2024.09.15
「チーム・サスエ」の魚を食べるために静岡へ。口の中に駿河湾が広がって魚の概念が変わる!
いま、多くの食いしん坊が魚を食べるために静岡に降りたっています。目指すは、「サスエ前田魚店」の魚を扱う地元の料理店。そこで得られるのは、自分の職に生きる人々のチームプレーが生み出す、唯一無二の食体験です。都内からほんの1時間で着くのですから、行かない手はありません。
- CREDIT :
文・写真/大石智子
静岡の料理店がどんどん化けている
理由は、ここ数年で静岡にある「サスエ前田魚店」の魚を扱う地元料理店の魚を食べ続けたこと。元々それらの店では高いレベルの魚が出されていましたが、昨年からさらに違うフェーズに入っています。ひと言でいえば、「バカ旨い」。でも、味だけの話ではなく、人の心を打つインパクトを食べた瞬間に感じるのです。魚は死んでいるのに、途切れていないリズムが身体に入る感覚と言いましょうか。
・ 静岡市「てんぷら成生」志村剛生さん(49歳)取引歴17年
・ 焼津市「茶懐石 温石」杉山乃互さん(40歳)取引歴15年
・ 静岡市「シンプルズ」井上靖彦さん(47歳)取引歴9年
・ 静岡市「日本料理 FUJI」藤岡雅貴さん(39歳)取引歴5年
・ 焼津市「馳走西健一」西健一さん(44歳)取引歴2年
・ 焼津市「なかむら」中村友紀さん(39歳)取引歴1年4カ月
・ 浜松市「Notice」今津 亮さん(39歳)取引歴1年
最深部2500mに達する日本一深い駿河湾は、生物多様性に富み、1000を超える魚種が生息する漁場です。富士山をはじめとする山も連なる静岡県。富士川や大井川などを通った山のミネラルが海に流れ出て、それを摂取した桜海老や小魚を食べるグルメな魚たちが生きる世界です。その魚を前田さんが仕立てると、ひと口でも、「駿河湾が凝縮している」と感じる味わいに。駿河湾の魚の魅力、漁師さんたちの仕事を伝えたいからこそ、1ミリ1秒を刻む仕事で魚をどんどん化けさせます。
例えば魚を冷やすために使う氷は12種類。かき氷に着想を得たシャーベット状の氷から、鯛焼きにヒントを得た魚型の氷まで、一匹ごとに使い分けます。塩をふって魚の水分量を操る脱水にしても、前田さんにしか掴めない塩梅が存在します。いわば魚の化学者。ですから、国内外の有名シェフがその魚を求め、取引先は100軒以上に及ぶ。でも、ぜひ一度は前述の静岡の料理店で食べていただきたい。
どういうことか、昨年11月に開催された「東アジア文化都市2023静岡県」のイベントでの料理と言葉も引用しながらお伝えします。イベントでは、“チーム・サスエ”の料理人たちと、韓国と香港の有名シェフによるコラボディナーが提供されました。前田さんが「てんぷら成生」の志村さんとタッグを組み始めてから17年。仲間が増え、ローカルガストロノミーの盛り上がりが国際的なものになってきています。
魚のバトンリレーあってこそ生み出せる味
よく魚は寝かせたり熟成させたりすると旨味が増すと言われますが、サスエでは違います。“泳がせ”の生きた魚を締めることでしか出せない旨味、その旨味を出すための瞬間を狙った技が存在しているのです。いま私たちが味わえるその美味しさの始まりは、17年前に遡ると前田さんが振り返ります。
そう考えていたのは、ちょうど2016年夏のリオ五輪の頃。ある名シーンが前田さんを鼓舞しました。
「陸上男子の400m走リレーを見ていたんですね。日本代表は、100mで10秒を切っている選手はひとりもいなくて、個人戦では世界に勝てないけど、リレーでは世界で2位になった。銀メダルを獲りました。あのリレーをもう100回以上は見返していますけど、バトンリレーだったんです。バトンのスピードが素晴らしかった。そのバトンを魚におきかえ、同じチーム戦と考えたら、静岡の食はもっと強くなれる。でも、8年前にはスターターがいなかったんです」
“游がせ”の魚が、生きたまま港にやってくるようになった
「たまたま焼津水産高校の同級生が自分の新船を持って、これから漁師として本格的に食っていくぞという話になったので、彼に細かなことをお願いしたら受けてくれました。そして、その魚を2〜3割高く買うようにしました。すると、魚のクオリティが徐々によくなっていき、他にも協力してくれる漁師さんが増えてきました。最初はお金だったんですよ。正直、“お前いくらで買うんだ?”って話で。
それが半年経った頃ですかね。漁師さんが、もういいよという感じで、“とにかく喜ばしたい”と言ってくれました。あの時は、店に帰ってからガッツポーズしました。飲食店のメンバーにも流れが変わったと言ったら、じゃあ今度は漁師さんにも店で食べてもらおうと。漁師さんも魚屋も、最後に食べるお客さんがどう感じるかを汲みとる必要があるからです。“夜な夜な会”と言って、成生とは17年前から続けてきました。その会にバトンリレーのスターターである漁師さんを呼ぶようにしたら、いまとんでもないことになってきました」
近年、特に大きな違いとなっているのが、“泳がせ”の魚たち。金魚すくいで追うように、網のなかで傷つかずに泳いで港に辿り着く魚です。前述のエボ鯛に感動したのも、“泳がせ”だったから。そういえば前田さんのSNSを見ていると、いつも“游がせ”と書いているのが興味深い。泳ぐではなく“游ぐ”だと“遊ぶ”のニュアンスが出て、まるで魚が遊んでいるうちに港まできて締められ、息をひきとります。
「魚を変えることより、人の気持ちを変える方が難しい。なんでもそうじゃないですか。でも、漁師さんが変わってくれて、愚直な料理人が集まってくれて、それが財産なんですよ。このチームプレーに、わざわざ静岡まで来るお客さんが喜んでくれます。誰が偉いとかじゃない。みんなで作り上げるんです」
後編では、前田さんが「いいメンバーなんですよ」と誇る7人の料理人についてご紹介します。
● 大石智子(おおいし・ともこ)
出版社勤務後フリーランス・ライターとなる。男性誌を中心にホテル、飲食、インタビュー記事を執筆。ホテル&レストランリサーチのため、毎月海外に渡航。スペインと南米に行く頻度が高い。柴犬好き。Instagram(@tomoko.oishi)でも海外情報を発信中。