2022.09.12
京都でモテる旦那修業【その3】
通好みの花街「上七軒」のお座敷バーで京都の夜は更けて
いい大人になってお付き合いの幅も広がると、意外と和の素養が試される機会が多くなるものです。モテる男には和のたしなみも大切だと、最近ひしひし感じることが多いという小誌・石井編集長(48歳)が、最高峰の和文化体験を提供する「和塾」田中理事長のもと、モテる旦那を目指す連載です。
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写真/荒川幸祐 文/田中洋子
花街でモテるのは「金さばき」のいい男!?
市菊 言わんでもいいことを言わない方、でしょうかね。例えばお料理屋さんでせっかく作って出さはったものに「美味しくない」って、言わなくてもいいでしょう。もしお座敷でそういうことを言われたら、芸妓さんも楽しくないですし。
石井 確かに。そのあたりに器の大きさが出るんでしょうね。
市菊 細かいことを言わない人が一番。それでお金もよく払ってくれたら旦那さま(笑)。
田中 僕がいつも言うのは「金捌きのいい男になれ」ってこと。「金遣い」とは違う「金さばき」。高額商品ばかりを買い漁って、全身これ高額ブランド、などという輩は単に金遣いの荒い奴、ってことで特に花柳界では蔑まされる存在です。まあ、お金を持っていそうなので、チヤホヤされるでしょうが、本音のところでは小馬鹿にされてますな。
石井 お金の使い方のセンスが問われるということですね。
田中 そう。対して、金捌きの良い旦那というのは、出すところではポンと出し、締めるところは締める。生き金と死に金を心得ているというか。特に京都のお茶屋で遊ぶなんて時は、ゼニカネのことは気にせず楽しむ男でありたい。コストパフォーマンス、なんて言葉は禁句です。合計金額を一生懸命計算して割り勘に目の色変えるなんて野暮の骨頂ですから。ポチ袋を懐に常備して、下働きの仲居さんにそっと心付けを渡すような良き旦那であらねば格好悪いですよ。
田中 といっても、花柳界でのお会計は世間が思ってるほどじゃないよ。例えば、LEON世代が行くようなちょっとした高級フレンチ・レストランで上等のワインを何本も開けて盛り上がっちゃえば、そのお代はお茶屋のお座敷を上回ることだってある。お茶屋での様々なお楽しみを考えれば、適正価格な気もしますね。
市菊 高いと思われるか安いと思われるかはお客様次第です(笑)。
石井 え!? どういうことですか?
田中 馴染みのお茶屋にお願いすれば、飲食費はもちろん、宿泊費も、タクシー代なんかの交通費まで、すべての支払いをお茶屋にまとめてもらう、なんてことも可能なんです。後日まとめて請求書が届く仕組み。なので一銭も持たずに京都で豪遊、などという放蕩息子も成立しちゃいます。会社に送られてきた請求書を見て、金庫番が呆れる、といった事態(笑)。これもまた、信頼できる相手だからこそ成り立つ、まさに信用取引。
石井 すごいですね! お茶屋は芸舞妓さんが派遣されるお座敷っていう認識でしたけど、そんな機能も兼ねているなんて。
石井 なるほど。
田中 万一客が支払を渋ったり、滞らせたりすると、最終的には元の紹介者が尻拭いをしなければならないこともある。なので、アブナイ人は紹介しないわけで、一流のお茶屋には一流のお客が集うようになるんだ。
田中 そう。一流のお茶屋や料理屋は限られた上客に支えられることで50年100年続いてきたわけですから。流行の店に出掛けることもいいけど、そうでない店も知ってないと「モテる旦那」とは言いがたいですな。
石井 もうひとつ別の領域にも精通している。流行を追うだけじゃない男って、確かによりモテる気がしますね。
芸舞妓と、置屋、お茶屋との関係とは?
石井 さんぎょう、ですか?
田中 そう。花街を支える三つの業態。置屋(芸妓屋)と茶屋(待合)と料理屋(仕出屋)の3つ。置屋というのは、まあ芸舞妓が所属する事務所みたいな存在で、舞妓ちゃんなどは、一人前になるまではここに住み込んだりします。
石井 芸能事務所というか、マネージメント会社みたいなものか。
石井 モデルエージェンシー、イベントスペース、ケイタリングサービス、て感じかな。で、女将さんがそのプロデューサー。
石井 ですね。しかも、できるだけキレの良いプロデューサー。大事な催事になればなるほど、現場を誰が仕切っているかが重要ですから。
田中 花柳界も現場を仕切る女将がカギになる。でも、仕事じゃないんだから、「段取りが悪い」なんてキレないようにね。デキる男ほど、遊びの場まで仕事のノリで仕切ろうとするから。暢気な旦那を演じられるのも大人の男の甲斐性ってもんです。
石井 大きく構えられる男でいるのは大事ですね。でもま、いずれにせよ、そういうことだから花街の入り口はお茶屋の女将さんになる。ところが、実際はそこが一見さんお断りで、スマホにWi-Fiつなげても、お茶屋とは繋がらない。
石井 花街ハードル、乗り越えられますかね?
田中 大丈夫です。今は花柳界も良い客が必要ですから、良き大人のお客さまなら大歓迎なんだもの。ことにここ数年は、感染症のこともあって、お座敷が寂しいことになっている。新たな取り組みも求められているからね。
市菊 感染症の宣言で、「鴨川をどり」が中止になった時には、私ら先斗町のお茶屋が合同でクラウドファンディングを立ち上げて、「オンライン版鴨川をどり」を開催したんですよ。
田中 一部のラグジュアリーホテルなんかも、VIP向けのプログラムを通してお茶屋を紹介してくれたりすることもある。料亭やお茶屋の黒塀の奥に仕舞い込まれていた芸舞妓も、今では積極的に外の世界に顔を出すようになって、企業のパーティーやイベントなどでも出会える機会が増えています。
石井 一見さんお断りを乗り越える道筋は、きっとある。
田中 そう。
田中 ゴルフに費やすエネルギーを花柳界にも少し振り向ければ、それくらいでなんとかなる世界です。一見さんお断りにビビっていても始まらない。みなさんに頑張っていただきたい!
石井 そういえば僕も知人のホームパーティーで、この連載の神楽坂の取材でお会いした芸者さんと再会してびっくりしたことがあったなぁ。
田中 ホームパーティーに芸者を呼ぶ知人ね。素敵です。その芸者を知っていたなんて、石井クンの株も上がったでしょ?
石井 ええ。「さすが石井ちゃん。知ってるね~」みたいな(笑)。妻同伴だったから、速攻でLEONの掲載記事を見せて言い訳しましたよ(笑)。
田中 旦那は言い訳しちゃダメよ。
石井 はい……(笑)。
上七軒は京都の時計が現役で動いている街
田中 ここは「市」というお茶屋併設のバー。お茶屋の中だから、もちろん原則紹介制。2軒目、3軒目で、お酒を飲むだけでも利用できます。いい雰囲気でしょ。
石井 これもまた、上級編ですか?
田中 まあ、そうだが、別の側面もある。先輩に連れられて初めての花柳界がこんなホームバーだった、と言う人も結構いまして、その後、正式にお座敷に出向く、なんてこともある。
石井 花柳界の入り口の機能もあるってことですね。但し、初回は先輩に連れられて、だ。
田中 花街のバーはこの店のようにお座敷併設型と、独立型の2種類。東京の花街にもあることはあるんだけれど、京都の方が断然数もバリエーションも多いね。
田中 平気、平気。でも、いつもいつも酒飲むだけなら、わざわざこんなところに来なくても良いわけで、どうせここで飲むなら、芸舞妓も呼びたいね。旦那なんだから。
石井 そういたしましょう(笑)。
石井 よろしくお願いします!
梅葉 梅葉どす~。こちらは、今年見世出ししたての舞妓ちゃん、さと葉さんと市ゆうさんどす。
さと葉・市ゆう おたのもうします。
石井 見世出ししたばかり、なんだね。ん、「見世出し」って?
田中 舞妓というのは、本来は芸妓になるための修行中の女の子のこと。置屋や屋形に住み込んで、まずは「仕込み」として行儀作法や独特の花街言葉を学ぶ、その後「見習い」となってお座敷でのOJT(On The Job Training)に励む。それを終えると、いよいよ舞妓デビューとなる。それを「見世出し」と言うんだ。
石井 なるほど。となると、芸妓になるのはさらに先のことですね。
田中 舞妓デビューからまあ概ね5〜6年というところかな。芸妓になるのを「衿替え」といって、そこからはすべてが自前の厳しくも楽しい日々が待っている。
石井 会社を出てフリーになるような……。
石井 華やかに見えるけれど、タイヘンな世界だ。
田中 まあ、お茶屋のお座敷でそんなことを気にする必要はないけれどね。プロの世界ではありますから、ご祝儀はずんであげてください。ところで、今、上七軒は舞妓さん何人いるの?
梅葉 全部で5人どす。みんな若い若い。石井さんは今おいくつですか? 今日の舞妓ちゃんたちのお父さんの年齢聞かはったらショック受けますよ~(笑)。
石井 聞かないでおきます(笑)。それにしても上七軒は、さっき行った先斗町とはまた違った趣がありますね。大人な感じというか。
梅葉 上七軒という街は昔からそうどす。時代の流れがどんなに早くても、この街はゆっくりゆっくり進むのどす。客さんの行き来も、ゆっくりでいいと思うのどす。
石井 忙しい男ほど、来たくなる街なのかもね。
梅葉 へえ。うれしいことどす。
梅葉 いいえ〜、最近は女性だけで遊んでいかはる方、増えてますよ~。女性の方が「払うた分ちゃんと遊ぶわ~」って意気込みがすごくて、頼もしいのどす。お着物とかお化粧もちゃんと見ててくれはるさかい、お話するのが楽しくて。
田中 旦那不足を女子組が埋めている。今どきの男どもは、意気地がないからなぁ(笑)。パ~ッと遊ぶのも、今では女性の得意技になりつつある。
芸舞妓が浴衣を着て回るビアガーデンは花柳界初体験にぴったり
石井 おっ、それはイイですね。
梅葉 地元で70年以上やってんのどす。コロナで中止が続いていたのどすけど、今年は3年ぶりに開催されて、うちらも気張ってんのどす。
石井 初めての花柳界体験にぴったりですね。
石井 芸舞妓さんが席をまわってくれるんだ。やっぱりビールサーバー背負って回るの?
梅葉 いややわ~お兄さん、そんな重たいもの持てしまへんわ~(笑)。
石井 それは野球観戦ね。けど、ビールサーバー背負った舞妓さん、受ける気がする(笑)。梅葉さんも参加されるんですか?
梅葉 今年はちょっと人数を減らしてますけど、もちろんうちも参加させてもろてます。
田中 そうだね、市のお座敷を目指して、まずは上七軒ビアガーデン。それもまたよし。
石井 京都の花柳界、クリアしなければならないハードルが結構ありそうだけれど、だからこそ入ってみたい「モテる旦那」の必須要件ですね。短い今回の花街巡りだけですっかりはまりそうな気がしてます。次回は市のお座敷へも。
梅葉 おおきにお兄さん。お待ちしております。
市バー
上七軒のお茶屋「市」が併設する紹介制のバー。
● 田中康嗣(たなか・こうじ)
「和塾」代表理事。大手広告代理店のコピーライターとして、数々の広告やブランディングに携わった後、和の魅力に目覚め、2004年にNPO法人「和塾」を設立。日本の伝統文化や芸術の発展的継承に寄与する様々な事業を行う。
和塾
豊穣で洗練された日本文化の中から、選りすぐりの最高峰の和文化体験を提供するのが和塾です。人間国宝など最高峰の講師陣を迎えた多様なお稽古を開催、また京都での国宝見学や四国での歌舞伎観劇などの塾生ツアー等、様々な催事を会員限定で実施しています。和塾でのブランド体験は、いかなるジャンルであれ、その位置づけは、常に「正統・本流・本格・本物」であり、そのレベルは、「高級で特別で一流」の存在。常に貴重で他に類のない得難い体験を提供します。
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