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2025.02.16

日本車黎明期を飾った名車たち。ホンダS600、スカイラインGT、スバル1000、そして……。

日本のモータリゼーションを語るうえで外せない1963年の第1回日本GP。そして66年には「カローラ」、「サニー」、「スバル1000」が誕生。多くのクルマ好きとメーカーもまた、自動車界の進化発展に、大きな夢と野望を抱いていた60年代の思い出を振り返ります。

CREDIT :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第251回

1960年代に日本車は目覚めた!

イラスト 溝呂木 1960年代に日本車は目覚めた!
日本のモータリゼーションが目覚めたのは1960年代に入ってから。その大きなきっかけのひとつになったのが、1963年に開催された第1回日本GPだった。

第1回日本GPは、文字通りの「草レース」レベル。普段乗っている愛車に簡単なロールバーを取り付け、ヘッドライトにガラス飛散防止テープを貼り、ホイールカバーを外せば「はい出来上がり!」といった具合だった。

それでも、「初めて見るレース」にみんな興奮し、盛り上がり、大いに楽しんだ。

そして翌1964年、第2回日本GPが開催されるわけだが、その1年間での様変わりぶりは驚くべきものだった。

どのメーカーも、「日本GPの勝利」に向けて全力を振り絞って取り組んだ。その結果、たった1年で、鈴鹿サーキットで勝利を競う日本車のレベルは「別物」になっていた。
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中でも、櫻井慎一郎が率いるプリンスが送り出してきた「スカイラインGT」の戦いぶりはセンセーショナルだった。当時、2リッターGTクラスで世界一の実力を誇っていたポルシェ 904 GTSとの戦いは、鈴鹿を興奮の渦に包み込んだ。

生沢徹がステアリングを握るスカイラインGTが、7周目、、たった1周だけだが、、式場壮吉のポルシェ904GTSを抜いて先頭に立った時の鈴鹿の熱気は、まさに異様としか言いようのないものだった。

スカイラインがポルシェを抜いたのはヘアピンだったが、熱狂した観客の悲鳴にも似た歓声は、メインスタンドにまで届いてきた。

歓声の移動で、2台がどの辺を走っているかがわかった。そのくらいすさまじい歓声がスズカを包み込んだのだ。

この2台のバトルは神話的に語り継がれているが、当然だと思う。僕自身、ほぼ60年、日本で海外で、熱い、激しいレースを多く見てきたが、これほどまで心の昂ったシーンは他にない。
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当時はまだ、「日本車がポルシェに勝つ」ことなど想像もできなかった。そんなシーンを誰もが夢見てはいたが、あくまでも「夢」にしかすぎなかった。

ところが、、たった1周だけとはいえ、目の前で「夢が現実になった」のだから、鈴鹿が興奮の坩堝と化したのは当然だろう。

僕はメインスタンドにいたが、日本のレース史で永遠に語り継がれるだろうシーンを目の前にできた幸運に、今も感謝している。

1.5ℓ 4気筒エンジンを積んだ、平凡なファミリーセダンのホイールベースを200mm伸ばして、グロリアの2ℓ6気筒エンジンを無理やり積み込んだ、、そんな急造のスカイラインGTだったが、レース後、一気にクルマ好きの憧れの的になった。

憧れの的といえば、同じ第2回日本GPで、多くのクルマ好きの心を鷲掴みしたクルマがもう1台あった。「ホンダS600」だ。

S600に積まれた4気筒エンジンのレッドラインは、8500回転だったと記憶しているが、9500回転まですんなり回り、回してもトラブルを心配することなどなかった。
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クルマ先進国である欧州のメーカーにも、エンジニアたちにも、「これはもう精密機械の領域だよ!」と舌を巻かせた。

スポーツカーといえば、高性能車といえば、欧州車に目を向けるしかなかったが、この2台の登場で、「それまでの常識は一気に覆された」。

今まで憧れの目を向けられていた欧州製スポーツカーを手放し、スカイラインGTに乗り換える人さえ少なくなかった。

ホンダ S600は、金銭的に余裕の無い若者たちのハートに火をつけた。S600をスタート台にして、ワークスドライバーの座を手にした者も少なくない。

スカイラインGTの生みの親である櫻井慎一郎さんは、後に、「まともに真っ直ぐ走ってくれるかどうかさえも心配だったよ、、」と、笑いながら話してくれた。

上記2車の、第2回日本GPでの成功は、当然他メーカーにも飛び火。以後の日本車飛躍の大きなきっかけになったのだ。
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前にも触れたが、僕がTV局就職内定を蹴り、自動車ジャーナリストの道を選んだのも、第2回日本GPで加速した、日本自動車界の大きな進化が理由の一つになっている。

そして、日本のモータリゼーション全体が、大きく飛躍する節目になったのが1966年。それは、「カローラ」、「サニー」、「スバル1000」の誕生によるものだ。

カローラとサニーは、多くの人たちに真っ当なクルマを買えるようにし、スバル1000は、日本の自動車技術の高さと多様性を世界にアピールした。

カローラもサニーもよくできたクルマだった。だが、自動車の先駆者たる欧州などからは、「オリジナリティに欠ける」といった注文がついた。

しかし、スバル1000は例外だった。全身これオリジナリティとユニークさの塊といっていいほどで、口うるさい欧州勢を黙らせた。

敢えて言えば、「理想を追い求めすぎたきらい」があり、その分当然価格も高くなった。
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ちなみに、発売当初の価格は、カローラが43.2万円、サニーが41.0万円に対して、スバル1000は49.5万円。サニーよりも20%以上高かったということになる。

この価格上のハンディと、販売網の弱さといったハンディもあって、商業的には成功しなかったが、2歩も3歩もライバルたちの先をゆく先進性には驚かされたものだ。

驚かされたといえば、欧州勢にもかなりのショックを与えた。その象徴的な事例が、アルファロメオ アルファスッドだ。

「アルファロメオは、コンパクトなFF車を開発するにあたりスバル1000を参考にした」という話(噂)が流れた。自動車専門誌をはじめ、多くの誌紙にも同様な趣旨の記事が多く載った。

ほんとうなのか、単なる噂なのか、半分くらいはほんとうなのか、、。僕にはなんとも言えない。スバル関係者も、このことについては口を閉ざした。
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開発責任者がポルシェ出身者であり、彼が持つ、水平対向エンジンや、車両レイアウトなど、多くの豊富な経験と知識が、アルファスッドを生み出したという説も有力である。

だが、欧州の名門が産んだ画期的なクルマと横並びで記事が書かれ、議論されたという事実は、スバル1000が日本車として画期的なクルマだった証に他ならない。日本車の世界での地位を一段押し上げたエピソードだ。

それまではクラウンだけだった日本の高級セダンクラスに、日産から「セドリック」が参入。日本車全体の地位を押し上げたことも、60年代のトピックとして取り上げておかねばならないだろう。

ボンドカーとして世界に名を知られた「トヨタ2000 GT」も、1960年代(1967年)に生まれた。東京モーターショーで、「ミニスカートの女王」として世界で圧倒的人気を誇ったモデル、ツイッギーが寄り添ってのお披露目は、今もはっきり記憶に残っている。

スカイラインGTの後継車である「GT-R」は60年代最後の年、69年の誕生だが、圧倒的な性能は皆さんも知っての通りだ。
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販売台数的に見れば、存在しなかったに等しいようなクルマだが、僕個人としては、「60年代を象徴する日本車」として、ぜひピックアップしておきたいのが「プリンス スカイラインスポーツ」である。

クーペとコンバーチブルがあったが、デザインはカロッツェリア ミケロッティによるもので、圧倒的な美しさと洗練を纏っていた。

複雑な事情があれこれ重なって、ごく少数を生産(ハンドメイドの段階?)しただけで、短い生涯を閉じなければならなかった。

プリンスは、スカイラインスポーツを北米進出のフラッグシップ、あるいはイメージモデルとして考えていたようだが、日産との合併がなければ、その運命はどうなっていたのだろうか。

1960年代といえば、僕もまだ20代だったが、クルマへの夢は無限だった。いや、僕だけではないだろう。多くのクルマ好きが同じように夢を抱いていたに違いない。
そして、メーカーもまた、明日の自動車界の進化発展に、大きな夢と野望を抱いていたに違いない。

そんな時代に自動車界に飛び込み、次世代のクルマがなんとなく見え始めた今にまで共に歩んでこられた僕はつくづくラッキーだと思うし、幸せ者だと思っている。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

ほかの岡崎宏司の「クルマ備忘録」は如何ですか?

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