最近は、ナポリあたりのイタリアン・クラシコに押されているサヴィル・ローだが、ブリティッシュ・ジェントルマンの支持を味方に、単なる着易さではない男前の威厳を主張する点では、やはりサヴィル・ロー・テイラードに一日の長がある。
タレ、スープのふたつの要素をひとつにすればそれだけ集中できるということだろうか。まず鴨、名古屋コーチンをベースにして、イタヤ貝、昆布、ドライトマト、干し椎茸などを透明なスープになるまで2日間煮込んでベースを作りさらにイタリア産の高級プロシュートとフランス産ゲランドの塩で仕上げるという凝り方だ。このスープをなんと表現したらいいのだろう。複雑な旨味が凝縮されているのだが、洋でもあり和でもある。和魂洋才とでも言おうか。サヴィル・ローで修業した日本人が銀座でオーダーの店を出したという感じだろうか。
銀座という場所で、この妥協を許さないレシピや店の雰囲気で、その値段では、そんなに儲かっているはずはないと心配にもなる。「ひょっとしたら、『八五』という店名に合わせて1杯850円に決めたのではないですか。失敗したなと思っていませんか?」と冗談めかして尋ねてみたら、松村さんは優しく苦笑いしていた。
● 三浦 彰(みうら・あきら)
ジャーナリスト。福島市生まれ。慶應義塾大学卒業後、野村證券を経て、1982年WWDジャパンに入社。同紙編集長、編集委員を務めた後、2020年9月に退職。現在は和光大学で教鞭をとる。