2024.09.21
静岡で“バカ旨魚料理”を提供する、「チーム・サスエ」の7人の料理人とは?
いま、多くの食いしん坊が魚を食べるために静岡に降りたっています。目指すは、「サスエ前田魚店」の魚を扱う地元の料理店。そこで得られるのは、自分の職に生きる人々のチームプレーが生み出す、唯一無二の食体験です。都内からほんの1時間で着くのですから、行かない手はありません。後編では、7人の料理人と彼らのお店をご紹介します。
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文・写真/大石智子
静岡の魅力を伝える7人の料理人たち
■ 静岡市「てんぷら成生」志村剛生さん(49歳)・2007年開業/取引歴17年
日本屈指の天ぷら職人は、天ぷらの難しさをずっと楽しんでいる
「それまで焼き方、煮方、刺し場を経験していったなかで、最後の担当が天ぷらでした。その時に天ぷらが最高の調理法だと確信しました。なんだこれ、何でもできるって(笑)。天ぷらという仕事はオンリーワンだと思いました」
元々シドニーに戻るつもりが、静岡で独立開業を決心。割烹時代から世話になっていたサスエの前田さんと二人三脚で歩みを進め、開業から10年後には、「てんぷら成生」は全国区となります。「天ぷらの概念が変わった」と驚く人は数知れず。いま、その席は幻のように予約困難ですが、志村さんの実像として最も印象的なのが、天ぷらが楽しそうなこと。
天ぷらについて話す時の声のハリからも、伝わるものがあります。例えば、勝手が違うイベントでの調理後には、「こういうイベントから戻った時に腕が上がります。ここで試行錯誤したことが気づきとなって、必ず自分の店に戻った時にキレが出ます。揚げ方や衣を変えるのはイベントのあとが多いです」と、アウェイでの善戦後のような清々しさ。
常に答えが変わる難しさがあるから、天ぷらが面白い。その答え探しを楽しんでいるから、際限なく進化していく。魚の水分量を衣と油で巧みに操り、結果、怒涛の香りの体験となるコースを作りあげます。「成生」での記憶に残るひと口のクチコミが、いまの静岡の盛り上がりの礎です。
■ 焼津市「茶懐石 温石」杉山乃互さん(40歳)・2019年リニューアルオープン/取引歴15年(前店も入れると50年以上)
目に見えない職人芸をひしひしと体感できる茶懐石
2019年には、築40年以上経っていた店舗の改装を、橋本夕紀夫さん(2022年逝去)に依頼。橋本さんといえば世界的空間デザイナーとして知られ、代表作に「ザ・ペニンシュラ東京」などがあります。そんな巨匠に依頼した頃の「温石」はブレイク直前。費用に無理はあったものの、「どうせなら思いっきりふりかぶらないと伝わらない」と依頼しました。結果、新しいものが得意じゃない若大将と、家族で集めた骨董がしっくりなじむ空間が完成。
最近、スペインの著名なシェフ、アンドニ・ルイス・アドゥリスさんが、「日本は職人芸の国であり、物事をつくるには、それ相応の“時間を費やす”ことが必要だと分かっている」と話していたのですが、杉山さんの料理は、まさに見えない時間を感じさせてくれるもの。この土地の生産者、魚屋、料理人、それぞれの時間が集約されたひと皿が染み渡ります。日本人らしい職人芸のカタチであるから、「温石」へ行くと、“これぞ和食”と思うのです。
■ 静岡市「シンプルズ」井上靖彦さん(47歳)・2014年開業/取引歴9年
駿河湾の横綱“もち旨鰹”を名物とする無国籍ガストロノミー
井上靖彦さんは大分県出身。高校卒業後に料理の世界に入り、24歳でベルギーに渡り、パリ、イタリアで腕を磨き、30歳で帰国。三島と大分を経て、妻の地元だった静岡市で「シンプルズ」を開業します。ほどなくして店に食べに来ていた志村さんに誘われ、「サスエ前田魚店」の仕入れに同行。すると前田さんから立派なヒゲダラを渡され、「使ってみな。今日、食べに行くから」といきなり宣言されたのが始まりです。
いまでは、7人のなかで最も多くの魚種を扱う店となりました。1年を通してなんと200種近い魚を料理しています。ひと皿ごとに感じるのは、各国のエッセンスが混じる井上さんの自由な発想と好奇心。バリエーションが広いなかでも、鰹があがった日にだけ提供される“もち旨鰹のステーキ”は横綱級の味わいです。予約をしたら出漁を願いましょう。
■ 静岡市「日本料理 FUJI」藤岡雅貴さん(39歳)・2014年開業/取引歴5年
じゅわっと溢れ出す鯛のジュースが静岡デビューの一撃となる
藤岡さんは静岡市出身。関西の芸術大学に通っていましたが、料理人を目指すために大学を辞め、京都や東京で修業を積みます。その後、静岡へ戻り、2014年に「日本料理 FUJI」を開業。県外の魚も扱っていたものの、地元にとことん特化したスタイルを模索している頃、前田さんと出会いました。そこから、深淵なる地魚の沼にハマります。
思うに、「日本料理 FUJI」は県外の食道楽が静岡デビューするのにぴったりの場所。品川駅から静岡駅までは48分で、静岡駅から店までは徒歩5分。静岡で降りたことのない友人が「こんな近いの?」と驚き、さっきまで大都会にいたのに、一転、大海原を感じるフルコースにショックを受けます。
そうして、焼きあがった白甘鯛を噛めば、鱗がバリっと崩れるのを合図に熱い鯛のジュースがあふれ出る。都内から毎月通う常連がいることに、私も深く共感しています。
■ 焼津市「馳走西健一」西健一さん(44歳)・2022年開業/取引歴2年
広島から魚のために静岡に引っ越してきたフレンチシェフ
「僕も前田さんから鰹を送っていただいていて、それもすごいクオリティでした。でも、シンプルズで当日午後に揚がった鰹を初めて食べた時、一日でこんなに違うのかと衝撃を受け、ずっと頭に残っていました。それから1年半は広島で営業していて、もちろん送ってもらう魚も素晴らしい。でも、その後に温石さんやFUJIさんでも食べる機会があり、上には上があると気づきます。こんなに違うのなら、やっぱり自分も使いたい。羨ましい気持ちがピークになって、もう静岡に来るしかなかったです」
何がうれしいって、パイ包みやブールブランソースといったフランス料理のクラシックな手法と前田さんが仕立てた魚が出会うこと。西さんは、その日の魚の個性を知ってパイや火入れ、ソースを調整していきます。静岡にもフランスにもなかった、この店だけのひと皿です。新たな静岡の名物とも言える料理を、魚以外にこの地に縁のなかったシェフが生み出してくれたストーリーにも惹かれます。
■ 焼津市「なかむら」中村友紀さん(39歳)・2023年5月開業/取引歴1年
実は20年前からサスエに通っていた「成生」の一番弟子が昨年独立
その姿勢に前田さんが目をとめ、「1年うちで預かって成生に放り込みました」と、中村さんは魚屋を経て天ぷらの世界に入ります。そんなふたりの縁に運命的に関わってくるのが、前田さんの恩人であるいまは亡き焼津の割烹「月の森」の親方・長谷川裕三さんです。長谷川さんは、20代の前田さんの道標となり、本気で魚に向き合うきっかけを与えた人。しかし、長谷川さんは前田さんが「月の森」に数年通った頃、闘病の末に逝去。たくさんの教えも叱咤激励もくれた長谷川さんに、「さあこれから恩返しするぞ」と思った矢先のことでした。
志村さんが天ぷらを揚げる姿を隣で長年見てきた中村さんですが、もちろん個性は異なるもの。ただ、思わず手で食べたくなる天ぷらという点は共通しています。揚げる直前に土を拭いて衣に潜らせる人参も、元気な豆鯵も、食材の活力をダイレクトに感じるため、箸も介したくなくなる。磯辺揚げなど、中村さんこその逸品も生まれています。
開業当初、「考えながら数をこなすしかない」と話していた中村さん。天ぷらという本番勝負の料理ですから、日を追うごとに進化していることは間違いありません。
■ 浜松市「Notice」今津 亮さん(39歳)・2017年開業/取引歴1年
店の前に畑をもつ農家シェフにしか作れない魚料理がある
最大の個性は、それぞれ突き詰められた魚と野菜の共演。前田さんの冷やしや脱水には非常に細かな見極めがありますが、今津さんの野菜への手のかけ方も相当マニアックです。料理に合わせて収穫ができて、生産者こそ知る調理を施します。
なお、お肉は「サカエヤ」の新保吉伸さんから仕入れています。つまり日本が誇る肉と魚の匠が会する店でもあり、野菜は前述の通りなので、全食材が最強。それでも気楽に訪れられる雰囲気と価格帯で、欧州の田舎レストランみたいな心地よさ。自分のペースで好きな時に好きなものを食べたい食道楽におすすめです。
その土地の風土を表すローカルガストロノミーは、いま全世界的に注目を集めるジャンル。飲食店がメディアのごとく、外の人に地方の魅力を教えてくれます。鍵となるのは、生産者や魚屋、接客担当も含む団体戦が強いこと。そういう意味で今回ご紹介したチーム・サスエは、地方創生のモデルケースと言えましょう。どういうことか体感するために、ぜひ一度静岡を訪れてみてくださいませ。
● 大石智子(おおいし・ともこ)
出版社勤務後フリーランス・ライターとなる。男性誌を中心にホテル、飲食、インタビュー記事を執筆。ホテル&レストランリサーチのため、毎月海外に渡航。スペインと南米に行く頻度が高い。柴犬好き。Instagram(@tomoko.oishi)でも海外情報を発信中。