2021.08.23
第9回
意外と知らない腕時計の「振動数」を解説!
腕時計のスペックに書かれている「振動数」というワード。目にはするけど、いったい何を意味するのはわからない、という方も多いのではないでしょうか。実は、振動数は時計の性能を知る大切な指標なのです。
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文/渋谷康人 イラスト/林田秀一
Q. スペックに書かれている振動数って何のこと?
実はこの話題、かなり奥が深いのです。そこで今回はまず、振動数とは何か?について解説します。
まず、振動している部分はドコ?
ただ、ゼンマイはそのままだと一気に解けてしまうので、ゆっくりと解放して、針の動きに変える仕組みが必要です。しかも時計の場合、針が動くスピードは、いつも一定でなければなりません。
そこで何百年もかけて開発されたのが、現在の脱進調速機です。アンクルというカギ型のレバーとガンギ車という歯車で構成される「スイスレバー式」と呼ばれる脱進機。そしてテンワという丸い金属の輪と、その中にセットされたヒゲゼンマイで構成されるテンプを使った「環型」の調速機。このふたつの機構を合わせて脱進調速機と呼びます(詳しくはこちらから)。
脱進機の役割は、主ゼンマイを少しずつ解いて、そのエネルギーで時計を長く動かすこと。そして調速機の役割は、脱進機からエネルギーを受け取って、歯車輪列(針を動かす役割をするいくつもの歯車)や針を常に一定のスピードで正確に動かすことです。
A. 「テンプ」が振動している数のこと
この運動のカギとなるのが、圧縮されると元に戻ろうとするゼンマイの性質。アンクルから伝わった力でテンワが右に回転すると、その中心軸に取り付けられたヒゲゼンマイが圧縮されます。すると今度はゼンマイが解けようとする力で、テンワは逆の左方向に回転するのです。
機械式ムーブメントのテンプは、1秒間に何回も規則正しくこの「回転往復運動」を繰り返してアンクルの動きをコントロールし、アンクルを一定の正確な周期で往復運動させます。その周期に従ってガンギ車も少しずつ回転し、ガンギ車につながった歯車輪列と針も規則正しく回ります。
その結果、機械式時計は正確に時間を示すことができる。ゆえに、脱進調速機は時計の歯車と針をいつも一定の正確な間隔(タイミング)で動かすための、“時計の中の時計”とも言えるメカニズムなのです。
例えば「2万1600振動/時」と書かれている場合は、1時間に2万1600回振動する、ということ。となると1分間の振動数は360回なので、1秒間あたりの振動数は6振動。一般的に振動数は1時間あたりか1秒間あたりで表記されますが、物理記号のHz(ヘルツ)で表記する場合は1往復の動きを1回と数えるので、6振動はその半分の「3Hz」になります。
振動数の高さは精度の高さ、だが……
おもちゃのコマを例にして考えてみましょう。コマの動きを安定させるのにいちばん簡単で確実な方法は、コマに大きな力を伝えてできるだけ高速で回させ、コマの運動エネルギー(=慣性モーメント)を大きくすること。同じコマを比べたら、回転数が速いほど動きは安定します。低いスピードで回っているコマを指で弾くと簡単に倒れますが、高速で回っていればふらつくことなく安定して回転し続けます。
ただ、振動数を高くすると、別の問題が出てきます。
まず問題なのは、ムーブメントのエネルギー消費が増えてしまうこと。その結果、主ゼンマイの持続時間、つまりパワーリザーブが短くなります。そしてもうひとつ問題になるのは、テンプまわりの部品の耐久性です。テンプの振動数が高ければ、テンワの回転往復運動のスピードも高い。天真も高速で回るわけですから、この軸を支える軸受け(穴石)の摩擦も大きくなります。だから振動数が高いムーブメントでは、テンワと穴石の寿命が短くなるのです。天真と穴石の間の摩擦を減らすために穴石には潤滑油が注してありますが、この潤滑油も振動数が高いと減りが早くて、オーバーホールの間隔も短くなります。
しかし最近では、テンワを軽い素材にしてエネルギー消費を少なくしたり、テンプの軸受けの構造や素材を変えて潤滑油なしで長期間使えるようにしたりして、ハイビートの問題をクリアした機械式ムーブメントも登場しています。
腕時計の機械式ムーブメントの振動数は、精度とパワーリザーブ、耐久性を考えて決められています。この数字には、設計者の時計作りの哲学や最新技術が反映されているのです。
ここまでお伝えしたところで、次回はハイビートとロービートについて解説します。
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