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2024.09.15

「チーム・サスエ」の魚を食べるために静岡へ。口の中に駿河湾が広がって魚の概念が変わる!

いま、多くの食いしん坊が魚を食べるために静岡に降りたっています。目指すは、「サスエ前田魚店」の魚を扱う地元の料理店。そこで得られるのは、自分の職に生きる人々のチームプレーが生み出す、唯一無二の食体験です。都内からほんの1時間で着くのですから、行かない手はありません。

CREDIT :

文・写真/大石智子

適切な温度で冷やされる金目鯛。
▲ 適切な温度で冷やされる金目鯛。

静岡の料理店がどんどん化けている

昨年頃から、都内の高級店での外食中に、ふと感じてしまうことがあります。それは魚を食べている時、「すごく美味しい。でも死んでいる」と。料理になる魚はそもそも死んでいるので、おかしな話に聞こえるでしょう。自分でも変だと思うのに、そう感じてしまうのはなぜか?

理由は、ここ数年で静岡にある「サスエ前田魚店」の魚を扱う地元料理店の魚を食べ続けたこと。元々それらの店では高いレベルの魚が出されていましたが、昨年からさらに違うフェーズに入っています。ひと言でいえば、「バカ旨い」。でも、味だけの話ではなく、人の心を打つインパクトを食べた瞬間に感じるのです。魚は死んでいるのに、途切れていないリズムが身体に入る感覚と言いましょうか。
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どの店で食べられるかと言えば、以下の7軒。最近では全国の食いしん坊から“チーム・サスエ”とも呼ばれる7人の料理人です。上から、静岡で独立開業してから「サスエ前田魚店」と取引している順になります。

・ 静岡市「てんぷら成生」志村剛生さん(49歳)取引歴17年
・ 焼津市「茶懐石 温石」杉山乃互さん(40歳)取引歴15年
・ 静岡市「シンプルズ」井上靖彦さん(47歳)取引歴9年
・ 静岡市「日本料理 FUJI」藤岡雅貴さん(39歳)取引歴5年
・ 焼津市「馳走西健一」西健一さん(44歳)取引歴2年
・ 焼津市「なかむら」中村友紀さん(39歳)取引歴1年4カ月
・ 浜松市「Notice」今津 亮さん(39歳)取引歴1年
前列右から、志村剛生さん、井上靖彦さん、韓国人シェフのイム・ジョンシクさん、西健一さん、前田尚毅さん。ジョンシクさんはソウルとNYで店をかまえ、ミシュランの2つ星も長く維持し、モダン・コリアンの先駆者として知られています。
▲ 前列右から、志村剛生さん、井上靖彦さん、韓国人シェフのイム・ジョンシクさん、西健一さん、前田尚毅さん。ジョンシクさんはソウルやNYで店をかまえ、ミシュランの2つ星も長く維持し、モダン・コリアンの先駆者として知られています。
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料理人たちに魚を渡すのは、「サスエ前田魚店」の前田尚毅さん(50歳)。静岡・焼津(やいづ)の魚店に5代目として生まれた前田さんは、駿河湾の魚を知り尽くす人。お母さんにおんぶされている頃から、醤油もつけない魚の切り身をおやつにして育ちました。

最深部2500mに達する日本一深い駿河湾は、生物多様性に富み、1000を超える魚種が生息する漁場です。富士山をはじめとする山も連なる静岡県。富士川や大井川などを通った山のミネラルが海に流れ出て、それを摂取した桜海老や小魚を食べるグルメな魚たちが生きる世界です。その魚を前田さんが仕立てると、ひと口でも、「駿河湾が凝縮している」と感じる味わいに。駿河湾の魚の魅力、漁師さんたちの仕事を伝えたいからこそ、1ミリ1秒を刻む仕事で魚をどんどん化けさせます。

例えば魚を冷やすために使う氷は12種類。かき氷に着想を得たシャーベット状の氷から、鯛焼きにヒントを得た魚型の氷まで、一匹ごとに使い分けます。塩をふって魚の水分量を操る脱水にしても、前田さんにしか掴めない塩梅が存在します。いわば魚の化学者。ですから、国内外の有名シェフがその魚を求め、取引先は100軒以上に及ぶ。でも、ぜひ一度は前述の静岡の料理店で食べていただきたい。
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なぜなら、そこには地元こその“魚のバトンリレー”があって、魚に人の想いがガツンとのってくるから。ゆえに死んだ魚に生きたライブ感を覚えるのですが、近年、そのバトンリレーがさらに進化しています。

どういうことか、昨年11月に開催された「東アジア文化都市2023静岡県」のイベントでの料理と言葉も引用しながらお伝えします。イベントでは、“チーム・サスエ”の料理人たちと、韓国と香港の有名シェフによるコラボディナーが提供されました。前田さんが「てんぷら成生」の志村さんとタッグを組み始めてから17年。仲間が増え、ローカルガストロノミーの盛り上がりが国際的なものになってきています。
右2人目から、イム・ジョンシクさん、前田尚毅さん、香港出身のシェフのグレース・チョイさんと通訳さん、藤岡雅貴さん、中村友紀さん、今津 亮さん、杉山乃互さん。チョイさんは世界的に知られる少人数制紹介制レストラン「CHOY CHOY KITCHEN」のオーナーで、中目黒にも支店をもちます。
▲ 右2人目から、イム・ジョンシクさん、前田尚毅さん、香港出身のシェフのグレース・チョイさんと通訳さん、藤岡雅貴さん、中村友紀さん、今津 亮さん、杉山乃互さん。チョイさんは世界的に知られる少人数制紹介制レストラン「CHOY CHOY KITCHEN」のオーナーで、中目黒にも支店をもちます。
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魚のバトンリレーあってこそ生み出せる味

噛むほどに美味しさが出てくるエボ鯛のお造り。
▲ 噛むほどに美味しさが出てくるエボ鯛のお造り。
当日、提供された魚で特に驚いたのがエボ鯛のお造りでした。エボ鯛は干物や煮付けで食べるのが一般的。それが刺身で出てきて、噛んだ時の感動をいまでも覚えています。感動って安直に言いたくないですが、このエボ鯛には使いたい言葉。

よく魚は寝かせたり熟成させたりすると旨味が増すと言われますが、サスエでは違います。“泳がせ”の生きた魚を締めることでしか出せない旨味、その旨味を出すための瞬間を狙った技が存在しているのです。いま私たちが味わえるその美味しさの始まりは、17年前に遡ると前田さんが振り返ります。
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「17年前に(てんぷら)成生と二人三脚で始めた当時は、1日2人しかお客さんが入らない日もありました。いまでこそ超予約困難店ですが、最初の1年は閑古鳥。それでも続けていくと、東京からもお客さんが来る店になっていきました。そんななか、8年前にこれからの駿河湾の将来を考えた時、いま手に入る魚のクオリティを上げることが必要と思い、そのためにはもっと漁師さんに協力してもらわないといけなかった。料理人と魚屋でタッグを組むだけではなく、漁師さんも一緒にならないと変わらない。料理は、魚が針をくった瞬間から始まっていると気づいたからです」

そう考えていたのは、ちょうど2016年夏のリオ五輪の頃。ある名シーンが前田さんを鼓舞しました。

「陸上男子の400m走リレーを見ていたんですね。日本代表は、100mで10秒を切っている選手はひとりもいなくて、個人戦では世界に勝てないけど、リレーでは世界で2位になった。銀メダルを獲りました。あのリレーをもう100回以上は見返していますけど、バトンリレーだったんです。バトンのスピードが素晴らしかった。そのバトンを魚におきかえ、同じチーム戦と考えたら、静岡の食はもっと強くなれる。でも、8年前にはスターターがいなかったんです」
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前田さんはスターターを生むべく、漁師さんたちに直談判を始めました。しかし、最初は門前払い。前田さんのリクエストは漁師さんの手間を増やすことでしたし、長年のやり方を変えることは、そう簡単ではありません。周囲には叩かれ、話を聞いてくれる人はひとりもいませんでした。
前田尚毅さんは、2024年8月1日に5代目として「サスエ前田魚店」の代表に就任。
▲ 前田尚毅さんは、2024年8月1日に5代目として「サスエ前田魚店」の代表に就任。

“游がせ”の魚が、生きたまま港にやってくるようになった

前田さんの仕事の起点である小川港。
▲ 前田さんの仕事の起点である小川港。
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頭を下げて漁師さんを周っても上手くはいかない。それでも、“ひとりでも協力してくれれば変わる”と揺るがなかったのは、既に「てんぷら成生」の志村さんというひとりの存在が、静岡の食を変え始めていたから。模索するなか、ある身近な人が流れを変えてくれました。

「たまたま焼津水産高校の同級生が自分の新船を持って、これから漁師として本格的に食っていくぞという話になったので、彼に細かなことをお願いしたら受けてくれました。そして、その魚を2〜3割高く買うようにしました。すると、魚のクオリティが徐々によくなっていき、他にも協力してくれる漁師さんが増えてきました。最初はお金だったんですよ。正直、“お前いくらで買うんだ?”って話で。

それが半年経った頃ですかね。漁師さんが、もういいよという感じで、“とにかく喜ばしたい”と言ってくれました。あの時は、店に帰ってからガッツポーズしました。飲食店のメンバーにも流れが変わったと言ったら、じゃあ今度は漁師さんにも店で食べてもらおうと。漁師さんも魚屋も、最後に食べるお客さんがどう感じるかを汲みとる必要があるからです。“夜な夜な会”と言って、成生とは17年前から続けてきました。その会にバトンリレーのスターターである漁師さんを呼ぶようにしたら、いまとんでもないことになってきました」
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静岡の料理人たちはいい魚を超速ジャンケンで恨みっこなしでゲットします。
▲ 静岡の料理人たちは、いい魚を超速ジャンケンで恨みっこなしでゲットします。
スターターの漁師さんが、アンカーであるお客さんとなって、獲り方や処理を変えた魚を口にする。いままでとの味の違いに驚き、モチベーションがぐっと上がっていきます。

近年、特に大きな違いとなっているのが、“泳がせ”の魚たち。金魚すくいで追うように、網のなかで傷つかずに泳いで港に辿り着く魚です。前述のエボ鯛に感動したのも、“泳がせ”だったから。そういえば前田さんのSNSを見ていると、いつも“游がせ”と書いているのが興味深い。泳ぐではなく“游ぐ”だと“遊ぶ”のニュアンスが出て、まるで魚が遊んでいるうちに港まできて締められ、息をひきとります。
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いまでは、鰯も、鯵も太刀魚も、“游がせ”に。普通ならすぐに死んでしまう弱く繊細な魚が港まで生きて来ることに、同業者も「信じられない」とショックを受けます。チーム・サスエの飲食店では、口に入る3時間前まで生きていた魚も少なくない。それは単に新鮮だからよいのではなく、生きた魚(バトン)を、漁師さん(捕獲、港までの輸送)、魚屋(仕立て)、料理人(調理)、すべてのランナーがプロフェッショナルな仕事をするからこそ、人の心を動かすバトンリレーが実現します。

「魚を変えることより、人の気持ちを変える方が難しい。なんでもそうじゃないですか。でも、漁師さんが変わってくれて、愚直な料理人が集まってくれて、それが財産なんですよ。このチームプレーに、わざわざ静岡まで来るお客さんが喜んでくれます。誰が偉いとかじゃない。みんなで作り上げるんです」

後編では、前田さんが「いいメンバーなんですよ」と誇る7人の料理人についてご紹介します。
「てんぷら成生」の鯵の天ぷら。
▲ 「てんぷら成生」の鯵の天ぷら。
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● 大石智子(おおいし・ともこ)

出版社勤務後フリーランス・ライターとなる。男性誌を中心にホテル、飲食、インタビュー記事を執筆。ホテル&レストランリサーチのため、毎月海外に渡航。スペインと南米に行く頻度が高い。柴犬好き。Instagram(@tomoko.oishi)でも海外情報を発信中。

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