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2025.03.02

パワー=ハッピーじゃないことを教えてくれたローマの全開フィアット500/600!

筆者が大好きなカリフォルニアと並んで多くの時間を過ごしたのがローマでした。60年前のその街で「ルールなどなにもない」かのように目まぐるしく突っ走っていたフィアット500/600は、筆者にクルマに乗る楽しさの本質を教えてくれたのでした。

CREDIT :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第252回

60年前のローマの休日

イラスト 溝呂木 FIAT 500 イタリア ローマ
僕が初めて海外に行ったのは1964年。61年前のこと。世界一周の航空券と、主に着替えを入れた大きなナップサック(ズタ袋と言ったほう正しいかもしれない)だけを持って。

これは前にも書いたし、断片的な話ならもう何度も書いている。 、、が、話の多くは、カリフォルニアとロンドンに集中している。

世界一周(2カ月間)とは言っても、多くの時間はカリフォルニアで過ごしていたし、残りの時間は、ローマ、パリ、ロンドンの3都市にしか行っていない。

もっといろいろなところに行きたいとの思いもチラリと頭を掠めはしたが、、、僕は昔から、「名所旧跡を見て回るような」旅にはほとんど興味はなかった。
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それよりも、できるだけ長く1カ所にいて、その土地の、街の、人々の生活感を味わうのが好きだった。

この世界一周の旅でも、最初のカリフォルニア(主にサンタモニカ中心のLA)に1カ月も長居をしてしまい 、、なので、他には、ローマ、パリ、ロンドンにしかいけなくなってしまった。

で、、LAを発って次の目的地はローマ。たどたどしい英語力しかもたない僕が言うのも変だが、それでも、英語が通じないのはやはり辛い。上級のホテルやレストランなら大丈夫なのだが、節約一筋の旅だから、ここは耐えるしかない。

でも、幸いなことに、僕はそんな状況があまり苦にならない。たどたどしい英語力でも楽しめるし、友達もすぐできる。LAで1カ月もの長居をしてしまったのも、多くの友達ができてしまったからだ。

多くの人達と話せたら、その分楽しいことは言うまでもないし、旅の奥行きもずっと深くなる。

とはいえ、カタコトでも、単語だけのやり取りでも、通じることはいっぱいあるし、楽しい時を過ごすことはできる。
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まったくと言っていいほど英語の通じない国にも、ずいぶん行った。、、が、そこでもやりたいことはほとんどできたし、大いに楽しめた。

長い時の流れと、それが生み出した深く重厚な文化が刻み込まれたローマの街並みには、当然、強く惹かれた。

とはいえ、LAとはまったく対極にある文化の薫り、奥行、そして重みに、初めは胸苦しささえ感じさせられたものだ。

外国といえば、僕は断然カリフォルニアが好きだった。中学時代、、エルビス プレスリーにのめり込んだのをきっかけに、アメリカ文化に憧れ続けてきたのだから、まぁ、当然のなりゆきかもしれないが、、。

ローマでは、レンタカーを借りようか、、迷ったが、借りなかった。1カ月間、マスタングでカリフォルニアをゆったりと自由自在に走り回った後遺症というか、、複雑で狭い道を忙しなく突っ走る中に入る気にはなれなかったのだ。
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ローマを走るクルマのほとんどが、フィアット500と600。それが、まるで「ルールなどなにもない」かのように目まぐるしく突っ走っていた。

ローマの道は狭く複雑なところが多い。そこをフィアット500/600がかなりの勢いでわれ先へと突っ込んで行く。

初めは「こいつら、いったいどうなってるんだ⁉」と驚き、戸惑い、呆れた。

広い道路を、大きなクルマがゆったり、整然と流れるカリフォルニアから移動してきたばかりだったので、あまりの違いに感覚がついていけなかったのだ。

3列シートのムルティプラの個性的な姿も好きだが、500と600の渦の中で、とてもいいアクセサリーの役目を果たしていた。

さらに僕の目を心を楽しませてくれたのが、たまに見かけるトポリーノ(初代500)。
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オードリー ヘプバーンの「ローマの休日」で活躍したトポリーノ(1955年で製造終了)の愛らしい姿が、ポツンポツンとだが、素敵なアクセントになっていた。

500の小さなボディ後部に積まれる空冷2気筒エンジンは、479cc/15ps。でも、ボディが軽いためだろう。最高速度は、なんとか100km/h近くは出たようだ。

もちろん、加速も速くない。 だが、4速MTをフルに駆使して全開で走れば、「けっこう速く走っているような気分!」にはなれた。

軽量ボディと空冷2気筒エンジンのコンビネーションは、当然ながら煩い。それもかなり、、。そこで、騒音の籠りを少しだけでも防ぐために、500はキャンバストップを採用している。

現代人? の僕たちには、「キャンバストップはオシャレ仕様!」ということになるが、500のそれは「騒音対策」だった。でも、、そう言われても、僕は、騒音対策よりオシャレの方に勝利の1票を入れる。
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まぁ、そんな500があるいは600が、、特に狭くて複雑な裏道を「わが道」のように飛ばして行く。歩行者は、信号でも、横断歩道でも、決して油断してはいけない。

若い人や、屈強そうなおじさんが「天下は俺のもの!」的傍若無人な走りをするなら、腹は立っても、まぁ、感覚的に理解はできる。

ところが、かなりのお年寄りから、優しげでお淑やかそうな女性に至るまで、当たり前のように「超アグレッシブ」な運転をするのだから驚いた。

一度、横断歩道を渡ろうとした時、中年の夫婦といった風情の2人が乗った500が突っ込んできた。僕は慌てて、飛び跳ねるように後ろに下がり難を逃れた。

500に乗った2人を瞬間目に捉えたが、2人ともワインとチーズとパスタが身体の隅々までパンパンに詰まったような体つきで、小さな500のキャビンは目一杯占拠されていた。
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そして、ともに顔は黒く、かつ赤い。「日焼けとワイン焼けの共演のサンプル」といったコピーが頭を掠めた。その時もワインをしこたま飲んでいたのかもしれない。

ふつうなら怒り心頭に、、という場面だったのだが、なぜか腹は立たなかった。それどころか、なにかハッピーな気分になり、「イタリアっていいなぁ~‼」と、ワクワクした気持ちになったことを覚えている。

自転車にモーターをつけただけといった小さなバイクから大型バスまで、若い人から高齢者まで、男性はもちろん女性まで、、、とにかく「みんなフルスロットルで走っている」(もちろん例外もあるが)ことに、初めは驚き、怖くなり、悪態のひとつもつきたくなる気分だった。

ところが、時間が経つにつれ、そんな光景が、ネガティブなものからポジティブなものへと変わっていった。

みんな生き生きしていて、リズミカルに楽し気に走っていることに気付き、こちらもワクワクしてきた。そして、イタリア車の多くが、、パワーがあろうとなかろうと、、運転していて楽しい理由を見つけた気がした。
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上記のように、この時は運転はしなかったが、それから数年後、2度目にローマに行った時はもちろん運転した。

少し速いクルマを借りようかとも思ったが、結局はローマの多くの人たちと同じ条件で、どこまで走れるか、どこまで楽しめるかを確かめたくなり、フィアット500を選んだ。

僕の選択は正解だった。フィアット500はほんとうにパワーがなく遅かった。だから、常に全開で走った。、、でも、それが面白くて楽しかった。

サーキットやテストコースではパワーがないとつまらない。、、が、狭くて、複雑で、混雑している一般道で、小さなパワーを振り絞り、一瞬の無駄もないように走るのはけっこう面白い。

少しでも隙をみせるとすぐ割り込まれる。なので、安全第一を取りながらも、割り込む隙をも与えない微妙なポジションどりが重要だ。初めは疲れたが、すぐに楽しくなった。
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現在のヨーロッパは、ルールも取り締まりも厳しくなり、かつてのような、街中でのヤンチャ走りはできなくなった。ちょっと淋しいが、時代の流れを考えれば仕方がない。

約60年ほど世界中を走り回ってきたが、昔のローマやパリのことを思い出す度に、「楽しい時代を駆け抜けてきたなぁ!」、「ハッピーなクルマ人生を過ごしてきたなぁ!」とつくづく思う。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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