2025.03.01
異能のピアニスト角野隼斗。「ショパンの美しさは美しくしようと思わないところにある」
ジャズやポップスにも精通し、クラシックの枠にとらわれない幅広い活動で注目を浴びている異能のピアニスト、角野隼斗さん。そんな角野さんの3年間を追ったドキュメント映画『角野隼斗ドキュメンタリーフィルム 不確かな軌跡』の公開がスタート。追われた本人は何を思うのか?
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文/長谷川あや 撮影/内田裕介 スタイリング/金野春奈 ヘアメイク/川口陽子 編集/森本 泉(Web LEON)
東京大学大学院卒、人気YouTuberの顔をもつ異能のピアニストを3年追った

そんな角野さんの3年間を追ったドキュメント映画『角野隼斗ドキュメンタリーフィルム 不確かな軌跡』の公開がスタートしました。今秋には音楽の殿堂と言われる、ニューヨーク「カーネギーホール」でのソロリサイタルが決定。今、飛ぶ鳥を落とす勢いの角野さんの音楽は、なぜ聴く者を魅了するのでしょうか。そもそも角野さんって、どんな人? 今年30歳を迎える若きピアニストの素顔に迫ります。
自分が話しているところを見るのは照れくさいです
角野隼斗さん(以下、角野) 手落ち無沙汰で、どうしても指が動いてしまうんですよ。
── ドキュメンタリー映画も拝見しました。撮影は3年間にわたって行われたそうですが、この仕事を受けたのはどうしてでしょう?
角野 お話をいただいたのは、ちょうど映画にも出てくる29歳の誕生日に日本武道館での公演が決まり、海外でのリサイタルやオーケストラとの共演も増えてきた頃。そろそろ、僕のドキュメンタリーも成立するんじゃないかなとお引き受けしました。

角野 カメラを向けられることによって僕の行動が変わることはないし、僕の中では、僕の映画というより、監督の映画という認識なんです。ただ、今回の監督は違いますけど、ドキュメンタリーって、たまに被写体の負の感情を引き出そうとする方っているじゃないですか(笑)。それは嫌ですね。苦しんでいる姿を映したほうがストーリーにしやすいんでしょうけど。
── (笑)。ところで、角野さんは、今回の映画、もうご覧になりました?
角野 はい、でも直視はできませんでした(笑)。自分が話しているところを見るのは照れくさいです。ただ、横目での鑑賞ではありますが、面白く見せてもらいました。
角野 「素の自分を知ってもらいたい」という気持ちはあまりなかったのですが、たしかに僕のことを知ってもらい、親近感をもってもらうのは悪いことではないかもしれませんね。まあ、お金をビニール袋に入れて持ち歩いていることは、音楽性とはあまり関係ないですけど(笑)。
──ただ、「角野さん、こういう風に笑うんだ」「こういうモノを食べているんだ」ということを垣間見られたのは興味深かったです。
角野 僕、笑ってました(笑)? 無意識なんです、それ。単純に楽しいから笑うこともありますが、音楽と一体化できた時、自然と笑いが出てくることがあるんです。アドレナリンとかドーパミン的な感じ? 本気で楽しめている時ほど、音楽に個性が反映されるんですよね。常にそういった状態で、自分を自然に表現できる状態でいられることが理想ですが、それがなかなか難しい(笑)。そのために日々練習を重ねています。

一周まわってアナログの表現が重要視されるようになってくる
角野 昔の人がその時々で音楽を楽しんでいたように、今、この時代の音楽を伝えていきたいですね。それが未来につながっていんじゃないかなとも思っています。20世紀後半から、デジタルで音楽が表現されるようになりました。今ではデジタル形式で構成されているコンテンツで溢れかえっていて、生成AIが音楽を作ることができる時代です。そうなってくると、一周まわってアナログの表現が重要視されるようになってくるのではないかなと考えています。
クラシック音楽は、特にその傾向が強いように感じています。そのためにクラシックピアノを続けているわけではありませんが、自分がこれまでやってきたことを、自分の体で表現することが、今後ますます大切になってくると思うんです。デジタルを活用した表現にしても、今の時代、本当にいろいろありますよね。YouTubeもそのひとつですが、そのメディアでしかできないことがある。いろいろなことを、面白がりながらやっていきたいです。
角野 そう思います。大学院では情報理工学系研究科に進み、「自動採譜」の研究に取り組みました。フランスの音響音楽研究所にも留学しています。その学びや経験はもちろん、学生時代に培った研究者的なマインドは音楽に取り組む際に役立っています。

角野 演奏と曲づくりには、別の楽しさがあります。どちらも自分の中ではしっかり紐づいていて、どちらかしかやらないというのは違和感があります。作曲家と演奏家は異なることが多いですが、それが一緒になることの面白さもあると思うんです。僕は即興もやるし、編曲もやります。さまざまなことを手がけることで、より音楽を自由に扱い、自分を表現したいという思いがあります。
── 角野さんが追求するのは音楽性? それともエンタテインメント性でしょうか。
角野 追求しているのは音楽です。ただ、お客さまに聞いていただくわけですから、どうやったらより伝わるか、ということも常に考えています。
── YouTuberとしての活動もそういった思いから?
角野 そうですね。YouTubeひとつをとっても、面白いと思ってもらうには、実際面白いものを創る必要がある。クラシック音楽だけを学んでいたら、そういった思考には至らなかっただろうし、気づけなかったことも多いと思っています。
──角野さんの活動からは、「他の人がやっていないことをやりたい」という強い思いが伝わってきます。
角野 たしかに、他の人がやっていることを、自分がやっても意味がないんじゃないかなと思ってしまうタイプです(笑)。ただ、他の人がすでにやっていることでも、自分なりの方法で提案できるのならやりますよ。

7月14日、僕の誕生日に武道館が空いていますと声をかけてもらった
角野 最後に「ボレロ」を持ってくることは早い段階で決めていました。途中、照明を赤くして原曲から離れた即興を入れたんです。1分間くらいだったでしょうか。「ボレロ」は、それまでのツアーでも演奏したことがありますが、ひと味違うものになったんじゃないかな。ピアノにシンセサイザーの音を重ねることで、自分の世界観を届けることができたとも思っています。
──武道館公演について、終演後に「再出発」と表現されていましたね。そもそもどんなきっかけで、武道館公演を実施しようと思ったのでしょう?
角野 正直なことを言えば、「7月14日、誕生日の日に武道館が空いています」と声をかけてもらい、これはやったほうがいいかなと(笑)。そんな機会、滅多にないじゃないですか。
角野 ですよね(笑)。武道館で公演が決定した後、ピアニストとして本格的に活動を始めてからの、5年ほどの歴史を追うようなかたちのライブにすることを決めました。
ただ武道館は、構造上、通常のクラシックのコンサートで大切にされる生音が制限されてしまうんです。そんな状況でどういったことができるかと思いを巡らせていたなか、自分のピアノを持ち込むことを思い付きました。ピアノを持ち込むことで、弦を叩いて特殊な音を出すなど、自由度が高まります。P.A.の方と一緒に、自然な音づくりにもこだわりました。結果として、センターステージで演奏するということも含め、武道館でしかできないことができたと思っています。
──映画の音も良かったです! 大きな映画館で観たい作品だと思いました。
角野 ありがとうございます。武道館のライブのシーンは、完全にノイズを消すのではなく、ノイズも取り入れることで武道館という特別な空気感を感じてほしいという大まかな希望だけは伝えさせていただいたんです。音、良かったですよね⁉

角野 そうでした? あまり覚えてないな(笑)。ただ、現実ではないような、とても不思議な体験でした。1万3000人の方が静かに集中して一音に耳を傾けてくださっている──。うれしかったですね、すごく。終演後、誕生日当日ということもあって(笑)、ウキウキしながら帰宅したことはよく覚えています。
角野 虚飾のない人ですね。僕もそうありたいし、僕が表現したいことを表現するためにも、そうであるべきだと思っています。ショパンコンクール出場にあたって、ショパンの作品に集中的に取り組んだ際、「ショパンの美しさはどこから来るんだろうか」ということを考えたんです。その時、美しくしようと思わないところに美しさがあるのではないのかなと、思い至りました。
自然に美しさを感じる感覚に近いような気がします。ショパンの曲は自然であることがとても大事で、僕も演奏する時に「飾ろう」と思いません。それって日本人のマインドにも近いように思うんです。日本人がショパンを好きな理由って、そういうところにあるのかもしれませんね。

● 角野隼斗(すみの・はやと)
アーティスト、1995年、千葉県生まれ。世界各国でのコンサート活動、オーケストラとの共演、CMへの楽曲提供、テレビドラマのテーマ曲演奏など、世界をまたにかけ縦横無尽な活躍を見せる。母親がピアノ講師だったこともあり、「ピアノは物心ついた頃から生活の中にありました」。中学時代にバンド活動を開始。高校時代には、ニコニコ動画への投稿や、YouTubeチャンネル「Cateenかてぃん」として活動をスタート。東京大学大学院在学中の2018年、“最後の思い出”として出場した「ピティナ・ピアノ・コンペティション」でグランプリを受賞。2021年のショパン国際ピアノコンクールではセミファイナリストとなる。自身の29歳の誕生日となる2024年7月14日に行われた日本武道館単独公演には、「日本武道館におけるピアニストの単独公演として史上最高の動員数」となる1万3000人が詰めかけた。
オフィシャルサイト/角野隼斗 Hayato Sumino Official Website

『角野隼斗ドキュメンタリーフィルム 不確かな軌跡』
異能のピアニスト・角野隼斗に3年間密着し、これまで明かされなかった角野の素顔、現在の思考、挑戦し続ける姿を追ったドキュメンタリー。監督は、「情熱大陸」などで、角野の追い続けてきた望月馨。角野は、本作の公開に当たり、下記のコメントを寄せている。「自分の初のドキュメンタリー映画ということで、うれしいやら恥ずかしいやらソワソワしています。ドキュメンタリーというのは確固たる目標に向かって突き進むようなタイプの人生の方がきっと映えるんだろうと思いますが、自分の人生はそんな一直線ではありませんでした。過去を振り返ってみれば、環境に導かれながらその時々で自分の進むべき道を模索してきたように思います。その軌跡はいつも、不確かなものでした。それでも自分の中には確固たる想いと美学はあって、それを形にするために日々努力してきました。そしてこれからも。こんな僕の物語が面白いのかどうかは分かりませんが、何かみなさんの生きるヒントに少しでもなれたら、それ以上にうれしいことはありません」
C)角野隼斗ドキュメンタリーフィルム製作委員会
2025年2月28日(金)より公開中
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クリスチャン ディオール 0120-02-1947