代表してお礼をお伝えしたいです。
エドワード イザベルは、オスカーで『ブルーベルベット』で着ていた、青いベルベットのドレスを着るみたいですよ。

エドワード アハハハ(笑)。ありがとう!
樋口 最後に。ご存知のように、ロシアがウクライナに、イスラエルがガザに侵攻し、トランプがアメリカの大統領に再選されるなど、世界は混迷を極めています。その中で、今作が世に出たことは非常に意義深いことだと思います。1人でも多くの人が今作を観ることで、世界は少しでも良くなると信じています。監督は、これからもこうした社会的意義のある映画を撮られていきますか?
基本的に、監督としてメッセージを抱えて説教するようなことはやりたくないのですが、やはり映画は何がしかの理由にかき立てられて作るべきものだと思いますし、私たちの社会を映し出すものでなければならないと思いますね。
樋口 ありがとうございました。2025年始まったばっかりですけど、ベストワンを見ちゃったなという気持ちでいっぱいです!
エドワード お〜! うれしいです。ありがとうございました。

まさかエドワード・ベルガー監督をリスペクトする日が来るとは思わなかった。というのも、僕は彼のデビュー作『ぼくらの家路』を日本公開時(2015年)に観て、それが眉を顰めたくなる作品だったからだ。ネグレクトされた幼い兄弟が母を求めて旅に出るもので、連載していた映画評でこき下ろした。
それから幾星霜、『西部戦線異状なし』(2022年)にはブッたまげた。ヘミングウェイの「戦争は人が死ななければ最高のページェント(野外劇)だ」という名言を想起したほど。構造的にはイーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』を彷彿とさせるが、ラストは生易しくない。「英雄物語など作らない」とする、ドイツ人の戦争への厳しさが窺えた(さすが『Uボート』を撮った国!)。
むかしは、「映画は、巧い監督は最初から巧い」と思っていた。スピルバーグのせいかもしれない。ところが映画を数多観ていくうち、そんなことはないと知る。あの黒澤明でさえ『續姿三四郎』の決闘シーンは「おいおい」とツッコまざるを得ない出来栄えだった。
巨匠を引き合いに出すまでもなく、例えば『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』などは劇場を出た後、「金と時間を返してほしい。2度とこの監督の映画は観ない」と激しく誓ったものだ。そしたらどうですか。その監督はそれから13年後、アカデミー作品賞と女性初の監督賞を取るんですから。キャスリン・ビグローの『ハート・ロッカー』って言うんですけどね。
つくづく思う。映画は観続けるといいことがある。一時は呪詛を唱えても、批評という苦い肥料の甲斐あって、いつか大きな果実になる。『教皇選挙』はそれを証明した。観客は映画の樹の下で辛抱強く待っている。
樋口毅宏

● エドワード・ベルガー
1970年3月6日西ドイツ生まれ。ドイツのブラウンシュバイク美術大学を経て、ニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・ジ・アーツで監督業を学ぶ。2014年の劇場初公開監督作『ぼくらの家路』で国際的に注目を集める。第1次世界大戦を描いたNetflix映画『西部戦線異状なし』(22)が第95回アカデミー賞の国際長編映画賞を受賞。レイフ・ファインズを主演に迎えた『教皇選挙』も第97回アカデミー賞において作品賞含む8部門にノミネートされ脚色賞を受賞。

● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が好評発売中。カバーイラストは江口寿史さん。現在雑誌『LEON』で連載小説「クワトロ・フォルマッジ-四人の殺し屋-」を執筆中。
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『教皇選挙』
カトリック教会の総本山・バチカンのトップに君臨するローマ教皇を決める教皇選挙「コンクラーベ」。完全なる秘密主義のベールに覆われた選挙の舞台裏は、ほんのひと握りの関係者以外、知る由もない。聖職者が政治家に見えてくるほどの熾烈なパワーゲーム、投票を重ねるたびに目まぐるしく変わる情勢、そして息を呑む急展開のサプライズ。政治的分断が深刻化している現代社会の縮図のような選挙戦の行方は、悲劇か、それとも新たな時代の希望をたぐり寄せるのか——。原作はロバート・ハリスの小説「CONCLAVE」。監督は『西部戦線異状なし』などのエドワード・ベルガー。『ザ・メニュー』などのレイフ・ファインズ、『ザ・サイレンス 闇のハンター』などのスタンリー・トゥッチのほか、ジョン・リスゴー、イザベラ・ロッセリーニらがキャストに名を連ねる。
公式HP/https://cclv-movie.jp/
配給:キノフィルムズ © 2024 Conclave Distribution, LLC.
3月20日(木・祝)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー