おさえておきたいジャンルではあるけれど、その実、情報量が少なすぎる! そこでウイスキー評論家の土屋守さんに、5分でわかるアイリッシュウイスキーの歴史や魅力をご教示いただきました。次回、バーのカウンターでアイリッシュウイスキーの銘柄をさらりとオーダーできたら、ちょっとカッコいいオヤジを気取れますよ。
【Q1】
アイリッシュウイスキーはいつ誕生したの?
諸説ありますが、ウイスキーの蒸留技術は修道士によって生み出され、キリスト教と共にもたらされた、というのが有力な説です。アイルランドにキリスト教が伝わったのは5~6世紀。当初は薬酒として修道院で作られていたものが、民間に広まったのは13~15世紀のこととされています。
その後、14~16世紀にスコットランドへ、18~19世紀に新大陸のアメリカやカナダへ、ウイスキーは伝わっていきました。世界五大ウイスキーのうち、特殊な日本を除くと、こうした流れで伝播していきました。ウイスキーの元祖は、実はアイルランドのアイリッシュウイスキーとするのが、主流な考え方です。
【Q2】
アイリッシュウイスキーの特徴って何?
まずは、アイリッシュウイスキーの定義は、次のとおり。
1.穀物を原料とする
2.アイルランドで醸造(糖化/発酵)、蒸留、熟成をする
3.容量700リットル以下の木製樽で3年以上熟成する
4.アルコール度数94.8度以下で蒸留
5.瓶詰時のアルコール度数は40度以上
そして3回蒸留など、蒸留を重ねる丁寧な仕事により、軽くてクリーン、なめらかな風味、さらに雑味のないクリアな味わいが生まれるのです。
注目したいのは、アイリッシュウイスキーには樽の材質や穀物の種類に決まりがないこと。これにより、革新的な方法をあれこれ挑戦することができます。例えばスコッチウイスキーのカスク(樽)はオーク材でなければなりませんが、アイリッシュウイスキーはオーク以外の木を使うことも可能です。
【Q3】
アイリッシュウイスキーの種類と製法の特徴とは?
●モルト・ウイスキー
大麦麦芽100%使用。単式蒸留機で2~3回蒸留。“シングル”と付くと、ひとつの蒸留所で、原料からフィニッシングまで、すべての工程が行われたものを指します。
●グレーン・ウイスキー
トウモロコシなど、様々な穀物を使用。連続式蒸留機を使用。
●ポットスチル・ウイスキー
アイリッシュウイスキーにしか存在しないウイスキーで、大麦素材に加えて未発芽の大麦やオート麦などを混合。単式蒸留機(ポットスチル)で一般的には3回蒸留。
●ブレンデッド・ウイスキー
モルトの原酒やポットスチル原酒、グレーンの原酒をブレンドしたもの。
けれどこの方法では100%大麦麦芽のモルト・ウイスキーに比べ、仕込みが難しく、雑味が出やすい。そのため、蒸留を3回行う技術が発展していきました。この原酒の存在により、アイリッシュウイスキーは19世紀半ばから20世紀にかけて、全盛期を迎えるのです。
【Q4】
アイリッシュウイスキーが表舞台から消えたのはなぜ?
まず、19世紀後半に、スコッチウイスキーにブレンデッドが登場したこと。それまでスコッチウイスキーにはモルト・ウイスキーとグレーン・ウイスキーしかありませんでした。それが2つを混ぜ合わせることで大量生産が可能になり、その分、安価に。多くの原酒を含むことで、品質も安定しました。そして当時、“ブレンデッド”がウイスキーにおける“新時代”のイメージを焼き付けたのです。
それでもアイルランドは、当時1000万人いたというアメリカの移民を頼りにしていました。当時、ウイスキーのメイン消費国はアメリカだったからです。母国愛が強いアイルランドの国民性なら、アメリカでアイリッシュウイスキーを飲み続けるだろうと踏んでいたのです。ところが、1920年にアメリカで禁酒法が施行されてしまい、その頼みの綱も絶たれました。これが第3の理由でした。
加えて、第二次世界大戦において、スコッチウイスキーとアイリッシュウイスキーは、マーケット戦略において真逆の選択をしました。スコッチウイスキーは、国内は配給制にし、ほとんどを輸出に回しました。一方、アイリッシュウイスキーは国内での流通を確保するために輸出を禁止、世界市場から消えることに。
そして17~18世紀には2000を超える蒸留所があったアイリッシュウイスキーは、統合などの理由はありつつも、1975年には蒸留所はわずか2カ所にまで減少してしまいました。
【Q5】
アイリッシュウイスキー復活のきっかけは?
1987年、ダブリンの北、北アイルランドとの国境近くのクーリー半島にあった、政府の工業用アルコールの蒸留所を買収し、アイリッシュウイスキーの蒸留所に転換。このクーリー蒸留所がブッシュミルズ蒸留所、ミドルトン蒸留所に次ぐ、第3の蒸留所として誕生し、新たな革命を次々と起こしました。
そのひとつが、連続式蒸溜機を使うグレーン原酒を製造し、その後に続く小さな蒸留所にも卸したことでしょう。アイリッシュウイスキーは3年間の熟成がルールとなっています。ブレンデッド・ウイスキーを作るには、3年間を経たモルト原酒とグレーン原酒が必須となります。小さな蒸留所にとってグレーン原酒の製造がネックになっていたのです。
ここ2~3年でわかってきた興味深いことのひとつに、畑によって大麦に違いが出てくるということ。アイルランドの肥沃な土地で育った大麦、そして香りにかかわってくる水など、ウイスキーにおけるテロワールが、にわかに注目を集めています。
【Q6】
まず味わうべきアイリッシュウイスキーは?
知っておきたい、アイリッシュウイスキーの代表的な蒸留所は5カ所。
世界で最も売れているアイリッシュウイスキー「ジェムソン」の蒸留所。「ジェムソン」は実に1秒間に3.1本の割合で売れている計算になります。ダブリンのジェムソン社、コークのミドルトン社が合併し、1975年に新ミドルトン蒸留所が誕生。旧ミドルトン蒸留所はビジターセンター兼博物館に。
ジェムソン
ピートを使わずじっくり乾燥させた大麦を原料とし、3回蒸留によって造られる豊かな香味とスムースな味わいが特徴のウイスキー。
創業は1608年、世界最古の蒸留免許を持つ蒸留所。「ブッシュミルズ」は「ジェムソン」、「タラモアデュー」に次ぐ第3位の人気で、日本でもポピュラーな銘柄。2022年には第2蒸留所が稼働し、生産量が450万リットルから900万リットルへ倍増する予定。
ブッシュミルズ
3回蒸溜を守り、モルト原酒の原料には100%アイルランド産のノンピート麦芽を使用することで、軽やかでスムースな口当たりを実現。それでいてモルトの味わいがしっかりと感じられるのが特徴。
アイリッシュウイスキー復活劇の最重要人物・ジョン・ティーリングが1987年に創業。ここの「カネマラ」はアイリッシュウイスキーでは唯一(当時)、スコットランド産ピートを使用し、スモーキーなフレーバー。現在はビームサントリー社が所有。
カネマラ
アイリッシュウイスキーでは現在唯一のピーテッド・シングルモルト。原料のピートと麦芽に由来する、スモーキーな味わいが特徴のウイスキー。
前身はアイルランド最古といわれるブルスナ蒸留所。歴史に翻弄され、1953年に閉鎖。1989年にジョン・ティーリングが購入し、2007年からウイスキー造りを再スタート。『ウイスキーバイブル』著者のジム・マーレイいわく「キルベガンを見ずしてウイスキーを語るなかれ」。小さい蒸留所ながら個性的なウイスキーを製造。
キルベガン
クーリーで蒸溜した一部原酒をキルベガンの貯蔵庫で熟成させ、またキルベガン蒸溜所の原酒も使用。フルーティでライトな口当たりのブレンデッドウイスキー。
「ジェムソン」に次ぐ世界的人気の「タラモアデュー」の蒸留所。1954年に閉鎖後、スコッチウイスキーのウィリアム・グラント&サンズ社の傘下に入り、2014年に最新式の連続式蒸留機やポットスチル6基を導入して再始動。モルト、グレーン、ポットスチルの3タイプを製造。
タラモアデュー
モルト、グレーン、ポットスチルの3種をブレンド。原料大麦の穏やかな風味がいきているユニークなウイスキーで、すっきりとして飲みやすい。
【Q7】
注目の最新アイリッシュウイスキーと言えば?
まずは“アイリッシュウイスキーの革命児”であるジョン・ティーリングの息子たち、ジャックとスティーブンのティーリング兄弟が2015年にダブリンにオープンしたティーリング蒸留所。1975年にダブリンのウイスキーの窯の火が消えて、40年ぶりの復活です。そしてティーリング家にとってルーツといえる、ダブリンという地にも意味があります。目指しているのは、伝統的なアイリッシュウイスキー。特にポットスチル・ウイスキーに力を入れています。
「ティーリング シングル・ポットスチル」
大麦の麦芽50%、未発芽の大麦50%を使い、3回蒸留。新樽とワイン樽、バーボン樽で熟成させたものを、ブレンドさせたもの。アロマは軽やかでフレッシュ、穀物やシトラスを思わせます。パティシエの工房に入ったような、フローラルな中に様々なフルーツやケーキの香りを感じます。ライトで、シルキーな口あたり。
アイルランドの南端、大西洋に面した断崖に、2018年にオープンしたクロナキルティ蒸留所。創業者のスカリー家は8代続く農家で、大麦を育てています。大西洋の柔らかな雨や波しぶきなどのミストが大麦に個性を与え、岩盤奥深くから汲み上げられた水によって、海の恵み豊かなウイスキーを生み出しています。家族経営の畑で育てた大麦を使い、銅製のポットスチルで3回蒸留する、伝統的なポット・スチル・ウイスキーです。
「クロナキルティ シングルバッチ・ダブルオーク」
モルト・ウイスキーとグレーン・ウイスキーをブレンドし、追加熟成に使う樽に特徴を加えています。アメリカンホワイトオークの新樽と、NEOC(赤ワインの樽の内側を削り、トーストし、さらにリチャーしたもの)の活性樽が使われています。アロマはふくよかでフレッシュな穀物の香りに、かすかに海のイメージも。ミディアムボディで、徐々にバニラや青りんご、ジンジャー、ナッツのようなフレーバーが現れてきます。
アイルランドの北西、ドニゴール州の大西洋に面したヨーロッパで最も高い断崖絶壁に2017年オープン。19世紀初頭以来の蒸留所で、この地の蒸留酒文化の復活を目指しています。その後、生産規模拡張のため20kmほど離れた場所アーダラに移転し今年1月から新たな施設で蒸留を開始。2021年サンフランシスコでワールドウイスキーアワードを獲得した「ザ レジェンダリー・シルキー」と、5種類の海藻を含む11種の植物を使ったジンの「アン・デュラマン」が代表的な銘柄。
「ザ レジェンダリー・シルキー」(ブルー)
2回蒸留と3回蒸留のモルト・ウイスキーとグレーン・ウイスキーをブレンド。モルト原酒にピート麦芽の原酒も2%使用しています。香りがグラスに注いだ瞬間からリッチでスイート、かつディープ。焼きリンゴやラムレーズンのような、芳醇なアロマです。フルーティさに、グレーン・ウイスキーのもつ滑らかさが一体となり、後からピート麦芽のスモーキーな要素が追っかけてきます。世界が知るべきアイリッシュウイスキーでしょう。
● 土屋 守(つちや・まもる)
1954年新潟県佐渡生まれ。ウイスキー文化研究所代表、ウイスキー評論家。学習院大学文学部国文学科卒。大学卒業後は、フォトジャーナリストとして足かけ6年ほどインド、チベットに通い、雑誌「太陽」「アサヒグラフ」などにチベットを舞台としたフォトドキュメントを多数発表。1982~87年、新潮社「フォーカス」編集部勤務。取材記者として主に政治、経済、事件ものを担当。1987年秋に渡英。1988年から4年間、日本語月刊情報誌「ジャーニー」編集長を務める。取材で行ったスコットランドで初めてスコッチのシングルモルトと出会い、スコッチにのめり込む。1993年帰国後は5年間の英国生活、英国取材の経験を生かし、主にスコッチウイスキー、紅茶、ナショナルトラスト、釣り等の英国のライフスタイルを紹介した著書、エッセイ等を多数発表。1998年ハイランド・ディスティラーズ社より「世界のウイスキーライター5人」の一人として選ばれる。
アイリッシュウイスキーが飲めるお店
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