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2024.08.25

68年間の運転を終えた妻への想い

学生時代にシトロン 2CVで通ってきた姿に惹かれて付き合うようになったという、著者の奥様が免許を返納したそう。どんな車でも乗りこなしてきたという奥様とクルマの思い出を語ります。

CREDIT :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第240回

家内が68年間の運転を終えました!

イラスト 溝呂木 陽 MGB
家内は1940年生まれ。僕と同い年で、青山学院大学1年、19歳の時に知り合った。

高校も同じ青山学院高等部。だが、高校の3年間の僕はバイクに夢中で、学校以外の時間のほとんどはバイク仲間と過ごしていた。

もちろんガーフルレンドはいた。でも、たまにお茶を飲んだり、映画を見に行ったりするくらいがせいぜいだった。

しかし、高等部を卒業すると、バイク仲間は将来を目指し、それぞれの道を選んだ。青山学院以外の大学を選んだ者もいたし、青山学院でも学部はバラバラに散った。
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そして、あれほど夢中になっていたバイクとも自然に離れて行った。

そんな折に家内と出会った。同じ青山学院高等部にいたので、互いに顔は知っていた。でも、クラスも違ったし、友人関係もまったく違っていたので、話したこともなかった。

そんな彼女と付き合うきっかけになったのはクルマ。以前にも書いたが、大学にクルマで通ってきていた彼女に僕が声をかけたのだ。

クルマ通学する学生など、まだ、ほんとうに珍しい存在だった時代。加えて、彼女のクルマは、なんと、シトロエン 2CVだった。

もし、アメリカ車辺りだったら、「ああ、金持ちなんだなぁ!」と,サラリとやり過ごしていたかもしれない。でも、シトロエン 2CVともなると、、見過ごすわけにはいかない。

それに、当時、最先端の落下傘スタイル(ペチコートで落下傘のようにスカートを大きく膨らませる)がよく似合う、明るく活発な姿にも惹かれた。
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シンプルに言えば、言葉を交わす前から、彼女に惹かれていたということになる。といったことで、ある時、思いきって声をかけた。

「シトロエン 2CV、いいですね‼ 僕、興味があるんです。少しだけでいいですから、横に乗せていただけませんか?」、、と、、多分、そんな言葉をかけたのだと思う。

それに対して、彼女は、びっくりするくらい明るい反応で僕の頼みを叶えてくれた。

ちょっとだけ助手席に乗せてくれた後、すぐに「運転する? してもいいわよ!」と、、。

とにかく、明るくて、あっけらかんとしていていて、運転もうまかった。妙なパターンのシフトをスムースにこなし、2CVを滑らかに走らせた。

青山学院から表参道を抜け、外苑を一周して戻った。その間の半分くらいを僕は運転させてもらったが、楽しかったー‼ 2CVは遅かったけど、乗り心地の良さには驚いた。

2CVを降りた時には、もう彼女を好きになっていた。絶対に付き合いたいと思った。そこで、彼女に電話番号を聞いたのだが、すぐ教えてくれた。当然、僕の電話番号も渡した。
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その夜すぐ電話をしたが、彼女は快く応対してくれた。初めから長話をしてしまった。

こうして、家内との付き合いは始まったのだが、彼女はすぐ家族を紹介してくれた。みんな明るい人ばかりだった。とくに、母親が明るく、僕はすぐ好きになった。

彼女の兄はクルマ好きで、2CVも実は兄のクルマだった。その他に、シトロエン 11CVライトも所有していた。当時としては、まさに「とんでもないマニア!」だったのだ。

父親もまたクルマ好きで、ビュイックに乗っていた。そして、次は白と水色の2トーンのオールズモビルへ、その次はメルセデス220Sへと乗り換えた。

彼女と出会えた上に、明るくてクルマ好きな家族ともすぐ仲良くなった。これ以上ないハッピーな出会いに恵まれたということだ。

僕の親はクルマにはまったく無関心だったが、兄はクルマ好きだった。だが、家内の兄とは違い、高級で目立つクルマにしか目を向けなかった。

ある程度お金に余裕ができたとき、まず買ったのは初代セドリック(1960年)。次はプレジデント、それ以降はメルセデスSクラス(SLも含む)にしか手を出さなかった。
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なので、僕は、実兄のクルマには、ほとんど乗ったことがない。乗るにしても、たまに、横に乗るくらいだった。

われわれは22歳で結婚したが、僕の稼ぎが少なかった時でも、僕がほしいというクルマを買うことに、彼女が反対することはまずなかった。そして、家族も応援してくれた。

彼女は運転も好きで、どんなクルマでも喜んで運転した。運転しにくいとか、文句を言われたことは、ほんとうに一度もない。

操作系のややこしいようなクルマでも、すぐ理解し、すぐ馴染んだ。

仕事で乗るクルマでも、忙しい時など彼女に受け取りや返却をしてもらうこともあった。もちろん、相手の了承を得てのことだが。

だから、そうとうな台数と種類のクルマを運転したということにもなる。

僕が初めて買ったポルシェ、、1987年型の930はクラッチが重く、ミートポイントが狭く、下手な半クラッチ操作を多用したりすると、すぐクラッチが壊れた。そんなクルマも難なく運転した。
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フルサイズのアメリカ車も苦にしなかった。2ドアハードトップのドアの大きさと重さに文句を言ったことはあるが、、。

前にも書いたが、運転したがらなかったのはデイムラー ダブルシックスのみ。

これもサイズの問題ではなく、デイムラーの放つ「威厳」というか、「格式」というか、、そんなものにある種の息苦しさを抱いたからではないかと思う。

家内がとくに好きだったのは、コンパクトで粋な感じのクルマ。、、となると、当然フランス車が上位にランクされる。

僕は、家内と付き合い始めたときは、まだ4輪車を持っていなかったが、持つ必要に迫られた。でも、真っ当なクルマを買うお金などない。

いろいろ考えた末に、ルノー4CVのタクシー上がり再生車を買うことに。「好きなボディカラーに塗りますよ」とのひと言が決め手になった。

ボディカラーは、オフホワイトと明るめのミルクチョコレートの2トーンにした。これはバッチリ決まった。
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家内もすごく気に入ってくれたし、周りからも「いいね‼」の連発だった。街を走っても多くの人目を引いた。とても34万円のクルマには見えなかった(と思う)。

ルノー 4CVは、パワーがなく遅かったが、身のこなしは軽快で楽しめた。「外車に乗っている」満足感も味わえた。

僕の稼ぎが良くなるにつれて、クルマも、MGA、MGB、アルファロメオ ジュリアスーバー、、、とランクアップしていった。

そして、40歳代後半にはポルシェ911とデイムラー ダブルシックスの2台持ちができるまでになった。

家内ももちろん、そんなステップアップを喜んでくれた。でも、家内のコンパクト好き、とくにフランス車好きは変わらなかった。

僕の仕事上、取っ替え引っ替えといった形で多くのクルマを所有したので、わが家のガレージに収まったフランス車は4台しかない。

家内は4台とも好きだったはずだが、あえてランクをつけるならば、1位がルノー5 バカラ、2位がルノー ルーテシア、3位がプジョー e208、4位がルノー 4CVといったことになるだろうか。
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でも、いちばん好きだった5バカラが、「故障頻発+サービスの酷さ」で、早期に手放さなければならなかったのは可哀想だった。

ちなみに、特別仕様のミニ クーパーS ハイゲイト(コンバーチブル)とミニ クーパー ベイズウォーターのコンビネーションもすごく気に入っていた。

とにかく、クルマが大好きだった家内だが、去る6月、84歳の誕生日で、運転を終える決意をした。まだまだ運転できると思ったが、家内の決断を尊重した。

19歳で知り合って以来65年間、クルマと3人3脚といった生活をしてきただけに、寂しかったが仕方がない。

ちなみに、僕は2年後に免許証が切れる。そこが引き際と考えてはいるが、もし、運転支援装置が大きく進化したら、、その時は、改めて考えようと思っている。

でも、家内と過ごした65年間、多くのクルマと共に生活を楽しみ、世界を旅し、クルマを介して様々な人々に出会った。クルマは、われわれに大きな幸せを運んできてくれた。
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僕が後どのくらい運転できるかはわからない。でも、家内と共にクルマのある生活をできるだけ長く楽しみたいと願っている。

そのためには、身体の健康をも含めた、安全運転への取り組みと意識の持ち方を、日々しっかり積み重ねていく、、、それが、なにより大切なことと考えている。

ちなみに、絵は、1963年、箱根でMGBを運転する家内です。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

ART PIECES (溝呂木 陽)

■ ART PIECES (溝呂木 陽)

夏の終わり、吉祥寺ギャラリー永谷2にて6月に行ったイタリアで描いた水彩画や、作っている模型の展示会を行います。

2024年8月29日(木)−9月2日(月)
10時〜18時(初日は13時より、最終日は15時まで)
ギャラリー永谷2 (吉祥寺ヨドバシカメラ横)
東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目20-1 1F

ほかの岡崎宏司の「クルマ備忘録」は如何ですか?

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